Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

冬休みの課題図書はこれでしょ

2014-12-30 15:42:33 | Weblog
ハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか』に書かれている道徳感情の6因子説を何かに応用できないか、それはやはりプロ野球ファンの心理研究しかない、と思っていたが、やはりそうだと確信させる事件が起きた。ぼくにとって今年最大のニュース、黒田博樹の日本復帰がそれである。

報道によれば、黒田投手のNYヤンキーズでの年俸は現在約19億円、来季について他球団からは21億円というオファーを受けている。その彼が、古巣・広島東洋カープから出された、4億円+出来高払いというオファーを受けた。つまり17億円を捨ててまで、カープに戻る決定をした。

このような決断に対して、マスコミは「男気」と書き、解説者の張本勲氏は「日本男児の美徳」と絶賛し、他チームのファンは羨んでいる。カープファンであるぼくは、当然ながら深く感動した。でも、この一見経済合理性を無視した決定は、なぜ多くの人々の心を揺さぶるのだろう?

カープファンにとっては、来年40歳になるとはいえ MLB の第一線の投手が、破格の年俸で、しかも外人枠ではなく加わることは無条件に好ましい。しかし、ファンでない人間までも感動させているとすれば、それ以上の理由が必要だ。それは、彼が示した「忠誠心」が普遍的価値を持つからだ。

忠誠心は、ハイトの挙げた道徳の基本価値の1つである。リベラル派は必ずしも重視しない価値だが、それは人間の感情に奥深く刻まれている。したがって、多くの感動的な物語において、忠誠は重要なモチーフになっている(ハイトの道徳心理学は、物語論としても使えるのではないかと思う)。

リベラル派でさえ、体制に挑むレジスタンスが示す忠誠には感動するはずだ。黒田が金満「常勝」球団(彼はこの本で「中央球界」と呼んでいる!)に戻るというのなら、さほど感動的な物語にはならない。地方の「貧乏」球団に、年俸の大幅減を呑んでまで戻るというから、美しい物語になるのだ。

黒田が忠誠という価値を重視していることは、著書『決めて絶つ』を読むとよくわかる。彼はカープに対してだけでなく、4年間所属したドジャーズに対しても強い忠誠心を持つ。と同時に、野球選手として最高の場でプレイしたいと気持ちとの葛藤のなかで、彼は悩み、決断し、前に進んでいる。

決めて断つ
黒田博樹
ベストセラーズ

本書は、2012年1月、いったんはカープに帰る気持ちでいた黒田が、悩んだ挙げ句、ヤンキーズへの移籍を決意するシーンで始まる。そして、カープへの強い気持ちが語られながら、最終的に戻るかどうかわからない、と書かれている。それから3年が経って、彼はついに戻る決断をした。

いまこの本を読んで興味深く思えたのが、忠誠が MLB にとっても重要な価値であると指摘されていることだ。確かに MLB の選手は頻繁に移籍する。それによって待遇を向上させることを狙う。その反面、1つのチームに長く所属した選手は尊敬されるのだという。それは普遍的価値なのだ。

黒田にはもう1冊、『クオリティピッチング』という著書もある。これは投球術の本だが、黒田が独自の思索に基づき進んでいることがよくわかる。努力を重ね、遠回りしながら自分の才能を開花させていく生き方は広島カープらしい。彼の復帰で、球団の歴史は新たなステージに進むだろう。

クオリティピッチング
黒田博樹
ベストセラーズ