山本周五郎の「日本婦道記」の後半。
9 糸車◎
信濃の松代藩の衣田啓七郎は寝たきりで、19歳のお高は、10歳になる弟の松之助と3人暮らしをしていた。母親は7年前に亡くなっていた。貧しい暮らしであったが、お高は木綿糸の糸繰の内職をして足しにしていた。そんなお高に、父は、松本の実の母が病気なので見舞い新田ほしいと頼む。お高は小さい頃、松本藩の貧乏武士の元に生まれ、衣田家にもらわれていた。
10 尾花川◎
幕末。尊王攘夷の機運が盛り上がる中、琵琶湖のほとりの尾花川に住まいする太宰は、勤王の志士をかくまい、2歳年上の妻の幸子は彼らをもてなしていた。ある時から幸子のもてなしが質素になり、太宰はそれが気に入らなかった。そんなある日、偽志士がかくまわれていると客が言う。
11 桃の井戸◎
見目好く生まれついていないことを悲しいと自覚していたわたしは、生まれてから江戸詰めの暮らしをし、和歌に暮らしの楽しみを見出していた。父の仕事の都合で18歳の折に国元に帰ることになる。その折、和歌の師匠が国許の長岡千鶴という人を紹介する。ついて間もなく、家に長岡が訪ねてくる。70歳を過ぎた老婆であった。やがて20歳になったわたしに、後添えの話が来る。その家には7歳4歳の男子がいた。人生の師ともいうべき長岡のおばあさまとの出来事。
12 おもかげ
弁之助が7歳時、2年の患いを経て母が身罷った。その後から父、勝山藩の大目付、籏野民部の妹の由利が母親代わりとなる、母の生前と比べ、きつくなった由利の態度に戸惑う弁之助。父は江戸へ出府し、戸惑いながらも叔母に反抗するように勉学に励む。由利は縁談を断り、弁之助の養育に精進する。そして、11歳の時に父の元、江戸へ向かうことに。そして16歳になり、弁之助は藩主の帰国とともに勝山へ帰ることになる。その時、父は弁之助を呼ぶ。
13 墨丸◎
身寄りのないお石が5歳の時に引き取られた岡崎の鈴木家には平之丞という6歳年上の男児がいた。遊びに来る少年たちは、器量がよくないお石を、色が黒いことから墨丸と呼んだ。家事全般に長けてきた13歳になったお石は、平之丞の文鎮をほしいと言ってきた。2人が成長し、23歳の平之丞は17歳のお石を意識するようになり、お石との縁談を母に申し出る。しかし、お石は琴が上達し、京で身を立てると出て行ってしまう。やがて父は死に、お石の出自はわからずじまい。平之丞は友人の妹をめとり、子もできたが、3人目の子を授かりながら、死んでしまう。50歳になった平之丞は30過ぎから重用され、5年前から国老となっていた。そんな平之丞は京へ行った帰りに八つ橋の古跡に寄り、一軒の侘びた住居に休憩を申し出る。少年の成長と少女の覚悟。二人の結ばれぬ定めを感情豊かに叙情ゆかしく描いた名作。
14 二十三年◎
新沼靱負は、会津藩蒲生家に仕えていたが、世子がないことから取り潰しにあう。城下に残り、松山藩蒲生家への士官を待つが、長子と妻に死に別れ、残された次子と2人で松山へ出向くことにする。その時、女手で新沼家の世話をしていた20歳のおかやを実家に帰すことにした。嫌がるおかやは途中で事故に遭い、言葉も出ず、脳に障害を追ってしまう。責任を感じた靱負は、おかやと松山へ立つ。しかし、またも蒲生家はお取り潰しに会う。希望を失った靱負は短刀を取り、自害しようとするが、そこにおかやがいた。次子の牧次郎の成長とおかやの献身。これもまた名作。
15 菅笠(すげがさ)
