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2000字の恋愛小説「一緒に死んで、 お願い!」

2014-04-01 16:49:57 | 小説

 インクジェット・プリンターは各課にあるが、レーザー・プリンターは総務課にあって課長の許可がないと使えない。理由は簡単。インクジェットよりレーザーのほうがかなり経費がかかるからだ。

 その窓口に当たるのが、ちょっとキュートな女の子で名前を楓順子(かえで じゅんこ)と言った。まだ二十歳の順子は、溢れる若さに加え会社支給のスーツの制服の胸の出っ張りが極端に大きくそれを見るたびにめまいを覚えるくらい息苦しい。

 それでも営業本部の国光敬二にとって、一番行きたい場所が総務課なのだ。吉田総務課長は、極端に節約癖があってレーザー・プリンターを出来るだけ使わせないように使用許可申請書にいちゃもんをつける。

 総務課長のくせを熟知している順子に相談すればすべて問題なく許可される。去年の12月中旬、申請書とともに板チョコ5枚の入った袋を手渡した。ちらりと目を留めた順子は、上目遣いに敬二を眺め可愛い口元から白い歯を見せてウィンクを送ってきた。

 そして言ったのは、「パーティ券を買って欲しいんだけど……」
「パーティ券?」と敬二。
「ええ、私の女友達が商社に勤めているのね。クリスマス・イヴに社員労働組合のパーティがあるの。そのパーティ券よ」
「なるほど、いくらなの?」
「一枚、1万円よ。飲み放題食べ放題でね」
「社外の人も参加するんだね。どうして?」
「何というのかなあ。同じ会社だと話題も内向きだしね。別の業種の人と話すことで視野も広がる利点があるといってるけど」
 敬二にとってそんなことはどうでもよかった。パーティ券購入も頼まれてほいほいと受けるのも何か軽い感じがしたまでだ。

 ところがそのパーティに参加して思わぬ収穫があった。つまり楓順子の女友達、川喜多留美を紹介されたことだった。幸運はついてまわった。その川喜多留美とその日のうちにホテルで一夜を共に過ごした。

 国光には妻と子供が1人いて翌日、帰宅したときの弁解に苦労した。電話1本していなのが負い目になった。国光はずるいところがあって、日ごろからちょくちょく無断で外泊することもあった。その時は飲みすぎて電話に気が回らなかったと弁解した。それは意識的な行動で妻に慣れてもらうのが目的だった。今回も営業本部の飲み会で泊まったと言った。国光の妻は、またかという顔で「そう」と言っただけだった。

 あれから2ヶ月が経過しようとしていた。今日は7度目のデートで映画を観てシティ・ホテル内のイタリアンの店で白ワインの入ったグラスをもてあそんでいた。川喜多留美の表情が冴えない。今日はくちかずが少ない。いつもは明るい表情でよく笑って楽天的で可愛い留美はどこにもなかった。
「留美、どうかしたの? いつもと違うよ」国光が言った。
「うん? ええ、まあ。昨日考えていたの。敬二さん私のことをどう思っているのかしら? と」

「決まってるじゃないか、好きだということを」
「そうなの? だって今まで一言も好きとか愛しているとか言ってくれなかったじゃない? 本当はどうなのかって」
「言葉にしなかったのは悪かったよ、留美。愛しているよ。心から」
「本当? だったら結婚して」
「うッ、そうしたいのはやまやまだけど、留美も知っての通り妻と離婚しなきゃならないよね」「勿論、離婚して!」国光の顔が心もち青ざめたように見えた。それを見た留美は「ここのホテルの部屋?」国光はホテルのディユースを予約していた。

 東京駅を含めた丸の内界隈は、ここ数年で観光地化した。洒落たレストランやカフェが増えOLやサラリーマン、それに観光客で賑わいを見せている。

 楓順子と川喜多留美は、スペイン料理の店で祝杯を挙げていた。
「で、結果はどうだったの?」順子が留美に聞いた。
「手切金500万円だった。ああ、そうそう順子の口座に送金しておいたわよ」
「ありがとう」留美が受け取った金額の10%が順子の取り分と決められていた。
「それから、決め手のセリフはなんだったのかなあ?」と順子。
「離婚できなかったら、一緒に死んで! 死なないなら奥様に私が話すわよ」
「うわー、怖い!」「国光さんもよくお金を出したわよね」
「そう、もともと男は臆病なのよ。世間体を気にする人種だしね。それに今回は奥様の実家がお金があるみたいで、そこから出たらしいわ」
「国光さんももう浮気が出来ないよね」
「いや、ほとぼりが冷めると、浮気の虫がうごめくんじゃない。男って懲りないのよ。全く」
「でも、その懲りない男がいるからからこそ、私たちの仕事が成り立つんじゃない?」
「そう、言えてる。じゃあ、その男たちに乾杯!」
 二人は大笑いをした。その声は周囲の人の目を引いた。留美は、グラスを揚げて眺めている人に挨拶をした。了
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