かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

お節料理2022年――変わらないことは、めでたいことなのか?

2022-01-02 03:56:30 | 気まぐれな日々
 春一夜 波に移ろふ 花影に
  身は浮草を 誘ふ水かや
          沖宿

 正月はめでたいことになっている。何がめでたいのだろうか。
 もう何年も、いや何十年も前のことである。まだ私が若いと思っていたときである。
 いつものように九州の実家に帰って、正月を迎えていた。そのときの正月の朝日新聞に、私の薄らいでいく記憶では、全5段広告だったか、ドイツ文学者の高橋義孝の正月らしい和服姿の写真が載っていた。そのなかで、正月について述べた言葉がずっと心に残っていた。
 それは、変わらないことがめでたいことである、といった言葉を並べていた。

 正月は、新しい年に変わっていくからめでたいのではないかと思っていた私は、変わらないのをめでたいとする彼の言葉が腑に落ちなかった。ずっと気になっていた。
 しかし、歳を重ねるにしたがい、幸も不幸も、酸いも甘いもあるなかで、体力面をはじめあらゆる面で衰えを感じ、現状維持を良しとする不甲斐なさを度々痛感させられるのである。その上、ここ2年はコロナ禍の情勢である。
 最近は、正月のたびに思うのである。変わらないのが良いことで、めでたいことなのである、と。

 *
 こうして、2022(令和4)年の正月を迎えた。気温は低いが外は青空で、窓から日が差していい天気である。
 この年のお節料理は、変わらず手抜き料理である。
 正月定番の蒲鉾と昆布巻き、ゆで卵で基本とする。今年は田作り(ゴマメ)は省いてしまった。
 刺身はカンパチ、それに鯨。
 野菜類は、カボチャ煮、春菊のおひたし、豆苗、トマト、銀杏。
 それに、昨日の残りのローストビーフ。
 正月のみの日本酒は、これまた定番化(変わらない)してきた新潟の越乃寒梅。
そして、最後に、昨日買ってきた赤飯で〆。

 *
 日も暮れた頃、近年恒例となりつつある(変わらず)多摩センターの白山神社に初詣に行った。
 多摩センター駅からパルテノン多摩に続く大通りは、年が明けてもイルミネーションが輝いているが、さすがに1月1日は多くの店が閉まっているので、人は少ない。いや、この日に開いている店がいくつかあるのが驚きだ。

 夜は、雑煮を作る。これも、変わらない。
 変わらないことをやる、いや、変わらないことができることは、めでたいことである。



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