Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「風評被害」の歴史と意味

2011-08-08 10:14:31 | Weblog
「風評被害」ということば,いつのまにか定着してしまったが,実はそう昔からあるわけではない。そして,その意味を誰もが正しく理解しているわけではない。東日本大震災,とりわけ原発事故によって風評被害の問題が脚光を浴びているいまだからこそ,風評被害の歴史と意味を学ぶ必要がある。

風評被害 そのメカニズムを考える
(光文社新書)
関谷直也
光文社

風評被害とは何だろうか。それは文字通り,うわさや評判によって起こされた損失,と理解していいのだろうか。本書の著者,関谷直也氏は,風評被害だといわれた過去の事例の研究に基づき,風評被害について以下のように定義している。そこにはいくつかの条件が付加されていることに注意したい:
ある社会問題(事件・事故・環境汚染・災害・不況)が報道されることによって、本来「安全」とされるもの(食品・商品・土地・企業)を人々が危険視し、消費、観光,取引をやめることなどによって引き起こされる経済的被害のこと
第一に「報道されること」が風評被害の条件となる。マスメディアが普及し,自由な報道が許される社会でこそ風評被害が起きる。著者がタイプキャスティングと呼ぶ,メディアによるパターン化された報道が,視聴者をステレオタイプ的反応に導く。クチコミだけでなく,報道の関与が必要とされる。

第二に「本来『安全』とされるもの」がそうでないように報道されたり,少なくと視聴者がそう信じてしまうこと。対象が放射性物質のようなものになると,安全かどうかの判断が専門家間で一致しない可能性がある。こうした場合,風評被害と判定していいかどうか微妙になる。

第三に「経済的被害」が存在することが風評被害の条件となる。名誉を傷つけられた,精神的ダメージを受けたといった心理的被害があるだけでは,本書の定義に従えば風評被害とはみなされない。これは,風評被害が賠償の対象となることと無関係ではないと思われる。

風評被害という概念の萌芽は,1954年の第五福龍丸事件だと著者はいう。このとき放射能汚染を疑われてマグロが売れなくなり,漁業者に政府による補償が行われた。しかし,風評被害ということばが公文書で使われるようになったのは,86年に泊原発に関して結ばれた安全協定だという。

こうして歴史を振り返ると,風評被害という概念と原子力の問題との浅からぬ縁が窺える。ただし,風評被害そのものは,金融機関あるいはそれ以外の多くの企業の「信用」(取引上の安全?)に対しても起きる。現代社会でビジネスを行う以上,風評被害はどこでも起き得るということだ。

風評被害の定義は,今後いっそう拡張されるかもしれない。安全性に関して専門家間で認識や態度が一致しないことは少なくないし,被害の算定範囲も拡大しがちである。今後,風評被害に関する社会科学的な研究がいっそう必要となるが,本書はそのとき最初に読むべき基本文献の1つだろう。

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