Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

スティーブ・ジョブズに捧げる

2012-01-27 08:08:33 | Weblog
一橋ビジネスレビューの2011年冬号は,昨年急逝された天野倫文氏が編集された「インド市場戦略」がメインの特集である。そこでサブとしてひっそり特集されているのが,一橋大学イノベーション研究センターを中心に,名だたる経営学者たちが寄稿した,スティーブ・ジョブズへの追悼だ。

青島矢一氏(一橋大学)はアップルの製品の魅力を「モノにとらわれず、モノにこだわる」ことだという。アップル,あるいはスティーブ・ジョブズのモノへのこだわりについては,いまさらいうまでもない。青島氏はいう―
・・・かつてホンダ(本田技研工業)が、デザイン重視でボンネットを低くするために、エンジンまで低くしてしまったという話を思い出す。そんなこだわりがかつての日本企業にもあったのだ。
では,一方「モノにとらわれない」とはどういう意味なのか。それは「物理的な構成物」にとらわれず,「機能の束」としてつねに変化し続けることをいう。青島氏はアップル製品が「非連続的な新しい世界の体験という素晴らしい贈り物を、僕たちにプレゼントしてくれた」という。

延岡健太郎氏(一橋大学)は「日本の製造企業は学ぶべき師を失った」と書く。1つはやはりモノづくりへのこだわりであるが,もう1つは「意味的価値」の創出である。延岡氏の近著『価値づくり経営の論理』の背景となった研究は,実はジョブズがきっかけであったことが明らかにされる。

延岡氏もまた次のように慨嘆する―
筆者も二十数年前に自動車を企画していたときには、たとえば、グローブボックスを閉める音や感触についてさえも何日もかけて気持ちよいフィーリングを追求していた。しかし、近年の競争環境のなかで、そのようなこだわりが過剰品質につながると思い込む企業が増えている。
そもそもアップルを支えているものは何なのか。米倉誠一郎氏(一橋大学)がアップル製品との長い付き合いを回顧するなかで登場するキーワードは,Wow! であり,エキサイトメントであり,クレイジネスであり,精神の自由である。それらを共有するのがもう1つの林檎,ビートルズだ。
「スティーブ・ジョブズ亡き後のアップルがどうなるのか」。そんなことはどうでもいいことだ。ただ、その作品を耳にしたり、手にしたりしたときに、体中に衝撃が走り「僕は自由だ」と大声で叫ぶことができるような音楽や製品に、これから先も出合い続けることができるだろうか。それだけが、それだけが、それだけが大事な問題なんだ。
最後に武石彰氏(京都大学)のことばに耳を傾けよう。武石氏は冒頭,自分が音楽,小説,映画,建築,絵画について熱く語り合う友人たちは皆,マック・ユーザであると述べる。そのことの根底にあるのは「美しく,楽しく,自由なものが好き」という taste だという。

taste についてジョブズが語ったことばが引用される―「問題はマイクロソフトに taste がないことだ。まったくない。それはすごく大きな問題なんだ。僕が悲しいのはマイクロソフトが成功したことじゃない。それはいいんだ。悲しいのは、マイクロソフトがつまらない商品をつくることなんだ」。

武石氏自身のことばも引用したい―
taste というのはすごく個人的なもので、好き嫌いがある。でもときどき誰かの taste が世界を動かすことがある。ビートルズ、ボブ・ディラン。音楽ならわかる。ジョブズは情報通信の世界でそれをやった。不思議なことだ。まあしかし、とにかく、彼の taste がそれだけよかったということだ・・・
寄稿された経営学者たちのことばはいずれも納得いくものだが,とりわけ最後の武石氏のことばには目を見開かされた。クリエイティビティの基礎には,よき taste がなくてはならない。自分が本来研究しようと思っていたのはそこではなかったのか・・・。研究でも taste が命。

一橋ビジネスレビュー
59巻3号(2011年WIN.)
東洋経済新報社

↑画像がないのはいかにも taste に欠けるなあ・・・

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。