Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

12音作曲の楽曲分析

2023-08-29 | 
夏のツアーの裏プログラムを見ている。手元にある書物にはシェーンベルク作曲「管弦楽の為の変奏曲」のアナリーゼはなかった。例えば弟子で解析で有名なライボヴィッツのそれにも違うところで書物にしているからとあった。実際に一冊の本になってしまうので、簡単には為らない。そこで1931年にフランクフルトの放送交響楽団の依頼で即ちそこの指揮者であったロスバウトの依頼でその前日に演奏した音源を使って講演をしたものがある。

フルトヴェングラー指揮で初演されて当然の如く上手く行かなかったのだが、フィルハーモニカーの当該頁にはその二週間後のフルトヴェングラー指揮の定期公演のプログラムが載っていて、それが今回この一月にベルリンの定期で三日間演奏されたプログラムと同じようにベートーヴェンの交響曲八番ヘ長調が演奏されていた。これは勿論偶然ではない。

そして上の講演でシェーンベルクはよくあり得るであろう12音を使った作曲技法で表れる調性つまりここでは変ト長調の中でナポリ七度を形成するヘ長調について言及していて、とても残念なこととしている。勿論望むべきことではないとある。

実はそれに似た経験を例えばリゲティ―の「ロンターノ」などの密なクラスターが調性感を醸し出すことから、楽譜にははっきりとその様な強調は一切するなと書いてある例がある。だからこそ日本で人気の英国人指揮者を許せないのであり、そうした受け狙いの詐欺行為が商売でしかないと思うともうどうしようもない。勿論本人はケムブリッジで学んでいるような人間だから全てを知って敢えてやっている。

要するにこうした演奏家には素人はどうせ分からないだろうという人を馬鹿にした姿勢があるのだ。そこで面白いのが、このシェーンベルクの講演において、こうした複雑な音楽構造は訓練を積んでいないと到底聴き取れないだろうと言い切っていることである。

上の場合は音名BACHが主題となっているのだが、実はこの音楽技法の場合は音程関係がとても重要になる一方、過去の長短の調性システムへの配慮は必要なくなる。つまり、所謂近代西洋音楽の200年程の音楽の中でも、これが音楽教育としてなされているのが多く、それ以前のルネッサンス音楽若しくは現代の音楽を専門教育としてされている層はそれ程多くはない。そういうことで個人的にはそうした教育が理解への妨げになっているのだろうと感じることが多い。

さてお勉強の為に残された時間はあまりないのだが、やはりその変奏の手段を振り返ることで、このプログラムだけでなく、シェーンベルクが上の講演でテーマとしたブラームスにおける先駆性にも同時に注目しておきたい。ロスバウトに書き送った手紙には、自分自身は先人ブラームスとの知己はないが、その後継者である人々の作曲技法を通してそれを扱っていきたいというのがある。

まさしく夏のツアープログラムにおけるレーガーの変奏はそのものであり、そしてリヒャルト・シュトラウスもその前にいた人ではある。そしてブラームスによっての影響とは様々な意味で無関係ではなかった。(続く)



参照:
聖アントンのコラール 2023-08-28 | 生活
特大シュニッツェルを❣ 2023-08-24 | 雑感

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