ねこ庭の独り言

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『 昭和史発掘 』 - 1 ( 左翼でも、一流作家松本清張 )

2014-09-02 14:44:18 | 徒然の記

 松本清張著『昭和史発掘-1』(昭和53年刊 文春文庫)を、読み終えた。

 松本清張は、私の嫌いな共産党の親派だが小説は面白い。「点と線」「ゼロの焦点」「砂の器」など、一時期まとめて彼の作品を読んだことがある。推理小説、時代小説、歴史物など、なんでも手堅くものにする安定感のある作家だ。
 
 小説でなく、ノンフィクションと呼ばれる彼の作品を手にするのは、今回が初めてだ。陸軍大将田中義一の陸軍機密費問題と、摂政時代の昭和天皇を爆殺しようとした朴烈の事件、そしてこれら二つを担当していた石田検事の不審な死、というのが本の中身だ。

 大正14年から昭和初期にかけての出来事で、内容は知らない話ばかりだった。二大保守党である政友会と憲政会との対立も背後にあるが、彼の結論は全ての黒幕に陸軍がいるというものである。

 陰謀や策略、軍人による天皇制の悪用など、彼の手にかかると軍部は巨悪の根元となり、朝鮮人への差別は忌まわしい国民的産物となる。丹念な調査と力まない彼の叙述が、作品への疑義を差し挟めなくし、日本の政治や社会風潮にいつの間にか嫌悪感を抱かせていく。朝日のような一方的主張や、共産党の紋切り型の饒舌と異なり、事実の積み上げと冷静な語り口のため自然とそうさせられる。

 「九月に内閣が変わり、水野錬太郎の次に後藤新平が内務大臣になった。後藤も台湾の民政庁官をやっているときは台湾の人々を何千人も殺している。」「後藤は米騒動の時も閣僚で、三月前に水野と代わって外務大臣になった。民衆暴動の恐ろしさを知っている点と、植民地統治をやった経験が両者共通であった。」

 「こんな恐ろしい連中が震災当時の内務大臣であったから、朝鮮人もたまったものでない。朝鮮人虐殺をけしかけたのは、食料暴動のおこるのをふせぐため、民族憎悪の感情をかきたてて、政府に向かう民衆の反抗を朝鮮人に向けたものであろう、という説だ。( 山辺健太郎『現代史資料月報』)」

 けれども待てよと、手を休める。氏の意見では酷い弾圧と言う話になるが、保守の人々は台湾統治の成功を語る。震災当時の朝鮮人殺害の件にしても諸説があり、原因は不明のままだ。これが後藤・水野という政治家の策謀だと断定する根拠は、東大教授の山辺健太郎氏の著作だ。果たしてどちらが、正しい事実を伝えているのか。
 以前の自分なら、即座に納得しただろうが、今はそんなに素直でなくなった。

 山辺氏に限らず、東大教授というものが曲者であることを、沢山の事例で知ってしまったからだ。東大と言われれば一も二もなく納得した自分は、朝日の記事となれば信用していた私が消えてしまった時から、一緒に消滅している。

 だからと言って、松本氏の意見を全面否定する気持もない。「軍部の横暴や策略」は、今後憲法改正した後にも、ずっと警戒していかねばならないことと思うからだ。左翼の人々はこうした軍部への不信と恐怖から、憲法問題に反対するが私は違う。

 独立国には軍隊がなくてはならず、何処の国でも「軍部の横暴や策略」という危険性を抱えている。諸刃の刃である軍隊をどうすれば正しく機能させられるかと、知恵を絞って工夫するのが一人前の国家でないか。独立国の共通の課題であると、国民全体で共有する賢明さが大切なのだ。

 あと一冊氏の本が手元にあるが、思想を詮索しなければ面白い読み物であるから、一つの作品として楽しんでみたい。腹立ちまぎれにゴミ袋へ入れたりせず、黙って読み続けられるというのは、やはり彼が一流の作家である印なのだろう。それとも私がおかしな人間で、小説を見る目がないということか。

 いつものことながら、そんなどうでも良いことに思いをめぐらす「みみず」である。

コメント (4)
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