浜松城下、足軽の家の人々。時は長篠の合戦。19歳のあきつは両親に死なれ、縁遠い娘であった友達が結婚をしていく中で、つい、荒くれの27歳の吉村大三郎と結婚を約束していると出まかせを言う。その話が大三郎の母、よりに伝わり、よりがあきつに会いに来る。嘘だといえないあきつは、やがて吉村家との縁談が決まる。大三郎は合戦に出向いていた。よりは耕作するために大三郎が作った菅笠を見せる。質素ながらもつつましく、日々の生活を大切にする2人の暮らしが胸に迫る秀作。
16 風鈴◎
15歳で父を亡くした弥生は、女手一つで、妹の小松11歳、津留9歳を育て嫁に出した。爪に火を点す日々だった。勘定所に勤める三右衛門を養子に迎え、加内家を守っていた。妹たちの夫は出世をし、裕福な妹たちが訪ねてきて、姉の質素な生活を変えるように提案する。妹らの夫たちも地味な勘定所から奉行所への転身を進言するが、三右衛門は断る。一緒に温泉に行こうという妹たち。これまでの生活でいいのかと立ち止まる弥生。そんな時に勘定奉行の岡田が碁をしに訪れる。出世、栄華、富、遊山、贅沢、美食。人間の欲望にはきりがなく、それらは、誰にも訪れる死から救うことはできない。三右衛門のとつとつと語るラストが、それまでの弥生の逡巡と好対照の名作。
17 小指
川越藩の山瀬家の一人息子、平三郎は18歳から小姓組の書物番を勤めていた。放心癖があり、ぬけたところがあった。世話をしていたのは、母のなおが気に入っていた小間使いの八重だった。25歳の平三郎に縁談があり、話が進むが、平三郎は八重を欲しいといいだす。許嫁がいると断り実家に戻る八重。33歳になった平三郎は江戸の勤番になり、今だ結婚せず、父も亡くなり6年の月日が流れていた。7回忌の法要を済ませたなおは菩提寺に近くに八重の実家があることに気づく。
いずれもプロットが冴え、最後まで緊張感に包まれる。風景や季節描写も洒脱で、さすが周五郎だと思わせる。センテンスも短く、タイトな文章。女の道というタイトルだが、周五郎の人生観を投影した名作群だ。
9 糸車◎
信濃の松代藩の衣田啓七郎は寝たきりで、19歳のお高は、10歳になる弟の松之助と3人暮らしをしていた。母親は7年前に亡くなっていた。貧しい暮らしであったが、お高は木綿糸の糸繰の内職をして足しにしていた。そんなお高に、父は、松本の実の母が病気なので見舞い新田ほしいと頼む。お高は小さい頃、松本藩の貧乏武士の元に生まれ、衣田家にもらわれていた。
10 尾花川◎
幕末。尊王攘夷の機運が盛り上がる中、琵琶湖のほとりの尾花川に住まいする太宰は、勤王の志士をかくまい、2歳年上の妻の幸子は彼らをもてなしていた。ある時から幸子のもてなしが質素になり、太宰はそれが気に入らなかった。そんなある日、偽志士がかくまわれていると客が言う。
11 桃の井戸◎
見目好く生まれついていないことを悲しいと自覚していたわたしは、生まれてから江戸詰めの暮らしをし、和歌に暮らしの楽しみを見出していた。父の仕事の都合で18歳の折に国元に帰ることになる。その折、和歌の師匠が国許の長岡千鶴という人を紹介する。ついて間もなく、家に長岡が訪ねてくる。70歳を過ぎた老婆であった。やがて20歳になったわたしに、後添えの話が来る。その家には7歳4歳の男子がいた。人生の師ともいうべき長岡のおばあさまとの出来事。
12 おもかげ
弁之助が7歳時、2年の患いを経て母が身罷った。その後から父、勝山藩の大目付、籏野民部の妹の由利が母親代わりとなる、母の生前と比べ、きつくなった由利の態度に戸惑う弁之助。父は江戸へ出府し、戸惑いながらも叔母に反抗するように勉学に励む。由利は縁談を断り、弁之助の養育に精進する。そして、11歳の時に父の元、江戸へ向かうことに。そして16歳になり、弁之助は藩主の帰国とともに勝山へ帰ることになる。その時、父は弁之助を呼ぶ。
