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原作は「ケイン疲れ」とまで言われたピューリッツアー受賞ベストセラー小説の映画化「ケイン号の叛乱」

2015-02-03 20:37:59 | 映画

               
 ピューリッツアー賞受賞のハーマン・ウォークの原作。日本でも発売され、読み始めたら寝るのも惜しいくらい引き込まれる作品で翌日に疲れが残るといわれた。確かにその通りだった。

 1954年制作のこの映画も原作に劣らず名作に数えられている。海軍士官学校を卒業したウィリー少尉(ロバート・フランシス)がクラブ歌手メイ・ウィン(メイ・ウィン)との出自の差を乗り越えていく様を、ケイン号艦長解任事件に絡めて描いてある。

 嵐に遭遇したケイン号は、クイーグ艦長(ハンフリー・ボガート)の指示と副長のスティーブ中尉(ヴァン・ジョンソン)の指示が真逆になる。クイーグ艦長は左、副長は右という具合。

 翻弄される艦を早急に立て直し沈没の危機から脱しなくてはならない。ケイン号の士官たちは、常日頃のクイーグ艦長の挙動や命令に不信と反感が渦巻き完全に艦長が孤立している状態だった。そこへこの嵐。艦を救い乗員の安全も確保しなければならない。副長は、事前に友人のキーファー大尉(フレッド・マクマレイ)から教えられていた海軍規則の上官の解任条件にぴったりだと判断。クイーグ艦長解任を宣言する。

 無事帰港したケイン号のスティーブ副長に待っていたのは、反逆罪を問われる軍事法廷だった。

 この軍事法廷が、最大の見所ではないだろうか。最後に検察官と弁護士からの尋問を受けるハンフリー・ボガートの演じるクイーグ艦長の造形が見事の一言に尽きる。冷静な受け答えから弁護士グリーンワルド中尉(ホセ・ファーラー)の自分に不利な質問にうろたえて、図らずも偏執症(パラノイア)を露呈する。

 そしてスティーブ中尉は無罪放免となる。しかし、弁護をしたグリーンワルド中尉は、腹の虫が納まらなかった。
 祝杯を挙げている仕官たちの部屋にやってきたグリーンワルド中尉は「国を守ってくれたのは誰だ。俺たちじゃない。クイーグその他のタフな連中だ」
「だが彼は艦や皆を危険にさらした」とウィリー少尉。
「彼じゃないよ。君らだ。大した将校どもだ。裁判ではヤブ蛇なんで伏せたことがある。君らは黄色染料事件のあと、彼の謝罪を蹴ったな。許さないばかりか、彼への忠誠心を捨て背を向けざれ歌まで作った。もし、彼に忠節だったら台風のときはどうだ。スティーブ! 君がいい。交代が必要だったと思うか」
スティーブ副長は小さく「多分やらずに……」
「今後は艦長と一緒に働くとは思うな。艦長のために働くと思え」

 グリーンワルド中尉の憤懣は留まるところを知らず、この事件を影で画策し、法廷では第三者の立場に拘泥したキーファー大尉の姑息な態度に怒りを向けた。持っていたシャンパンをキーファー大尉の顔面にぶっかける。呆然とするキーファー大尉。

 さて、この「忠誠」を誓うということをどう受け止められるのかとも思う。こういう話はサラリーマン社会でもあり得る。心の持ちようが如何に物事の公平さを阻害するかという問題だろう。

 1950年代当時は、多くの人々に受け入れられたが故に「ケイン疲れ」現象が起こったのだろう。なお、本作はアカデミー作品賞、主演男優賞(ハンフリー・ボガート)、助演男優賞(トム・テューリー)、脚色賞、作曲賞、録音賞、編集賞を受賞している。
         
         
         
         
         


監督
エドワード・ドミトリク1908年9月カナダ、グランドフォース生まれ。1999年7月没。

キャスト
ハンフリー・ボガート1899年12月ニューヨーク生まれ。1957年1月没。
ホセ・ファーラー1909年1月プエルトリコ生まれ。1992年没。
ヴァン・ジョンソン1916年6月ロードアイランド生まれ。2008年12月没。
フレッド・マクマレイ1908年8月イリノイ州生まれ。1991年11月没。
ロバート・フランシス1930年2月カリフォルニア州生まれ。1991年11月25歳で他界。
E・G・マーシャル1914年6月ミネソタ州生まれ。1998年8月没。
リー・マーヴィン1924年2月ニューヨーク生まれ。1987年8月没。
トム・テューリー1908年8月コロラド生まれ。1982年4月没。
メイ・ウィン1928年1月ニューヨーク生まれ。
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