書評を止めようと昨夜は思ったが、朝を迎えて元気になり気が変わった。
松本清張氏の『 昭和史発掘 - 2 』の中の一編に関し、どうしても書き留めておきたいことがある。
昭和 4年3月の共産党員大検挙の時、公開裁判にかけられた佐野学氏の言葉がそれだ。共産党の最高幹部の一人だった氏が、国民と同志に呼びかけた言葉だと言う。
1. 自分たちは、労働者・農民の前衛として闘っている。
2. 共産党は国賊でなく、ブルジョア独裁を覆し、プロレタリア独裁を目的とする政党である。
3. 労働者に祖国は無く、世界のプロレタリアが祖国で、その前衛はソビエトロシアにある。ロシアのコミンテルンこそが、
世界労働者の幸福をもたらす世界革命の最高司令部である。
4. 他の社会主義政党は労働者の味方でなく、共産党のみが労働者の味方である。
5. この裁判はブルジョアの利益を守るが、労働者の利益は決して擁護しない。
氏の言葉は共産党の精神として、現在も受け継がれていると聞く。首を傾げたくなる主張もあるが、私は無下に否定しない。
氏が裁判所で意見を述べた当時は、政府が平気で共産党員を刑務所へ送り込み、拷問をし、彼らを死に追いやった時代だ。今の日本でなら笑止と無視できるが、命がけで語った氏の立場を考えると、歴史的な言葉として聞く価値がある。
その上で 2項目以降を、検証したい。
ブルジョアの独裁を覆し、プロレタリアの独裁を可能にした国が、現在世界のどこがあったのか。共産党員たちは、ソ連と中国、北朝鮮を言うのだろうが、この国では資本主義の社会は一度もなく、ブルジョアもプロレタリアもいない国だった。
資本主義社会は内包する矛盾のため時の経過で「自滅」すると、マルクスは述べていた。自滅しないから、短気なレーニンが「暴力革命」と言う言葉を考えだした。共産党員は「マルクス主義」と言うが、世に流布しているのは純粋な「マルクス主義」でないと私は考えている。
この議論を進めるとテーマを逸れるからここで止めて、本論に戻る。
では彼らの言うプロレタリアの独裁国である、ソ連と中国と北朝鮮が、どのような幸福を国民に与えているというのだろうか。私が言いたいのは、次の一言だ。
ブルジョアでもプロレタリアでも、政権を取ってしまえば「権力は腐敗する」
だから私は、共産と党同様に自民党にも警戒を怠らない。私が書き残したかったのは、3項目目の意見だ。
野坂参三氏の著作だったと記憶するが、氏が祖国を捨てた経緯が書かれていた。本人の話によると、主義に準ずるため祖国日本を捨ててソ連に行き、次にソ連を捨て中国へ渡ったと、そんな内容だった。
つまり共産主義者とは、祖国を捨てた人間たちであるということだ。
彼らは、ロシアのコミンテルンが祖国だと言う。世界の労働者の幸福をもたらす世界革命の最高司令部だと、かっての共産党員は信じていた。その祖国ソ連が崩壊した後で、彼らの祖国は「赤い中国」に代わったのだろうか。
祖国とはそんなに簡単に、何度も捨てられるものなのかと、
書き漏らした「大事な」ことは、これだった。松本清張氏の『昭和史発掘』は、死んだ歴史でなく、現在の日本で息づいている。反日・亡国の左翼主義者たちが、日本を貶め攻撃する原因がここにあると、私が言いたいのはこれだ。
朝日新聞の記事も根っこにあるのは、祖国を捨てた左翼主義者たちの妄想に過ぎない。怒り狂って、アメリカのマッカーシー議員のような魔女狩りをしてならないが、松本清張氏の冷静さを見習い、国に害をなす獅子身中の虫たちを放逐する工夫をすべきでないのだろうか。
数が少なければ共産党も極右過激派と同様、社会の「必要悪」として許容するが、現在はその数が多すぎる。マスコミを先頭に、、政界、官界、学界、法曹界と、共産党党員の予備軍と親派がいて、声を限りに日本批判をしている。
私たち国民が反日マスコミに騙され、選挙で反日議員を選んできた過去に原因がある。私たちが、簡単に祖国を捨てるマルクス主義者に惑わされなくなれば、政治が変わる。
だからそろそろ目を覚ましましょう、と言いたかった。
これを書き残さなくては、何のために松本氏の著書を読んだのか意味がないと、昨夜床の中で考え直した。