Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

iPadは統合型かモジュール型か

2010-07-26 15:45:51 | Weblog
7月21日の日経新聞・経済教室に,IT 産業の経済分析を専門とする田中辰雄先生(慶応義塾大学)が「IT潮流、日本勢に追い風」という論文を書かれている。「論争喚起」的な(=刺激的な)主張が行われており,ぼくの周囲の IT 産業に詳しい方々,「モジュール型」 vs. 「統合型」という分析枠組みに詳しい研究者たちに,ぜひ意見を聞いてみたいと思った。

まず田中氏は,これまで30年間 IT 業界を支配してきた「オープンモジュール化」の流れが終焉を迎えつつあると述べる。その象徴として例に挙がるのが iPad だ。「iPad はハードとOSと通信機能と一部のソフトをアップル社が一体的に提供しており,パソコンより統合された製品」であり,Kindle や iPhone も同様に統合型製品であるとされる。

田中氏によれば,「オープンモジュール化」を支えたのは「突破型の技術革新」で,「20~30年続いたあと、改良的な革新の時代が続く」。いまや IT 産業は後者の「改良的な革新」のステージに入っており,特に専門知識に乏しいユーザは,「機能の多さより、トラブルが起きずに安定稼働すること、買ってすぐ使えること」を重視するようになったという。

さて,日本企業は元来,そうした統合型の製品開発を得意としてきた。田中氏は「すでにアップルが世界標準を握り、もはや勝負はついたという見解もあるかもしれないが、そんなことはない」と述べる。iPad にはハードとしてもサービスとしても改良の余地は大きい。それこそ「日本企業が携帯電話でやってきたこと」なので,得意領域ではないかと。

この非常に前向きな結論に対して,そうか!と頷きたい反面,疑問も生じる。田中氏は,日本企業がアップルやアマゾン(あるいはグーグル)に代わる,統合型製品-サービスの供給者として世界標準になることに期待しているのだろうか?そうではなく,ハードやアプリの一部を供給する立場に期待しているのだろうか?(後者ならあり得ると思うが・・・)

そもそも iPad を統合型の製品と呼んでいいのだろうか?確かにユーザから見れば,iPad や iPhone は統合性の高い製品-サービスといってよい。しかし,モジュール型-統合型という概念が元々生みだされた,製品開発や生産の観点からもそういえるのだろうか? この点については,ぼくの周囲にいる生産管理の研究者に,ぜひ聴いてみたい点である。

もう1つ,田中氏が行った消費者調査に引っかかる点がある。各種 IT 製品やサービス,機能についてユーザに「画期的と思うか」と質問。その結果,比較的昔の製品・機能については画期的と答えた人が多く,最近のサービス(SNS,スカイプなど)ではそれが少なかったことから,最近の製品には驚きがなく,利用意欲も低下していると結論づけている。

この結果に対する別の解釈として,ユーザは新たに導入されたばかりの新機能やサービスについて,その有用性を十分感じることはできないし,インパクトを評価することもできないからこうなった,という可能性はないだろうか?もちろん,それを確かめるには,十分時間を置いて同じような調査を実施する必要がある。それが大変なことは承知しているが・・・。

実は,この論文をめぐって,田中辰雄氏(@tanakatatsuo)と小池良次氏(@RKoike)の間で Twitter 上で議論が起きた(Twitter はこうした議論に向かないという理由で先ほど「終了」した)。IT 産業に関する第一線の専門家どうしの議論であり,よくわからない点も多い。ただ,モジュールという概念の多義性,あるいは現象としての重層性が印象に残った。