今日、ある方の Facebook 投稿で知って、いろいろ考えさせられた記事:
「できるビジネスマン」かどうかは高校の学力で決まる
著者の山崎元氏によれば、最近三菱商事や JT といった大企業が、就活生に、大学の授業の成績をネットを通じて提出させているという。それは、NPO 法人 DSS なる組織により、大学を超えて比較可能なように再評価されるという。
学生の成績評価という聖域に、企業の利益を代表する外部機関が入り込むことに反発する大学人は少なくないはずだ。大学は、企業好みの人材を育てる機関ではないと。多くの私立大学が「就職に強い」ことを売り物にしているのだが。
この話を聞いて、一流教授による講義を無料でオンライン配信している米国の組織を思い出した。その収入源は、世界中から優れた能力を持つ人材を見つけ出し、企業に紹介することらしい。学生の能力を発掘して売るビジネスといえる。
これまで大学は、学歴という能力情報(経済学でいうシグナル)を供給してきた。しかし、山崎氏は、いまやどこの大学・学部を卒業した、というだけでは能力がわからなくなってきた、という。より詳細な情報が求められていると。
大学の単位が大学を超えて格付けされると、教員は講義の質を改善するよう刺激され、学生は学習意欲が高められる・・・学生は格付けの高い授業でのみ真剣に勉強するようになるが、それは質の低い講義の淘汰に・・・となればいいが。
DSS のサイトを見ると、「考える力」を重視した授業を増やすことが目標になっている。もっともな目標だが、どんな授業が考える力を育てるのかを、客観的かつ一元的に判定できるのか、いろいろ難しそうである。
大学教員として思うのは、現在の就活での面接や試験では能力や資質を評価されず、就職に苦労している学生たちがいる、ということだ。学生の潜在的能力を見つけ、それを必要とする企業とマッチングする何らかの仕組みができないか。
そういう意味で、大学のイノベーションとして、学生の能力を高めるだけでなく「高く売る」ところまで考えてもよいかもしれない。それが大学と学生、企業の三方両得になるなら・・・そんなことを、この記事が刺激になって考えさせられた。
なお、山崎氏の記事は、企業にとって従業員の基礎学力は重要、大学に基礎学力を向上させる力はないので高校の成績で評価すればよい・・・という方向に話が進んでいる。しかし、それでは大学不要論になり、自分としては困ったことになるw
「できるビジネスマン」かどうかは高校の学力で決まる
著者の山崎元氏によれば、最近三菱商事や JT といった大企業が、就活生に、大学の授業の成績をネットを通じて提出させているという。それは、NPO 法人 DSS なる組織により、大学を超えて比較可能なように再評価されるという。
学生の成績評価という聖域に、企業の利益を代表する外部機関が入り込むことに反発する大学人は少なくないはずだ。大学は、企業好みの人材を育てる機関ではないと。多くの私立大学が「就職に強い」ことを売り物にしているのだが。
この話を聞いて、一流教授による講義を無料でオンライン配信している米国の組織を思い出した。その収入源は、世界中から優れた能力を持つ人材を見つけ出し、企業に紹介することらしい。学生の能力を発掘して売るビジネスといえる。
これまで大学は、学歴という能力情報(経済学でいうシグナル)を供給してきた。しかし、山崎氏は、いまやどこの大学・学部を卒業した、というだけでは能力がわからなくなってきた、という。より詳細な情報が求められていると。
大学の単位が大学を超えて格付けされると、教員は講義の質を改善するよう刺激され、学生は学習意欲が高められる・・・学生は格付けの高い授業でのみ真剣に勉強するようになるが、それは質の低い講義の淘汰に・・・となればいいが。
DSS のサイトを見ると、「考える力」を重視した授業を増やすことが目標になっている。もっともな目標だが、どんな授業が考える力を育てるのかを、客観的かつ一元的に判定できるのか、いろいろ難しそうである。
大学教員として思うのは、現在の就活での面接や試験では能力や資質を評価されず、就職に苦労している学生たちがいる、ということだ。学生の潜在的能力を見つけ、それを必要とする企業とマッチングする何らかの仕組みができないか。
そういう意味で、大学のイノベーションとして、学生の能力を高めるだけでなく「高く売る」ところまで考えてもよいかもしれない。それが大学と学生、企業の三方両得になるなら・・・そんなことを、この記事が刺激になって考えさせられた。
なお、山崎氏の記事は、企業にとって従業員の基礎学力は重要、大学に基礎学力を向上させる力はないので高校の成績で評価すればよい・・・という方向に話が進んでいる。しかし、それでは大学不要論になり、自分としては困ったことになるw