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スティーヴ・マルティニ「臨界テロ(CRITICAL MASS)」

2008-12-21 12:51:57 | 読書

            
 「CRITICAL MASS」は、臨界質量で核分裂反応が始まる核物質の質量という意味らしい。本の中からもう少し詳しく引用すると‘爆弾は小型だが、起爆した瞬間、そのコアは太陽の表面温度より高い1千万度という熱を発する。とてつもない高熱が電磁放射を生み、近くにある物体は瞬時に溶けて蒸発する。
 放射線はただちに爆弾のまわりの空気に吸いこまれ、かわりにこの空気が白熱光にまで熱せられて火の玉を形成する。火の玉は光速に近いスピードで拡大し、温度は一気に30万度以下に落ちる。そのあと変化のスピードはにぶるが、圧縮された空気によって生みだされた巨大な衝撃波が火の玉より速く、建造物や木々をなぎ倒す。1秒以内に火の玉は同じ範囲に達し、地表にあるすべての可燃物を燃やし、金属を溶かし、人体を蒸気に変えてしまう。
 衝撃波は10秒間に2・25マイル以上のスピードで進み、影響を及ぼす地域を極限まで破壊する。火の玉の光度は薄れていき、衝撃波の猛烈な超過気圧は通り過ぎる。暴れる火の球体から、いまわしいキノコ雲が噴きだし、ぶきみな笠の形がもくもくと成層圏へ上がっていく。
 雲は激しい対流現象を巻き起こしながら空を上昇し、それにつれて冷えていく。内部から稲妻が発することがあり、条件がそろえば、高レベルの放射能で汚染されたチリが雨とともに降ってくる。それが死の雨だ“
 誘蛾灯に誘われる虫のように、チッという音とともに一切が消えてしまう恐ろしい瞬間が浮かんでくる。一瞬で人体が蒸発してしまう。痕跡が残らないというのは、なんともいえない空虚感に襲われる。
 リーガル・サスペンスを手がけてきたスティーヴ・マルティニが、エンタテイメント性豊かに核爆弾テロを描いている。ロシアから盗み出された二基の核爆弾。カナダとの国境に横たわるファン・デ・フカ海峡にあるワシントン州のフライデー・ハーバーに一旦持ち込まれ、やがてホワイト・ハウスに近い国立航空博物館に展示してある、世界で初めて原爆を投下した爆撃機B-29エノラ・ゲイの機体の下にある爆弾のレプリカと入れ替わることになっている。そしてそれは大統領の一般教書演説のはじめに巨大な爆発を起こすはずだった。
 それを阻止したのは、対大量破壊兵器研究所所員ギデオン・ヴァン・ライと弁護士のジョスリン・コールだった。しかし、核爆弾の起動装置になっている携帯電話をはずす作業で、ヴァン・ライは大量の放射能を被爆して命を落とす。
 小型水上飛行機の爆発、フライデー・ハーバーでのテロリストや極右団体との銃撃戦、テロリストがFBIや警察の捜索の網をくぐり抜けるスリル、核爆弾のレプリカのすり替え、核爆弾のある場所へ急ぐヴァン・ライとジョスリン、爆弾の無能力化作業の緊張とヴァン・ライとの別離の悲しみなどエンタテイメント横溢の作品で楽しませてもらった。まさに映画的な展開である。
 そうだとしても、著者のメッセージは内包されているように思う。扉につぎのメッセージがあるのが印象に残る。“ヒロシマでは爆発の閃光でビルの壁や舗道のコンクリートに影を焼きつけた人びとがいた。その影はいまも見ることができる。影を残した何人かの遺体はついに発見されなかった。まるで元から存在しなかったように。
 一方で、堅い地面に焦げついた影を見物する人びとがいる。彼らにとって、それはたんなる歴史の珍しい骨董品であり、過ぎ去った時代のイメージに過ぎない。もし影がそんなものでしかなくなったら、そのとき影はまさに無関心の天使となるだろう”
 現に影は無関心の天使になりつつあるのだろう。今年広島の原爆記念館を訪れたアメリカ下院ペロシ議長の沈痛な表情は、核廃棄に向けて楽観的な希望を持っていい予感を与えてくれたが、果たしてどうだろうか。
 世界には米ロだけでも大小合わせて6万発の核兵器があるという。しかも老朽化した核兵器や核物質の保全問題は万全でなく、この小説のような危険は捨てきれないようだ。人類が影とならないよう願わずにいられない。
 著者(Steve Martini)は、サンフランシスコ生まれ。カリフォルニア大学卒業後、パシフィック・マクジョージ・ロースクールに進み、74年に司法試験に合格、弁護士として活躍の後、カリフォルニア州司法省に勤務する。80年代後半から小説の執筆を始め、ジョン・グリシャムの絶賛を浴びた、弁護士ポール・マドリアニ・シリーズで一躍人気作家となる。
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