光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

初蝶は、アゲハ

2007-05-14 19:01:04 | 虫、その他
  お天気は、晴れ。朝方の気温は、10℃台。お昼になると、ニュースでは24℃。それからアメダスを見ると、さらに27℃まで上がっていて、もはや言葉がない。この一日の温度差を表わす言葉があったはずだが、出てこない。南西の強い風が、吹き荒れた。ちょっとはおさまるかと思ったが、とんでもない。さっきまで、ピーピーいっていた。まったくこの風が、イライラさせる。吹いて欲しいというときに吹かない。
  虫に蝶ちょ。なんか変だ。チョウチョというが、蝶々が正しい?。それは蝶のこと。昆虫の仲間にも色々いすぎて、もう少し何とかならないかとも思う。しかし虫である、と、ひとからげに出来るのはやはり楽かなー。
  成虫で冬を越したかの様な蝶を見ることがあるが、その姿は少し痛々しい。勘違いかも知れないが、しかし冬を越す蝶はいる。去年は、ひどく寒い冬だったが、レンゲ畑にモンキチョウが、なぜかかなりの数、飛んでいるのを見た。ただ、大冬だったのは2月一杯までだけで、3月は暖かいといってよかった。今年は、2月までは暖かだったが、3月になって冬に逆戻りした。それでかどうかわからないが、同じようにレンゲはしばらく咲いていたが、蝶の姿はなかった。
  それでも、ときどき、モンシロチョウ、モンキチョウを見る事はある。最近は、アゲハチョウも、ときどきだが、またその大きさはまだまだ小さいが、見かける。それよりも、テントウムシを見ることが多く、蝶よりも甲虫の類のことばかりが頭にあったが、なぜか、真っ黒で胴長で、それでいて、動きはテントウムシと同じという虫が来たところ、ヒメジオンが咲いているところに、アゲハチョウがやって来た。ヒメジオンと何度も書いているが、これは推定である。
  そりゃー、蝶もお腹が減れば、さらになぜか少し早く羽化した蝶ならお腹はペコペコで、そこに食べ物があれば、やって来る。といっても、これはなかなかあり得ないことも事実で、アゲハとはいえ、近くに人がいる場合、いくらそこに蜜を蓄えた花があってもなかなか近寄らないものだ。人ではないと思ったのかも知れない。

  風が強いので、人の気配がわからなかったのかも知れない。それより、やっぱりお腹が減っていたのだろう。私の方が、ヒメジオンの花から先に立ち去った。



  小型である。触角の一部が左上の明るい花のところに見える。



  枚数を撮ると、蝶の意外な衣装が見えてくる。少し、ギョッとするものもあった。ここは、翅の色がきれいに見えるものを選んだ。

早朝の空気の揺れ方

2007-05-14 07:16:44 | 散策
  朝の天気、快晴。いいお天気、風も弱く、穏やか。室温16℃。
  最近の日の出は何時かわからないが、午前5時、すでに明るい。ときどき、この数字を目覚まし時計で見て、それからまたひと眠りをすると、これが悪夢で、いい事はない。よっぽど、過去に悪い事をしていたのか。
  起きてまず窓を開ける。輝かしい朝である。電線にモズが止まっている。一時、いなくなった。また登場、すっと消えてゆく。そのことに気が付かず、別の窓から外を見ると、今度はキキキキッと鳴き声をあげて、やはり消えた。木が少し揺れている。そこに、たぶんいたのだろう。それ以外の音はなく、静かそのものである。
  ゴミ捨てに、外に出る。蜘蛛の巣はない。寒くはなく、また少し余裕もある。よく早朝の大気に、空気あるいは、場に、未知なるエネルギがあふれていて、元気になる、という話しを読むことがあるが、なんとなくではあるが、そうかも知れない、と思う。未知なるものは、沢山あるし、それを考えるのも楽しい。ここに、汚染されていない空気を入れることが適当かどうか、しかし、どうもそうゆうレベルの話しは、もうない気がする。少し、ゆけば国道があるし、ここで車が止まる、走らなくなることは、まずない。
  朝は、いい睡眠の後は、これは気持ちがいい。朝から、ごたごたが仕方なくある場合がある。爽快に起きて、朝の空気を吸う。まわりは新緑、山紫水明、早起きは癖になる。ご機嫌がよくない場合、それでも外に出ると、新緑がまぶしい。風は薫らないが、何かが揺れていることがわかる。そこに、風があるからだ。しかし、ご先祖様は、そこにはいない。自分の遺伝子の中にいる。
  それ以外に、揺れているものがある。早朝の振動子、これが何かのエネルギのもとである。そう思って、今日もなんとうまく過ごさないといけない。