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読書 ミステリ短編集「ベスト・アメリカン・ミステリ ハーレム・ノクターン」

2006-05-21 14:15:42 | 読書
 新旧の作家20人のミステリが収められていて、どれも余韻がほのかに香る気持ちのよさを味わえる。いずれの作家も書き出しの文章に神経を使っている様子が面白い。

 少し例を見てみると、マイクル・コナリーの「二塁打」では、“バスは四十分遅れていた”、ジョイス・キャロル・オーツ「ハイスクール・スィートハート」“まるで目立たぬ男だった”等々。
 それにいくら考えても思いつかない表現にもめぐり合える。マイクル・ダウンズの「男は妻と二匹の犬を殺した」では、“女の声は、バニラアイスクリームにかけた熱く柔らかいチョコレートを思わせた”
 これなんか読み手がどんな声音を想像するのだろうか?バニラアイスクリームは甘くて冷たい、その上に熱いチョコレートをかける。難問を突きつけられた気分になる。セクシーな声と言ってしまえばなんてこともない表現だし、他との違いを強調するための苦心の作なのだろう。

 ジェイムズ・グレイディ「幻のチャンピオン」では、“車は大草原を蛇行するハイウェイを走っていた。地平線にすっぽりと青いボウルを伏せたような空の下、メキシコまで続く油染みたハイウェイを彼女は左に曲がった”青空を「青いボウルを伏せたような」なんて考え付かない。

 もう一つ、ジョイス・キャロル・オーツ「ハイスクール・スィートハート」から“晩冬と早春とのあいだに訪れるあいまいな季節である三月の、荒涼としていて青みがかった暗い灰色の午後のこと”これは、この季節の陰鬱な気分を的確に表現しているけれど、自分に書けるかと自問すると心もとなく歯がゆくなる。
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