Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

顧客中心主義はどう顧客中心的なのか

2014-12-23 13:48:51 | Weblog
本書は Nordstrom の有名なエピソード、店では売っていないタイヤの返品を求めた客の要求に応じたという話から始まる。これは、卓越した顧客サービスの例としてよく取り上げられるが、そのような行為は、顧客中心主義(customer centric)とはいえない、と著者はいう。

Apple は卓越した製品によって顧客を興奮させるが、著者は Apple は顧客中心型企業ではないという。著者のいう顧客中心主義とは、特定の優良顧客を規定し、彼らとの長期的な関係性を維持し、顧客生涯価値(Customer Lifetime Value=CLV)を高める戦略のことである。

Customer Centricity: Focus on the Right Customers for Strategic Advantage
(Wharton Executive Essentials)
Peter Fader
Wharton Digital Press

こういう考え方は、CRM の実践の浸透とともに広がったが、その本質が実務家なり研究者なりに十分正しく理解されているとは言い難い。米国のトップビジネススクールの1つ、ウォートンで研究と教育に携わる Peter Fader が著した本書は、格好のマニフェストになっている。

Fader はマーケティングサイエンスの分野で多くの業績がある優れた研究者だが、本書を読むと、MBA志願者への教育や企業へのコンサルでも優れた能力を持つ人であることが分かる。本書は薄いだけでなく、文体が平易で歯切れがいいので、英語で読むのもさほど苦にならない。

もちろん、本書のいう顧客中心主義がどこまで有効な戦略かは、文脈ごとに問い直される必要があるだろう。小売やサービス業においては、ターゲット顧客をきちんと設定した CRM が有効だが、Apple や Google のような製品中心主義の戦略の重要性が否定されるわけではない。