Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

下條先生雑談会 2回目

2010-07-16 19:30:36 | Weblog
下條信輔先生とのクローズドな「雑談会」第2弾。テーマは「行為の能動性の揺らぎとその社会制度設計への含意」。「社会制度設計」はともかく「行為の能動性の揺らぎ」には非常に興味があるので,前回に引き続き参加させていただく。

最初の1時間は下條先生のトーク。最初のトピックは「意思決定の『常識』を疑う」である。意思決定に関する以下のような「常識」が,最新の神経科学的研究によって疑問に晒されている,という指摘から始まる。

Decision making is rational, NOT attentional, emotional.
Decision making is explicit.
Decision making is made at a moment in time.
Decision making is the final stage of perceptional process.
Decision making is prior to action.
Decision making is specific and focal to the target object.
Decision making is one part of the brain, NOT distributive.
Decision making is (based on) free will.

 *現場でのメモなので転記ミスはご容赦のほどを。

これらの命題がすべて誤りというわけではないが,それによって説明できる領域がかなり限られることがわかってきた。そのことを示す研究は,CALTEC における下條研究室で行われたものだけでも,かなりの数に上るという。

合理性の限界については,行動経済学のおかげで広く認識されるようになったが,必要な認識論的転回はそこに留まらない。意思決定が本人に意識されないどころか,知覚プロセスの結果ですらないことは,まだ十分認識されていない。

このことは社会科学者にとっても衝撃的であるはずだ。それは,次のトピックである「自由意志と決定論」においてより明らかになる。神経科学の研究は人間の意識を因果論的に説明するので,究極的には自由意志の否定につながる。

しかし,下條先生は postdiction という視点から,自由意志を「救済」しようとする。これは prediction (予測)と対になる概念で,行為に対する知覚を事後的に再構成することを意味する。簡単にいえば「後づけ」ということだ。

それは事実と乖離しているのでイリュージョンだ。しかも誰もが免れ得ないという意味で「真性の」イリュージョンだ。ただ,環境の単なる関数ではないという意味では,人間の「能動性」をそこに見出すこともできる。ある論文で下條先生は
…意図はその後に展開するしかるべきエピソードともに回顧的に作られていく.これを敷衍すれば,意図的行為の能動性は,問われたことによって新たに付与される.
と書いている(日本機会学会誌,2006,190(1049), p.254)。それによって自由意志に何らかの居場所ができる。ただ,そうなっても,意図-行為の伝統的な見方に立つ社会科学の居場所は,だんだんなくなっていくかもしれない。

そこで,行為の事後に生じる postdiction が次の行為に与える影響について伺うと,社会心理学にそれを扱う研究事例が多数あるという答えをいただいた。たとえば認知不協和を「自己正当化」として捉える研究がそうした例であると。

そういえば,有名な「吊り橋効果」なんかもそうかな・・・本当は高所でどきどきしただけなのに,人は恋に落ちたと思う。そして,それが自分にとって「紛れもない恋」だと信じる「自由意志」がある・・・(という解釈でいいのかな)。

別の議論で下條先生が「自由意志は必要があるときだけ生じる」とおっしゃったことも注目される。そのとき限られた認知資源で思考するので速度は遅くなるが,型にはまらない解がもたらされる。ただそれは稀にしか起きない事象である。

雑談会はそのあと,大屋雄裕先生による法律学/法哲学における人格論争,鈴木健先生による「伝播投資貨幣」や票の分割や委任を許す投票システム,瀧澤弘和先生による行動経済学・神経経済学のサーベイをめぐって議論が進んでいく。

神経科学の発展が人間の選好の脆さを示したことで「制度設計」の根拠づけが難しくなるのでは・・・という素朴すぎる疑問が頭をよぎったが,質問する機会を逃してしまった。自分にとってその手前の問題がより重要であったせいもある。

二次会では下條先生+若手研究者の話を聴き,今後読むべき本をチェック(即注文)。また社会心理学者として豊富な実験経験を持つ清成さんから,いくつか重要な教訓を伺う。コーディネートしていただいた柴俊一さん,成田悠輔さんたちに多謝。