Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

中々お目に掛かれない様

2019-09-23 | 試飲百景
口内が喉まで荒れている。週末の試飲会後に酷くなったのだが、酸とは関係なかったようだ。軽い風邪ひき症状だろう。喉雨で誤魔化しているが、このまま何とか治まって欲しい。流石にTシャツは走るときだけだが、体温調整も上手く行っていないようだ。今晩辺りは茄子を熱くして、また生姜などを効かして食事としたい。

書き忘れていたことがあった。週末の試飲会断章だ。今迄は軽食がどんどん出て来たが、もうでなくなったばかりか、先にデポ金を取るようになった。私はいつも忘れて払わないが、要するに立食パーティーにただでと言う輩が多かったのだろう。訪問客も減った。フランクフルトの顧客を持つといっても結局はこの程度だ。

今回は丸いバーに暫く行ったり来たりしていて、一人の男に気が付いた。酔っぱらってはいないが何となく閉鎖的な感じの男だ。反対側に立っているときに、その男がいた付近に老夫婦が座った。そして男が帰って来て、「グラスはどこ行った」と叱責する。「友達のグラスで、誰がワインを飲んだ」と乱立している空きグラスを覗く。

そして老夫婦も「片づけたのじゃないかな」と当然のことを言うのだが、男は興奮気味にグラスを除いて「どこだ」と騒ぐのだ。流石に爺さんも「気が違っているよ」と席を横にずらす。おかしな男がその場を外した。

こちらも正面から見ていて、おかしなことを言うなと、老夫婦と視線を交わして、「飲み過ぎているのだろうよ」というので「見てたよ、どうせ只じゃない」と私らしいことを言って援護した。

そして更に男の様子を観察していた。そして気が付いた。男は一人だと。中々本物の狂人にはお目に掛かる機会は少ないが、これは完全にサイコものだと分かった。身なりなどは若干乱れた感じはあるが、普通である。そして泥酔している様子はなかった。

そして後で考えると、自分自身は金も払わずにただ飲みしているが、当然あの男は早い時期から予約していて金を払っている。こちらは当然購入して返金されることしか考えていないが、30ユーロを払って飲みに来る者もいるのだろう。するとあの男はグラスが無くなっているので本当に怒っていたのかもしれない。新しいグラスに注がせればよいのだろうが、買わないとなると三杯目にはそっと出しになるのだろう。

ズビン・メータ指揮イスラエルフィルのベルリンでのコンサート評も良かった。ヴァイオリニストに関しては賛否両論あった。子供の弾くようなメンデルスゾーンを弾く親仁ギル・シャハンをどう思うかの違いかもしれない。音色も含めて狙っているところが正しいかどうか、少なくとも個人的には20歳の若造の様な演奏をしたカヴァコスよりは理があると思うが、見解の分かれるところかもしれない。管弦楽団の弱さもあるので放送の日によってはツアー中でもあまりよくなかったりするが、確かにこの日は上手く行ったのかもしれない。



写真:グレーフェンベルク2016年産アイスヴァイン、フルボトル430ユーロ



参照:
隠密のラインの旅 2019-09-22 | 試飲百景
眠れなくなる射幸心 2019-06-06 | 試飲百景

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