Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

対老化筋力トレーニング

2006-04-11 | アウトドーア・環境
毎晩のように酢の様な酸味のあるリッターワインを飲んでいるお陰か、体の柔軟性とまではいかないが、大分調整力は感じられるようになってきた。しかし今ひとつ、これというときに力が入らない。どうも握力だけでなく、体全身の筋力が今までになく低下しているようである。筋肉の効用は、医学生物学的に少なくとも力仕事にだけあるのではないと認識している。

少なくとも、先ずは階段の裏側での懸垂を二十回と、いづれは片手懸垂が少しでも出来るように鍛え上げなければいけないだろう。ここ数年のダイエットに合わせて、トレーニング出来なかった事が大変悔やまれる。十代の時分と比べるまでも無く、嘗て無いほどに筋肉が収縮してしまっているようだ。

効果的な筋力トレーニングと食事療法が必要になる。暇があれば階段にぶら下がろう。二ヶ月程でどのレヴェルまで筋力が付くか?お腹の脂肪を落とすのに比べれば容易な気がする。二年以内には、ティーンエイジャーの身軽な女の子が取る姿勢が出来るまでにはなりたい。

何も特別な修練をしようとは思わないが、これほどまでに筋力が落ちると、様々な健康上の影響が心配である。仮に肥り過ぎによる疾病を抑えられたとしても、日常生活で重い買い物すら億劫になる生活をしていると、大病をしなくともどうも益々不健康になってしまいそうである。重いばかりに炭酸水すら購入しなくなって二年ほど経つ。

イタリア料理屋に立ち寄ると、ドイツ人の奥さんが大学病院で頭部の手術をしたと聞く。太り気味でも生活力に溢れ、上の子供もやっと就学年齢に達するかと云う若さであるので、予期しなかった。シシリア島出身の親仁さんは、同居していた兄を数年前に亡くした。その時のうろたえ様からすると、現在無理をして店を開けて一人で切り盛りする様子を見ていると、大変気の毒である。

決してこちらはそういった歳でもないのだが、仕事関係の友人が亡くなったと最近知る。彼の奥さんが大病をした時の本人の動揺が今でも昨日の事のように目に浮かぶ。退職して10年も生きなかった事や、明仁皇太子夫妻と東京でダブルスをしたり、クラブで少女シュテフィー・グラーフやボリス・ベッカーに馴染んだ逸話や、後年もサッカーなどをしていた姿を思い起こすと、どうしても本人の生命力の弱さを感じてしまう。悠々自適の生活などは、そもそも架空で実際はなかなか存在しないような気がする。

どうも何らかの憂いの無いような生活は生命力の低下を招き、頻繁に係争沙汰を起こすような嫌われ爺さんの方が健康で長生きしている。「金は墓の下まで持っていけない」と良く言うが、こうしてみると浮世でも経済的な価値などは文字通り紙切れに等しいように思える。その点からも年金制度などを見直して考えるのも良いかもしれない。ある種の業種は、退職後の平均寿命が短い事も見越して、企業退職金制度などを設定しているのであろう。年金生活者対策よりも、老化防止対策のための社会投資の方が価値がある様だ。



参照:Mens sana in corpore sano [ 数学・自然科学 ] / 2004-12-31
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