かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

2. 青春の街、パリ

2005-08-15 02:16:15 | * フランス、イタリアへの旅
<2001年9月25日>パリ
 成田発10時25分発KLMオランダ航空機は、現地時間16時35分にアムステルダムに着き、すぐのトランジットで18時05分にパリに着いた。日本との時差は8時間である。
 1974年の初めてのパリへの旅からフランスは3度目であるが、2度目の90年のフランス訪問は仕事の取材旅行だったため、自由な一人での本当の旅は2度目である。

 機内は、予想通り半数以上が空席であった。全世界がアメリカ同時多発テロの影響で神経質になっていた。機内に黒いベールを覆ったイスラム系の女性がいたが、それを見ただけで精神的に身構えるほどであった。アメリカ軍の報復とテロの応酬で、今後どこでテロが起きるか分からない、ヨーロッパも標的にされるという噂が飛び回っていた。しかし、一方でアメリカ主導のグローバリゼーションへの懐疑を唱える考えも起きていた。
 シャルル・ドゴール空港は、銃を持った軍隊が警戒していた。私は、空港から電車に乗ってパリ北駅で降りた。パリ北駅でも、軍隊は目を光らせていた。駅近くの何の変哲もないホテルで、私は疲れきっていたのですぐにシャワーを浴びて泥のように眠った。

<9月26日>パリ
 目を覚まし、窓の外を見ると灰色のビルの壁が立ちふさがっていた。ビルから顔を出し見上げると、やっと四角い天窓のように空が見えた。空も灰色で、そこから霧のように小雨が降っている。例えみすぼらしくとも旅人をたぶらかすようなパリが持つ華の香りを少しも感じさせないホテルを出て、私はコンコルドに向かった。

 27年前、パリへ着いた夜、真っ先に向かったのがシャンゼリゼ通りだった。その後も、夜になるとしばしば訳もなくシャンゼリゼ通りに行き、通りを歩いた。ある時はそこで一人でコーヒーを飲んだし、ある時はパリで知り合った人とグラスを傾けた。
 シャンゼリゼ通りから脇に入った通りで昼食をとり、マドレーヌからサンジェルマン・デ・プレに行った。やはりパリに来ると、カルティエ・ラタンに足が向く。
 オデオンからパリ大学の間を通るエコール・ド・メディシン通りを歩いていると、眠っていた記憶が急に目を覚ました。この裏通りの感覚は、27年前の臭いだった。この通りに、私が泊まったホテルがあるはずだった。パリ大学を抜けて少し細くなった通りの左手にサン・ピエール・ホテルという文字が目に入った。隣は映画館だったのが今は雑貨屋になっていたが、間違いなかった。
 私は、何の躊躇いもなくこの日ここに泊まるために扉を開いた。改築したのだろうか、それとも記憶違いだろうか、前よりこぎれいなホテルになっていた。一階には受付があり、映画『去年マリエンバッドで』に出てきた決してカード・ゲームに負けない鷹の目のような男が座っていて、パソコンで空き部屋を対応した。料金もバックパッカーが泊まる安ホテルというのではなかった。一流企業ではないビジネスマンが泊まる、ほどほどのホテルといった料金設定である。1階の窓際にはテーブルが二つあって、コーヒーも飲めるようだ。
 部屋に荷物を置いて、街を歩いた。かつての東京のお茶の水と新宿を併せ持ったような雰囲気のこの街は、私を落ち着かせる。若者が多い学生食堂のような中華料理屋で夕食をとった。サン・ミッセル大通りを抜けて、夜の暗闇に光浮かぶシテ島のノートルダム寺院からポン・ヌフへと歩いた。ポン・ヌフでは若いカップルが肩を寄せていた。

 私は、青春の足跡をなぞり、若かりし頃を想った。
 20代の若者には、人生はこれからどうにでもなるし、若さは終わることはないように思えた。あのとき、私にきらきらと輝いていたパリは、おそらく若さが持つ、未だ吉凶定かならぬ将来への無定見で傲慢な夢に彩られていたのであろう。
 パリは、私が年をとった分少しよそよそしくなっていた。しかし、変わらずパリは蠱惑的であった。

  流れる水のように恋も死んでいく
  命ばかりが長く 希望ばかりが大きい
  日も暮れよ 鐘も鳴れ
  月日は流れ わたしは残る  
      ギョーム・アポリネールの「ミラボー橋」(堀口大学訳)
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1 コメント

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おめでとうございます (amano)
2005-08-15 11:06:25
やりましたね。ついにブログ開設。おめでとうございます。

楽しみにして、時々訪問させていただきます。
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