かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

25. マーストリヒトに流れる川

2005-11-24 01:17:57 | * フランス、イタリアへの旅
<2001年10月22日>マーストリヒト
 オランダは、九州ほどの面積の小さな国だ。アムステルダムから、どこへ行こうかと考えた。ロッテルダムから風車のある村キンデルダイクを歩くか、デン・ハーグへ行ってフェルメールの「青いターバンの少女」に会うか、どれも私には魅力的とは思えなかった。地図を見て、いっそ何があるか知らないが、アムステルダムから最も離れているマーストリヒトへ行くことにした。92年に、EU誕生の欧州連合条約が締結された町だ。

 オランダ最南の、西はベルギー、東はドイツの間を分け入るように盲腸のようにぶら下がったところにマーストリヒトはある。アムステルダムからICの列車で2時間半で着く。アムステルダムを11時30分発の列車に乗った。
 車窓から見るオランダは、見渡すかぎり平坦だ。どこまで行っても山がない。到るところに運河が張り巡らされていて、堤防で区切られた土地が水面より低いところもある。縦横に線を引いたように走る道路の両側には、必ずといっていいほど高い木が等間隔で植えてあり、土地は定規で測ったように区画整理されている。ところどころに建ててある家は絵のようにきれいだ。この平坦でまっすぐな道は、サイクリングには格好だ。
 オランダ人は、とても几帳面で土地からの生産能力も高いであろうと思われた。標高の低い土地を忍耐強くここまで育て上げたのだ。土地も緑も大事に扱っていることが風景を見ただけで分かる。しかし、どこもゆったりとした風だ。

 マーストリヒトの駅は、静かな駅だった。構内には、花屋が道いっぱいに花を並べていた。
 駅を出てまっすぐ歩いていくと大きなマース川にぶつかる。そこにはオランダ最古といわれている聖セルファース橋が架かっていて、その橋を渡ると、市街地である。
 市街地のインフォメーションに行き、安いホテルはないかと聞いた。提示されたホテルは私が考えているのより少し高かった。もう少し安いのはありませんかと聞くと、係の女性は少し考えた末、思いついたように、ここはどうですかと提示したホテルの料金を見ると、確かに安かった。場所も川縁であるが、市街地からそう遠くはない。そこに決めて、そのホテルに向かった。

 先ほど渡った川の土手に沿った道を、ホテルのある方へ向かって歩いた。川には観光船と思われるきれいな船がとまっている。その先にも少し見劣りする船が見える。しかし、地図に記されているあたりを見てもそれらしい建物は見あたらない。もう一度地図を見ると、奇妙な位置にホテルは印されている。土手と川の両方にまたがったような中途半端な位置である。
 注意深く歩いていると、やっと道に「BOTEL MAASTRICHT」の標示が現れ、川の方に道が延びていた。しかし、土手を見てもホテルらしい建物はない。それどころか、前後左右、どちらを見てもそれらしい建物はないではないか。土手から続く道の先には、先ほどから見えている船が横たわっているだけだ。
 船をまじまじと見て、その時やっと、その船がホテルだということに気がついた。なるほど、地図には川と土手の間の曖昧な位置にホテルの印が記されているはずだ。それに、名前もHOTELではなくてBOTELとなっている。私は納得し、うまいネーミングだと感心した。

 ボテルは、1階にテーブルが並んだ食堂室があり、地下の区切られた船室が客室だった。少し狭いが風情がある。船には、一人旅の若者から家族連れなど、あらゆる階層の人が泊まっているようだった。すれ違い顔を合わせると、仲間意識のような気持ちになって、お互い会釈する。普通のホテルではないことだ。

 街に出ると、歩道は人でいっぱいだ。ロープが張られ、警察官が整理している。近衛兵だろうか、馬に乗って颯爽と道を行く。聞いてみると、プリンスとその婚約者がこの街に来ていて、街を巡行するのだそうだ。そう、この国は王国なのだ。
 人混みをかき分け行列のたどり着くところへ行くと、そこは市庁舎前の広場だった。ここも人でいっぱいだ。鼓笛隊や、巨人の仮装をした人もいて、まるで祭りのようだ。
 いつまで待ってもプリンスが来ないので、街中を歩きまわった。古い水車は城壁が残っていた。街の片隅で、低い煉瓦の壁に座って、タバコを勧める少年の像に出合った。その横では、やはり銅像の犬が少年を眺めている。面白い銅像作品だ。しかし、ブリュッセルの小便小僧のように、決して有名ではない。それどころか、誰も気にとめる人もいない。

 マース川に停まるボテルは、時折軋んだ音がし、少し揺れて船旅のようであった。この町の名のマーストリヒトの由来が、マース川を渡るという意味だそうだから、この町らしい滞在となった。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 24. アムステルダムの風 | トップ | ◇ 裸でご免なさい »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

* フランス、イタリアへの旅」カテゴリの最新記事