NHKのニュースが、豪雪地帯で難渋する住民たちについて、報道していた。
若者の居なくなった過疎地で、屋根に降り積む雪が、老人たちを苦しめ、転落して亡くなったり怪我をしたりする人々が増えているというニュースだ。
幸いにも千葉県は、雪が少ない土地だが、人ごとと思えないものがある。私よりずっと年上で、ずっと体の不自由な人が屋根の雪下ろしをしている。夫婦者ならまだしも、一人暮らしの高齢者が、よたよたしながら雪と格闘しているのを見ると、やりきれなくなる。
その雪国に、今年は雪下ろしのボランティアたちが行っていると、前置きが長くなったけれど、ニュースの本題はここにある。
「偉い、ボランティアやる人は偉い。」画面に向かって思わず声を出し、隣にいる家内に笑われる。「あれ、お父さん。泣いてんの。」
泣いてなんかいるものか。見ているうちに、勝手に涙が出てきただけのことだ。自分の意思では無い。
昔から私には、自分にやれないようなことをする、人間への敬服の念があるが、最近は敬服を通り越し、感動を覚えるようになった。高齢者の域に近づきつつある私には、仮にその気があっても、雪下ろしのボランティアはできない。他人の足を引っ張るだけでなく、返って厄介者になるのが分かっているからだ。
といって、若かったら当然のこととして、現地へ行ったかと言えば、正直言って自信が無い。口が先に立つ人間の常として、おそらく私は、ボランティアなど出来もしないのではなかろうか。
さしたる自己主張もせず、目立とうともせず、偉ぶることも無く、黙って体を動かすボランティアたちが、日本のあちこちにいる。どこを取っても、私には真似が出来ない。
最近の若者はとか、近頃の人間たちはとか、自己中心的で、我がままだと酷評されている彼らが、どうだ、この素晴らしさ、と感激せずにおれない。阪神淡路の震災時だって、胸を熱くさせてくれた若者や、中高年者たちがいたが、一時的な気まぐれでなく、他人のために体を動かそうとする人間が、今もこの世に沢山いる、という事実を知らされた。
愚にもつかないことを、大仰に伝える民放と異なり、NHKの報道姿勢がまたいい。感動的なボランティアたちについても、ごく普通のことのように淡々と喋る。国会討論の議員たちみたいに、声を荒げたり震わせたりせず、そこいらのありふれた事実のように語る。
だから、いいのだ。ボランティアなんて珍しくもない。何処にだっているし、誰にだってできる。君にも貴方にも、その気さえあればと、国民に伝える。それを聞いて、その気になる素直な日本人の素晴らしさがある。
どうしてこんな日本が、誇りを失ったりすることがあるのだろう。そんな必要なんてありはしないと、今晩は気持ちが高ぶる。
こんな日が、たまにはあっていい。ボランティアの人間たちにも、HNKにも、そして日本にも、感謝したいではないか。できることなら、NHKみたいに、私も淡々と文章を綴りたかったのだが、それは難しかった。