5月26日、ベッラさんのブロクで、久しぶりにチャンネル桜の動画を見ました。小野寺まさる氏と本間奈々氏が伝える、帯広市における中国企業の、土地買収のレポートでした。
広大な国有林を買収した中国企業が、森林を伐採し、ブルドーザーやショベルカーで山を崩し、農場と天然水の加工工場を建設していました。
開かれた土地の中には、沢山の住宅が並んでおり、建設中の郊外建売住宅地という外観です。今はまだ無人ですが、一軒には二、三十人が暮らせするスペースがあると言います。ここに人が住めば一大住宅地となり、一つの街が形成されます。
切り開かれ、平地となった山は畑に変わり、ここでは漢方薬の材料となる薬草が、大々的に栽培される計画だそうです。
水源地を切り開いた土地ですから、彼らはここに、「水屋」と称する「天然水製造工場」を建てています。漢方薬も天然水も、全て中国への輸出品となります。水源地の水を独占的に利用していますが、下流域には、この川の水を利用する日本人が住んでいます。
本格稼働していないため、問題は生じていませんが、中国人の工場と、下流の日本人の争う日がやがてくるはずです。
幅1メートルほどだった林道が、幅10メートルの道路に変わり、開発地内を貫いています。両氏の解説によりますと、いつでも飛行場になる道路幅だと言います。点在する工場へ通じる道は、頑丈な鉄筋コンクリートで固められ、戦車でも通れる強度だそうです。
つまりいつでも、軍事基地に転用可能な、土地開発がなされているのです。
「どうして、こんなことが許されるんでしょう。」
「いくら私有地だからといって、こんな環境破壊を平気でするなんて、中国人の常識を疑います。」
本間氏が怒りの声を上げていましたが、全くその通りでした。
この動画を見れば、本間氏や私だけでなく、多くの国民は帯広の惨状に声を無くしてしまうことでしょう。本当に、日本でこんなことが起こっているのかと、愕然とする光景です。
広大な土地を、最初は日本人の会社が買い取り、中国の会社へ転売し、その積み重ねが現在の状況になっていると聞きました。
日本人の会社名は「森トラスト」、中国の会社名は「アリババ」だそうです。森トラストは、東京の一等地でビルの開発・賃貸業をする「森ビル」の関連会社です。私の記憶が正しければ、あの売国学者政治家、竹中平蔵氏の関係する会社です。経済特区の開発検討委員として、氏は安倍総理がいまだに、政府役員として重用しています。
開発を許可し、黙認している帯広市の、市長以下市議会は何をしているのかと、怒鳴りつけたくなります。
帯広市民もそうです。反日・左翼に騙される「お花畑の住民」より、もっと能天気な市民かもしれません。国難とも言える開発が進み、いつなんどき中国軍が占領した土地で暴れ出し、モンゴルやチベットのようにするかもしれないのに、何の声もあげません。
中国は何年もかけ、中国人の移住者を増やし、家族を住まわせ、じわじわと他国を侵略するのです。住民が気がついた時はもう遅く、残虐非道な彼らは強大な武力でねじ伏せてきます。平和な田園風景と、閑静な住宅地、小綺麗な工場は、束の間の平和でしかありません。私は多くの人、特に息子たちと、「ねこ庭」を訪問される方々には、この動画を見てほしいと、切望いたします。
ここで、一番肝心な本題に戻ります。
・こんな途方もない開発は、帯広市の一存でできるはずがない。
・開発する中国人が非常識で、ひどいのでなく、これを許している日本人が、ひどいのです。
賢明な方には、私の予測が見えてきたと思いますが、この日本崩壊の大元にいるのは、日本政府です。
もっと率直に言えば、「安部総理」その人です。いつの新聞だった忘れましたが、来日した李克強首相が北海道を視察した時、一緒になり案内したのが総理でした。帯広だったのかどうか、調べれば分かりますが、今は場所などどうでも良く、私が言いたいのは、北海道の中国進出に深く関わっているのが、わが国の総理「安倍氏」であるという事実です。
「戦後レジュームからの脱却をする。」
「美しい瑞穂の国を取り戻す。」
そう言って安部氏は、颯爽と登場しました。三年余に及ぶ、反日・左翼の民主党政権の、悪夢のような政治を止め、国民に夢と希望を与えました。
「憲法改正」「女性宮家反対 ( 皇室護持 ) 」という、二つの公約は、多くの国民の支持を集めました。私もその国民の一人として、総理を応援してきました。
しかし今では、考えもしなかったことですが、「総理への絶縁状」を書く自分となりました。帯広の惨状と、日本崩壊の予兆を見て、今日からしばらくの間、「安部総理の裏切り」につき、怒りのブログを綴る決意をいたしました。
「初心を忘れた安倍氏」、最初のタイトルはそうでしたが、「初心を捨てた総理」と書き換えました。
「忘れた」などという穏やかな行為でなく、「捨てた」という確信犯的行為ですから、本当は「裏切った」という言葉でも良いくらいです。「安倍氏」という言葉も、個人を表しているだけなので、これでは意を尽くしていません。「ラーメン屋の安部さんが、初心を捨てた」という、個人の話ではありません。
国民の信頼と委託を受け、選挙の一票を集めていながら、しかも9年という長きに渡り、庶民の希いを託された政治家ですから、責任の重みが違います。最も率直な表現は、「国民を裏切った総理」なのでしょうが、武士の情けで、少しだけ控えめにしました。
ガウディや、「武漢コロナ」の話どころでなく、本当の国難は「安部総理」だったかと、無念のブログを、明日から書きます。息子と孫たちへ遺す、歴史的な「父のブログ」となるのでしょうか。