僕が村田靖夫さんの事務所に勤めていた時に担当した、ある住宅に久しぶりにお伺いしました。この住宅のことは以前に2008年12月20日のブログでも書いたことがあります。
年配のご夫妻が暮らす、静かな家。リビングに大きく開けられた窓は中庭に面し、この10年近くの間に育った木々が、場所の雰囲気に質感を与えてくれていました。
いろいろ世間話をするなかで、話が床のタイルのことになり、「ウンブリアっていう名前のタイルでしたね、すごくこの床を気に入ってますよ」というお話を伺いました。
ウンブリア。そうそう、そんな名前のタイルだった。イタリア製のこのタイルは、国産の床タイルと違って、ひとつひとつの大きさが何か微妙に違ったり、ちょっと歪んでいたり角が欠けていたり。つまり、素朴な風合いをもつタイル。そんな素朴はタイルは、家ができたてピカピカの時よりも、今の方がずっと馴染んでいるように思いました。
ウンブリア。その名前を聞いて、僕は作家・須賀敦子さんのエッセイのことを思い返しました。須賀さんは前半生をイタリアで長く過ごし、晩年になって、記憶を思い返すようにして多くのエッセイをのこしました。イタリア中部にウンブリアという州があって、若い頃に、そのなかにある小さな街アッシジに通った頃の話がエッセイにも書かれています。アッシジは聖フランチェスコが生きた聖地。清貧の人生を送った聖フランチェスコの遺風は、静かで慎ましやかな街の雰囲気に息づいています。
ウンブリアという名前のタイルを床に貼ったからというわけではないだろうけど、この住宅には、たしかにアッシジでも感じられるような静かな時間が流れているように思いました。主張の無い静かな作風だった村田さんの住宅作品は、こんな風にしてゆっくりと良さが滲みでてくるのだろうとも思います。
僕が村田さんの事務所で最初に担当した住宅。だから、僕にとっては思い入れもまた格別です。また時折、この場所を訪れるのが楽しみです。