ねこ庭の独り言

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第二次大戦下のヨーロッパ - 3 ( バルカンの小国と日本 )

2018-08-11 18:34:19 | 徒然の記

 バルカン半島は、ヨーロッパの南東部にあり、ギリシア、アルバニア、ブルガリアなどの小国が沢山あります。現在では六つの国に分かれていますが、かってはユーゴスラビアという統一国家もその一つでした。

 ユーゴスラビアはその国際的位置から、「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」と、形容されるそうですが、私のような単一民族国家に暮らす人間には、想像できない複雑な国です。

 本日は、大国が戦争を始めると、間にある小国がどんな状況に置かれるかという事実を、息子たちに伝えたいと思います。時代が変わっても人間のやることは大して変わりませんから、反日左翼の政治家たちが言う「平和憲法絶対遵守」が、どれほど現実離れのした空論であるかを、説明したいと思います。

 昭和16 ( 1941 ) 年の3月に、ユーゴスラビア王国政府は、ドイツへの経済依存度の高さからドイツへの追従はやむなしとして、日独伊三国軍事同盟に加盟しました。これに反対し、ユーゴスラビアの中立を求める国軍がクーデターを起こし、親独政権が崩壊します。国軍を中心とする新政権は中立政策を表明し、三国同盟への加盟を維持すると表明する一方で、同盟としての協力義務を実質的に破棄し、中立色を明確にしました。 

  この時の状況を、氏が述べていますので紹介します。

 「ユーゴスラビアの寝返りに激怒したヒトラーは、ユーゴスラビアを攻撃するため、ハンガリーを通過しなければならなくなった。」「ヒトラーはハンガリーに対し、次のような趣旨のメッセージを送った。」

 「ドイツとの協定を、公然と破ったユーゴスラビアは、撃滅しなければならない。」「ドイツ軍の大部分は、ハンガリーを通過する必要があるが、戦闘の中心は、ハンガリー内では行われない。」「しかしこの際、ハンガリーも軍事行動を起こすことを要請する。」

 「ヒトラーから、この要請を受けたハンガリーの立場は、大変苦しかった。」「三国同盟の加盟国だったハンガリーは、ドイツに協力する義務を負っていた。」「しかしハンガリーは4ヶ月前に、ユーゴスラビアと、友好条約を結んだばかりである。」

 「摂政ホルティーをはじめ、テレキー首相など政府首脳の多くは、ドイツに好感を持っていなかった。」「元来自由主義者であるテレキーは、ユーゴスラビアとの友好条約を破ってまで、ヒトラーに忠義立てする気持ちは、毛頭なかった。」

 「ドイツ軍がハンガリー領に侵入し、ブタペスト通過を始めたその日、イギリスからの脅迫も受けた。」

 「ハンガリーが、ドイツのユーゴスラビア攻撃に味方するならば、イギリスはハンガリーに宣戦する。」「・・・進退窮まったテレキーは、その晩自宅で、ピストル自殺を遂げたのである。」

 「テレキーの自殺は、ハンガリー国民に強い衝撃を与えた。」「そして彼らは、自分たちの国がどんな状況に置かれているかを、おぼろげながら理解することができた。」

 「小国の悲運は、歴史に枚挙のいとまのないところであるが、これらはすべて大国のエゴイズムの所産であり、1970  ( 昭和45 )年代を迎えた今日においても、少しも変わるところはない。」

 ハンガリーのテレキー首相の悲運に関する、氏の率直な意見です。私は、氏の言葉の持つ重みを、お花畑の人々に知ってもらいたいと思います。列強がアジアを侵略していた時代、日本はバルカン半島の諸国のような小国でした。幕末から明治にかけ、小国の悲哀と危機感を経験したのが、私たちのご先祖でした。

 反日の朝日やNHKは、維新の政治家たちが、懸命に「富国強兵」と「殖産興業」に傾けた情熱を、軍国主義、植民地主義と言い攻撃します。NHKが、戦前を扱ったドキュメントを放映するときは、必ず日本の否定が伴います。

 「こうして日本は絶対天皇制を作り、国民を一つにまとめ、軍国主義国家としての道を、ひた走りました。」「自国の利益を第一とし、アジアの国々を侵略したのです。」

 幕末以来ご先祖様が、日本のためにしたことが、どうしてこんな簡単な解説で片づけられるのでしょう。当時のアジア諸国は、イギリスやオランダ、フランスなどの植民地となり、中国は彼らに領土のあちこちを切り取られていました。その中で日本が独立を守れたのは、ご先祖のお陰だったはずです。

 そこを国民に説明せず、否定ばかりをするNHKと朝日新聞を、どうして許せましょう。大国のエゴイズムは、21世紀の現在でも当時のままです。ヒトラーのドイツは消滅しましたが、習近平の中国やトランプのアメリカ、プーチンのロシアなど、武力を誇示する危険な指導者が沢山います。いつなんどき、戦争が始まっても不思議でない状況が、続いている時だというのに、「平和憲法を守れ。」「軍備は全廃せよ。」「安倍独裁を許すな。」「軍国主義の復活を許すな。」の大合唱は、どう考えても、異常です。

 日本が平和憲法を持ち、いくら戦争に反対しても、いったん周囲の大国がアジアで暴発すれば、他人事では済みません。自分の国を自分で守れない国の結末が、どうなるのか。氏の本は私たちに教えています。自分の国への愛も誇りもなくし、否定したり憎んだりする人間が多数を占めるような国は、他国に攻められるまでもなく、自ら滅んでしまいます。

 現在、72ページの部分の書評をしています。この分で行きますと、書評の終わりは盆明けとなるのでしょうか。私のブログを訪れる方は、どのように私を見ておられるのでしょう。毎日毎日本を読み、焦って愚にもつかない書評を書いていると、お思いでしょうか。

 私は少しも焦っておらず、明日にでも戦争があると騒いでいるのでもありません。私が見ているのは、50年100年先の日本ですから、今日明日の話をしているのではありません。

 元気な間に、自分の考えをブログにしておけば、私がいなくなった後、きっと息子たちが読んでくれると、むしろ楽しい日々を送っています。強情な私が、やせ我慢していると思われる方も、おられるかもしれません。しかし私は、自分の経験を大切にします。

 三年前の8月に、出雲の叔父の葬儀に出席し、30冊の本を遺品として分けてもらいました。このことは既にブログで語っていますから、詳しく述べませんが、私は叔父の本を読むことで叔父と対面し、対話をしました。生前は話らしい話をしなかったのに、読後の叔父は、私には大切なご先祖様の一人となっていました。

 三人の息子たちも、きっとそうなるはずと信じています。だから焦らず、慌てず、静かに日々を暮らしています。訪問される方に言われるとしたら、きっとこんな言葉でしょう。

 「あんたは、幸せ者よ。」「そして最後の最後まで、親バカでしたな。」

コメント (2)
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