Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

今年最も刺激を受けた一冊

2014-12-27 10:03:16 | Weblog
今年読んだ本のなかで最もインスパイアされたのは、最近読んだというバイアスもあるが、ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか』であった。著者の専門は道徳心理学だという。そんな分野があるとは知らなかったが、道徳を心理学的に実証研究する立場、ということのようだ。

道徳については、さまざまな哲学的な立場がある。しかし、ハイトは道徳は無意識の感情に基づき、進化的に獲得されたものと考える。ただし、マルチレベル選択も認め、遺伝だけでなく、文化によって伝承されるとする(・・・という要約に自信はないので、関心のある方はぜひ自らご一読をw)。

この本には秀逸な表現が出てくる。1つは、人間の無意識(システム1と意識(システム2)の関係は、象とその乗り手の関係のようなもの、というもの。象の乗り手は、必要が生じると象を操ろうとするが,つねにそうするわけではなく、そうできるわけでもない。なるほど、いい得て妙である。

もう1つは、人間は90%はチンパンジーで、10%はミツバチだというもの。チンパンジーは利己的にふるまうが,ミツバチは社会性昆虫の典型で、コロニーが主体であるかのように利他的にふるまう。人間はときとして集団に帰依し、熱狂し没入するホモ・デュプレックス(デュルケーム)なのだ。

欧米の、しかも大学生対象の実験で得た結果を一般化することにも批判的で、WEIRED (Western, Educated, Industrialized, Rich, Democratic)という表現が紹介される(本来は「奇妙な」という意味)。世界ではごく少数の、奇妙な人々にしか当てはまらない研究ではダメというわけだ。

社会はなぜ左と右にわかれるのか
――対立を超えるための道徳心理学
ジョナサン・ハイト
紀伊國屋書店

タイトルが示すように、本書が基本的に扱うテーマは、イデオロギー対立である。著者は、近年、米国内で保守とリベラルの対立が深刻化していると心配する。こうしたイデオロギーは、ある程度は遺伝的基盤を持つことが最近証明されているという。ということは、それは避けられない対立なのか?

これまた興味深いのが、著者と共同研究者たちは,国際比較などを通じて、道徳の基盤として6つの基本的な価値を導出したことだ。「ケア」「自由」「公正」「忠誠」「権威」「神聖」という基本価値のどれをどれだけ重視するかで、保守とリベラル(あるいはリバタリアン)とが区別されるという。

そうであれば、イデオロギーの対立といっても,同じモデル上のウェイトの差でしかない。元々はリベラルであった著者は、保守主義のよき面を称え、両者の架橋に努めている。この枠組みが日本にどれほど当てはまるかわからないが、この国でもイデオロギーの対立はけっこう深まっている気がする。

そのことはともかく、象と乗り手、10%のミツバチ(ミツバチスイッチ hive switch ということばも出てくる)、超個体、ホモ・デュプレックス、WEIRD といった概念は、今後、自分の研究にも大きく影響するのではないかと思う。マーケティングと道徳、というのも、そう悪い食い合わせではない。