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読書 詩情漂う文体で女性警官を描く「あなたに不利な証拠として」

2006-05-05 12:58:23 | 読書
 パトロール警官は、本部の通信係からの要請で出動し、しばしば目にする無残な死体。

 “目の前の女性の髪は乾いた血がこびりついてもつれ、顔のほとんどを覆っている―その下にちらりと見える黒い膨れた肉塊を顔と呼ぶならば。防御のために上げた両腕は、くたびれたと言いたげに額に置かれている。最後の拷問のときには彼女はとっくに気絶していただろうと思った。だが本当のところは分からない。多量の出血から、彼女がかなりのあいだ生きていたことは明らかだ。膨れ上がった死体は血まみれで、周囲に血だまりができ、その縁はすでに凝固して黒ずんで革のようになっている。死んでいたらこんなには出血しない”

 こんな状況を目にしたサラは、「彼女は生きていた」というぬぐえない哀しみを心に抱え込み、スープを作ったり洗濯をしたり報告書を書いたりしなければならない。しかも大勢の男性警官に交じって生理痛に悩まされながら顔色一つ変えず仕事をやり通さなくてはならない。その合間に恋もしなくてはならない忙しさ。そんな日常を詩情とユーモアを交えた文体で語ってくれる。

 他の作家があまり触れていない「死臭」を詳しく記述したのは珍しいかもしれない。ハンカチを鼻にあてるとかミントガムを噛むとか鼻でなく口を開けて息をするなどとよく書かれているが、とてもじゃないがその程度でおさまる匂いではないそうだ。
 着ている服にもしみ込みうまく処理しないといつまでも死臭にまとわりつかれる。一番困るのは、鼻につくことだそうだ。そうなると始終死臭に悩まされる。

 警官の仕事も楽ではない。市民からは常に全力投球を求められ、交通違反者からは手加減を求められる。そんな警官を女性警官の透明な目を通した実像は興味深い。これからのミステリーを読む手助けになるだろう。

 2005年アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短編賞に輝いた本書の著者の略歴を翻訳者のあとがきから引用すると、テキサス州ブライアンで生れ、ヴァージニア州北部で育ち、フィールドホッケーやテニスやチアリーダーに励む活発な青春時代をすごしてからニューヨーク州イサカ・カレッジで演劇を専攻する。
 やがて家族とともに南部へ引っ越すと、ルイジアナ州立大学警察の私服警官を経て、1979年に同州バトンルージュ市警に入り、制服警官として五年間勤務したあと交通事故に遭い三十歳で辞職。一時は人生の目標を失うが、ここで十一歳のときに「風とともに去りぬ」の続編を書こうとした文学少女が再び目覚めた。
 ルイジアナ州立大学で英語の学士号とクリエイティヴ・ライティングの修士号を取得し、書くことを新たな使命と決意する。現在はテキサス州オースティンに居を構え、大学で教鞭をとるかたわら執筆に勤しんでいる。
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