13 墨丸◎
身寄りのないお石が5歳の時に引き取られた岡崎の鈴木家には平之丞という6歳年上の男児がいた。遊びに来る少年たちは、器量がよくないお石を、色が黒いことから墨丸と呼んだ。家事全般に長けてきた13歳になったお石は、平之丞の文鎮をほしいと言ってきた。2人が成長し、23歳の平之丞は17歳のお石を意識するようになり、お石との縁談を母に申し出る。しかし、お石は琴が上達し、京で身を立てると出て行ってしまう。やがて父は死に、お石の出自はわからずじまい。平之丞は友人の妹をめとり、子もできたが、3人目の子を授かりながら、死んでしまう。50歳になった平之丞は30過ぎから重用され、5年前から国老となっていた。そんな平之丞は京へ行った帰りに八つ橋の古跡に寄り、一軒の侘びた住居に休憩を申し出る。少年の成長と少女の覚悟。二人の結ばれぬ定めを感情豊かに叙情ゆかしく描いた名作。
14 二十三年◎
新沼靱負は、会津藩蒲生家に仕えていたが、世子がないことから取り潰しにあう。城下に残り、松山藩蒲生家への士官を待つが、長子と妻に死に別れ、残された次子と2人で松山へ出向くことにする。その時、女手で新沼家の世話をしていた20歳のおかやを実家に帰すことにした。嫌がるおかやは途中で事故に遭い、言葉も出ず、脳に障害を追ってしまう。責任を感じた靱負は、おかやと松山へ立つ。しかし、またも蒲生家はお取り潰しに会う。希望を失った靱負は短刀を取り、自害しようとするが、そこにおかやがいた。次子の牧次郎の成長とおかやの献身。これもまた名作。
15 菅笠(すげがさ)
浜松城下、足軽の家の人々。時は長篠の合戦。19歳のあきつは両親に死なれ、縁遠い娘であった友達が結婚をしていく中で、つい、荒くれの27歳の吉村大三郎と結婚を約束していると出まかせを言う。その話が大三郎の母、よりに伝わり、よりがあきつに会いに来る。嘘だといえないあきつは、やがて吉村家との縁談が決まる。大三郎は合戦に出向いていた。よりは耕作するために大三郎が作った菅笠を見せる。質素ながらもつつましく、日々の生活を大切にする2人の暮らしが胸に迫る秀作。
16 風鈴◎
15歳で父を亡くした弥生は、女手一つで、妹の小松11歳、津留9歳を育て嫁に出した。爪に火を点す日々だった。勘定所に勤める三右衛門を養子に迎え、加内家を守っていた。妹たちの夫は出世をし、裕福な妹たちが訪ねてきて、姉の質素な生活を変えるように提案する。妹らの夫たちも地味な勘定所から奉行所への転身を進言するが、三右衛門は断る。一緒に温泉に行こうという妹たち。これまでの生活でいいのかと立ち止まる弥生。そんな時に勘定奉行の岡田が碁をしに訪れる。出世、栄華、富、遊山、贅沢、美食。人間の欲望にはきりがなく、それらは、誰にも訪れる死から救うことはできない。三右衛門のとつとつと語るラストが、それまでの弥生の逡巡と好対照の名作。
17 小指
川越藩の山瀬家の一人息子、平三郎は18歳から小姓組の書物番を勤めていた。放心癖があり、ぬけたところがあった。世話をしていたのは、母のなおが気に入っていた小間使いの八重だった。25歳の平三郎に縁談があり、話が進むが、平三郎は八重を欲しいといいだす。許嫁がいると断り実家に戻る八重。33歳になった平三郎は江戸の勤番になり、今だ結婚せず、父も亡くなり6年の月日が流れていた。7回忌の法要を済ませたなおは菩提寺に近くに八重の実家があることに気づく。
いずれもプロットが冴え、最後まで緊張感に包まれる。風景や季節描写も洒脱で、さすが周五郎だと思わせる。センテンスも短く、タイトな文章。女の道というタイトルだが、周五郎の人生観を投影した名作群だ。