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小説 囚われた男(23)

2007-01-08 13:50:04 | 小説

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 小暮さやと打ち合わせた二日後、天気予報によると高気圧に覆われ、四月の中ごろとはいえ五月晴れの好天となり快適な気温二十度前後になるという。
 それを聞くと体がむずむずとしてくる。生実は久しぶりのジョギングに出る。このジョギングは、何も考えずただ走ることに集中できる利点は、気分転換には最適といえる。
 マンションからすぐのところに隅田川が流れていて、その両岸に墨田川テラスという遊歩道がある。そこを永大橋を起点にして、勝鬨橋を渡って一周するといういつものコースを、最初はゆっくりと走り、ペースが掴めれば約十キロを走り終える。桜の花は散ったが、若芽がライト・グリーンに彩られ、躍動する季節を予告しているようだ。どれくらい水分があるのかと思うほど汗が噴き出してくるが、走り終わった後の爽快感は、体験したものでないと分からないだろう。自然に笑みがこぼれる。ストレッチで体をいたわった後、ゆっくりと自宅に戻った。

 電話機の留守電機能が明滅していた。再生してみると、小暮さやからのメッセージが入っていた。“小暮です。今日午後一時に生実さんのマンション前で待っています”というものだった。
 時計を見ると午前十時過ぎで、まだ時間の余裕はある。ゆっくりとシャワーを浴びて、ベーコンエッグにトースト二枚、冷蔵庫から取り出した冷えた牛乳とコーヒーという早めの昼食をとりまだ時間があったので、新聞に目を通す。

 正午前の天気予報をチェック。これは最早習慣化している。どうやら天気の大きな崩れはなさそうだ。もうコートが要らない季節なので、紺のブレザー上下にブルーのボタン・ダウン・シャッツ、襟元はえんじに薄い黄色のペーズリ模様をあしらったアスコット・スカーフという出で立ち。最近はアスコット・スカーフはめっきり見かけなくなった。これは最高のお洒落だと生実は思っている。
             
              首周りを包むアスコット・スカーフ
 時間丁度に玄関正面に降りていくと、小暮さやは、四駆としては定評のあるランドローバー・ディスカバリーV8の運転席で、サングラスにクリーム色のサファリ・ジャケット、首に赤いパンダナをカウボーイのようにまきつけてニヤニヤしている。
 生実は思わず「どうしたんだい。どこかにハンティングに行くの? それとも単にファッションを見せびらかしているのかい?」
「そんなんじゃないわ。生実さんとドライブに行くのよ。今わくわくしている最中よ」と言うと彼女はにこっとする。
「おいおい、そんなの聞いていないぞ!」
「だから今言っているのよ」彼女も負けてはいない。
「いい、千葉が持っている北杜(ほくと)市白州(はくしゅう)の別荘を下見するというのは悪いことかしら」
「ああ、分かった仰せの通りにするよ」

 京橋から首都高に乗り入れ、中央高速へ向かう。フルタイム4WDで、快適性と走破性を両立させた重量感のある車は、高速道路でもゆったりとしたクルージングが似合うようだ。中央高速までは、周囲の車に気を使うので車内は低いエンジン音と車外の騒音に取り囲まれて二人は無言だった。
 生実は思い出していた。きのう図書館から借りたチャールズ・ペレグリーノ著「ダスト」のことだった。ダスト、つまり塵と思われているダニが大量発生して、なお変異を続け人間を襲う。アリがいなくなり、あらゆる昆虫もいなくなる。チスイコウモリが狂牛病の病原菌プリオンを運んで人間にもうつす。チスイコウモリに咬まれたミサイル基地の誤発射による核爆発で世界は焦土と化す。地球の将来はどうなるのだろう。

 車は、八王子料金所を過ぎていた。
「ところで頼んでおいた情報は? 具体的にどうするのかということだが?」と言って生実が口火を切った。
「まず事実をお話しするわ。どうするかは下見の結果と生実さんの意見を聞きたいの」
「なるほど、じゃあ事実というのは?」
「このあいだ、千葉が麻薬を始め、あらゆる物や金までの不正に手を広げていることはお話したわね。前にも言ったように、麻薬取引の情報が入ったの。場所は今から行く北杜市白州の別荘。日にちは、四月二十八日来週の金曜日、集まる人数は千葉とその部下一人、それに買い手二人。この買い手は、組織暴力団員らしいの。名前も分かっているけど、知りたい?」
「知りたくないね。どうせ生きているのは、そこまでなんだからね」少しの間、会話が途切れた。会話を咀嚼しているのだろう。

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