井形慶子氏著『古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家』 ( 平成12年 大和書房刊 ) 読了。
表題で分かるるように、「イギリス大好き、日本は駄目」という本だ。家内によると同じような本を沢山書いている売れっ子作家であるらしい。
・イギリスの丘稜や古い石造りの町並みがこびりついた頭で、自分の国、日本の街を直視するのが堪え難いのはなぜだろう。
・日本の家は、貧困なのだ。
・どんな専門家が現われて、反対意見を唱えたとしても、イギリスの家を知るにつれ、私は決して今の日本の家が豊かで魅力溢れるものとは思わなくなってしまった。
・新築物件はとても多いのに、安っぽい住宅地。それが100年前の古家が立ち並ぶ、イギリスの住宅地に対抗できるとはとても思わない。」
最初の5ページ目に書いてあるが、まったく同感だ。
何年前だったか家内とイギリス旅行をし、作者のいう古くて豊かなイギリスの家を沢山見てきた。手入れの行き届いた家々の庭や、石造りの街の落ち着いた静けさなど、羨ましい限りだった。
木と紙で作られた日本の家は、地震や火災で簡単に消失するから、イギリスのように100年ももたないのだろう。私はそんなことしか考えつかず、日本家屋の貧弱さは火山国の宿命と諦めていた。
氏の意見によると、どうもそれは私の見当違いで、政府の怠慢と国民の意識の低さに原因があるらしかった。かってはイギリスも住宅事情が日本同様に悪く、狭いひと間で家族が暮らしていた時代があったとのことだ。
・1945 ( 昭和20 ) 年に労働党が圧勝し、政府は住宅法を作り、公営住宅の建設を急ピッチで進めた。
・その後の保守党も、毎年20万戸を上回る住宅を建設していった。
・イギリスが日本と決定的に違うところは、こうした大量生産を実行しながら住宅の水準を同時に引き上げたことだ。
家だけかと思っていたら、話が日英政府の比較になった。
・政府はスリーべッドルーム以上の良質な住宅を、まず家族向けに作り始めた。
・温給水システムがコスト高になったにも拘らず、ベッドルームのそばに浴室を作り、5人以上が暮らす住宅ではトイレも必ず二カ所設けられた。
・こうして質の高い公営住宅が、国民に与えられていったのだ。
政府にやる気さえあれば、国民の家までレベルアップするとは気がつかなかった。
・サッチャー首相は、管理補修に経費のかかる公営住宅を、住人の中の購入希望者に4割近く値下げした価格で売却した。
・あまりに安過ぎるではないかという批判に対し、サッチャーは 「 国の財産は国民の財産だ。これまで頑張ってきた国民に分配するのは当然である 」と 答えた。
サッチャー氏の評判は日本でも高いが、こんなことまでしていたのかと、私は政治家の日英比較をした。
・一生かかっても家など買えないと諦めていた労働階級の人々に、夢のような価格で提示された住まいだ。
・社会の底辺にいた彼らは、マイホームを得て、初めて自分の人生設計をするチャンスを掴んだのだ。
日本には存在しない国民思いの政治家がいる英国が、羨ましくなった。
・イギリスでは20代のカップルでも、夫婦の年収を合わせると無理無く家が買えるように、金利の安い住宅ローンが完備されているから、日本のように家を持つこと自体が人生の最終目標にならない。
なるほど日本には、こうした仕組みが一切ない。
一生かけてサラリーマンは自力で家を買い、金利だけでも支払に十年以上かかる。貧乏な若者が買える家などなく、購入できるのは金持の息子か娘に決まっている。
反権力、反政府、弱者の味方を標榜するのなら、共産党と民主党は、国民の住宅政策をスローガンにすれば良いのにと思う。中国や韓国に協力して、軍国主義だ右翼化だと騒ぐより、安くて立派な住宅提供を唱える方がずっと国民の幸せにつながる。経済の活性化にも貢献すると、賛成したくなる氏の話はここまでだった。
・日本の洋風住宅を見て、欧米人は首をかしげる。
・あんな家に私たちは住まない。窓や玄関ポーチは欧米のものに似ているけど、あれは日本の家でもないし、欧米の家でもないわ。
・無国籍な家があちこちに建てられているのを見て、あんなスタイルがなぜ流行り、なぜ日本人が喜んで受け入れているのか理解に苦しんでいる。
これが欧米人の意見だそうだ。
・あるイギリス人の英語教師が、クラスの20代の生徒に週末は何をしたかと訊ねると、90パーセント以上がショッピングと答えるそうだ。
・彼女はこの反応にとても驚き、恐ろしいとさえ思ったと話していた。
その英語教師の話と、氏の解説だ。
・生徒たちはブランドのバッグや時計など、沢山の高価なものを持っているのに、買うものがなくても家を出て行く。
・家にいて、するべきことが分からないのだ。心から満足できる、充実する暮らし方のお手本が、彼女たちの家庭にはなかった。
・インテリア、料理、衣類、そして人との付き合いや人間関係まで、金をかけなくても作り出せるという大切なことに気づかないまま、大人になってしまったからだ。
家 → 政治家の比較 → 日本人の比較と、そろそろ面倒になってきたが、もう少し紹介する。
・だから若い日本人は料理も出来ず、棚一つ作れない。
・人間として基本的生活能力を持たないまま結婚し、子供を育てる。そしてこれは確実に次世代に引き継がれ、更に物欲にまみれた日本人を作り出していく。
「イギリス大好き、日本は駄目」と言っても、こんなところまで広げられると感心する気がなくなり、不愉快になってくる。
・家を買ったらお仕舞いになる日本人と違って、家作りを生涯の仕事と考えるイギリス人の家からは、目に見えない沢山のものが生み出されている。
・壁のペンキ塗り、棚の取付け、ドアーの修理等々、それは日本のような消費文化とは対極のスタイルだ。
確かに日本の風潮には、是認できないものもある。「消費は美徳」と世間が浮かれ、大量生産・大量消費で、使い捨ての時代が続いてきた。イギリスの慎ましさと堅実さには見習うべきものがある。
政府が支援してくれないから、私も苦労して一戸建ての家を退職金で買った。大工仕事が苦手なので、壁のペンキ塗りも棚の取つけもできない。やる気もない。
だからと言って、基本的生活能力のない人間ではないし、物欲にまみれた人間でもない。なんでこんなことまで氏に言われなくてならないのかと、一方的な意見に腹が立ってくる。
イギリス人が家を大切にし、無闇に新築の家に飛びつかないとしても、イギリスにはイギリスの事情があり、手放しの賞賛にはならないはずだ。
私が会社で働いていた時、習っていた英会話の教師はトムソンという名のイギリス人だった。レッスンが済んだある日、彼と二人で安い酒場で一杯やったことがある。丁度日本が、世界第二の経済大国になった時だった。
・日本は本当に素晴らしい。活気に満ちて、みんなが生き生きしている。
・それに比べると僕の国なんて、貧しくて、陰気で、みんな意気消沈している。
・ヨーロッパはどこへ行っても、もう死んだ街だ。これからは、アジアの時代だ。
トムソンが先生で私は生徒だったし、勘定は割り勘だったから、彼の話はお世辞や追従でなかったと今でも思っている。井形氏は日本を貶すけれど、イギリス人にも多様な意見があると私は言いたい。
自分の本を面白くし沢山売ろうと考えて、都合の良いイギリス人ばかり登場させてはいけない。それはこじつけであり、捏造とも言い、朝日新聞がやって失敗したことに似ている。
おやめなさいと、こっそり忠告したくなった。