Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

丸山真男が経営学者だったら

2012-07-03 09:11:14 | Weblog
ぼくが最初に読んだ本格的な「社会科学書」は丸山真男『現在政治の思想と構造』ではないかと思う。背伸びした読書をしていた高校時代,虫垂炎で入院した病室に同書を持ち込んだ。内容を正しく理解したとは思えないが,その見事な論理(ないし修辞法)に魅せられたのは確かである。

大学に入りゼミの先生と話したとき,影響を受けた著者として丸山真男の名前を挙げたところ否定的な反応をされたことを思い出す。そのとき丸山真男は誰からも賞賛されているわけではないことを知った。それまでは丸山真男の名前を出せば知的印象を与えるだろうと信じていた・・・。

本書は大学で丸山真男に師事し,その後開銀,トリオ(ケンウッド)とビジネスの道を歩んだ著者が,卒業後も続いた丸山との交遊を記したものである。丸山真男に対する知識や関心がないと面白くないかもしれないが,ぼくには再びプチ丸山マイブームを起こすインパクトがあった。

丸山眞男 人生の対話 (文春新書)
中野雄
文藝春秋

著者と丸山真男の交流が続いた1つの要因は,丸山真男がクラシック音楽の大ファン(という域を超えた,ある意味研究者)であり,オーディオメーカに勤める著者がそのオーディオ環境の整備を支援していたためでもある。したがって,本書でも音楽関係の記述が多い。

個人的に面白かったのは,メーカーの経営に関わるようになった著者に丸山真男が助言したエピソードである:
... 丸山は「研究所に余り金を出してはいけないよ」と言い,「秀才に潤沢に金を与えると材料ばかり買い集め、材料の珍しさに頼って、自分の頭で考えなくなる。創造力は、使える材料に制限が課されるところに生まれる」... (同書 p.154)
政治思想史の研究者である丸山真男がなぜそのような提言を行えるのかというと,江戸時代が生み出した独自文化やドイツ・クラシック音楽の歴史から得た教訓に基づいている。そこでの鍵概念は「精神的エネルギー」と称するものである。

いうまでもなく丸山真男に研究開発マネジメントや経営全般の知識があったとは思えないが,該博な社会や歴史に関する知識を一般化して判断を下したわけである。その是非はともかく,より一般化(大きな物語?)を目指すという意味で,そのような越境は刺激的である。

丸山真男は 57 歳で東大を退職し,吉祥寺の自宅で暮らしていたが,あるとき近所の家電量販店を訪れる。購入した電話機の使い方を店員に尋ねるが,誰も的確に答えられない。すべてについて説明できないという店側の弁明に「問題の捉え方が違う」と一喝し,次のように述べたという:
... いかなる客観的事情があろうとも,使用法=つまり内容や使用法をキチンと説明でないようなものを売るという,そういう商いの仕方自体がおかしいんじゃないか。こちらは別に、物理学者でもない技術者でもないあなた方に、動作原理を説明せよなんて言ってるわけじゃない ...(同書 p.126)
著者によれば,丸山真男はかつて「専門家とは、自分の扱う分野の事柄については全て知っていて、関連する分野については、浅くてもいいから、広く知識を持っている者のことを言うんだ」と語った。これは研究だけでなく,人生全般に当てはまると考えていたのだろうと著者は述べる。

あり得ないことだが,もし丸山真男が「経営」や「商い」を研究していたとしたら,どのような成果を生み出しただろうか。日本の近世の経営・商業思想史を掘り下げたかもしれない。あるいは『日本の思想』で見せたように,日本の消費者に固有の心性を鋭く抉りだしたかもしれない。

丸山真男は 1984 年に行われた鶴見俊輔らとの対談で,高度成長を予言できなかったことが「政治学を廃業した」要因の1つだと語っている。著者は,丸山の期待した,勤労者を基盤にした革新勢力が政権を担うというビジョンが高度成長により崩れたためだと示唆している。

本書は後半で,一見唐突だが高度成長を予言・推進したとされる下村治の話題に移る。著者は開銀時代,下村治を所長とする研究所の創設に携わる。著者の自分史は,高度成長によって生まれた丸山政治学の空白を下村経済学で補間することで完結するのかもしれない。

では丸山真男の学問的貢献は,日本が高度消費社会に移行するなかで終わったのだろうか?その後彼の著作が読み継がれ,座談会や講演会の記録や手紙などが掘り起こされ,出版されている事実から見ても,その知的ポテンシャルはまだ枯渇していないように思う。

そこでぼくとしては顰蹙を買うのは承知で,丸山真男が経営学者だったら,さらにはマーケティングを研究したら,と仮想してみたい。

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