Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

新パラダイム下の消費者モデル

2010-07-18 23:30:14 | Weblog
前回のエントリで書いた下條信輔先生のトークを踏まえて,最新の認知科学ないし神経科学の知見に基づく消費者行動モデルの新パラダイムについて考えてみよう。消費者の合理性に制約があること(限定合理性)は,Herbert A. Simon 以来の行動意思決定理論が主張してきたことだ。ただその場合でも,消費者が明確に定義された目標を持つことは自明とされてきた。しかし,新しいパラダイムはそこに留まらない。

 人は自分の意思決定を正しく意識できない。

だから,消費者が申告する意思決定の理由/動機は当てにならない。認知科学が依拠してきたプロトコール分析,社会科学全般で多用される面接調査や質問紙調査は,消費者の意識を探る方法として限界を露呈する。これは,調査業界にとっては由々しきことだが,計量モデル屋にとってはまだましだ。消費者の内的プロセスはブラックボックスとして,外的に観察される変数間の関係だけを分析すればすむのだから。

ただし,選択モデルは,消費者が知覚する選択肢の属性を要因として扱ってきた。潜在意識を重視する研究は,それよりむしろ,意識されていない属性,環境に埋め込まれた要因,他者の行動,本人の感情などが選択を支配すると考える。こうした要因は,いずれも観察が難しい。意思決定のプロセスがブラックボックスであることに加え,入力となる要因を識別・測定できないとしたら,適切な計量モデルを推定できない。

 意思決定の各モジュールは同時かつ相互に作用し合う。

このことがさらに消費者行動のモデル化をより困難にする。これまでの消費者モデルは知覚→態度→行動のような単線的・一方向的プロセスを仮定してきた。それらが同時に相互作用するとしたら,その挙動の予測不可能性はいっそう高くなる。ほぼ偶然に何らかの対象に軽い選好を持ち,それが知覚との相互作用によってカスケードを起こす可能性がある。その帰結を事前に正確に予測するモデル・・・難しそうだ。

まずなすべきことは,消費者行動に関する新しいパラダイムの本質を洞察し,その挙動を理解することではないかと思う。そのために,消費者の「内面」にエージェントベース・モデリングを適用することが考えられる。シミュレーションを用いる計算心理学の研究に,すでに何らかの萌芽があるかもしれないし,ないのなら頑張って作る必要がある。もちろんそれは,実験的研究の蓄積なしにはあり得ないことだ。

そのうえで,そうしたモデルと実データを結びつけるための,新たな計量分析手法が開発されなくてはならない。それなしに,むりやり既存の計量分析手法を用いると,新パラダイムの本質を見失ってしまうおそれが大きい。新しい酒は新しい革袋に盛るべきなのである。ただし,このステップが一番難しいように思われる。したがって,その完成を待つ前に,いまできることを着々と押し進める必要がある。