Fish On The Boat

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『モラルの起源』

2020-12-12 23:09:00 | 読書。
読書。
『モラルの起源』 亀田達也
を読んだ。

生物学や社会心理学、脳科学などさまざまな学問を横断する実験社会科学による人間社会の分析と考察。「共感」だとか「適応」だとか、3つ4つの鍵となる項目を大きく見ていく感じです。そうやって、これからの正義やモラルを考えていく上で必要な、その源流(起源)を眺め、踏まえていくという体裁になっています。

たとえばミツバチの群れが集合知を実現している例から、ではなぜ人間社会では集合知が実現しないか(あるいは、しにくいか)についての考察があります。ミツバチの社会は血縁社会で、個人が生き抜けばよいというよりも群れが生き抜けばよしとします。よって、次の営巣地(ハチの巣の構築候補地)を探しその候補地を集合知でもって決定するとき、各々のミツバチは個人の利害なくフラットな目で候補地を判断するようなのです。そして八の字ダンスでのプレゼンを繰り返しながら、群れの多数決で決められた次の営巣地は、客観的に見てもベストなところに落ち着くのだそうです。他方、人間社会では「情報カスケード」と呼ばれる、無条件で他者の情報を優先する心理状態によってたとえばエラーである情報が連鎖してしまうことが多々あります。これは集合知ならぬ、その反対の集合愚にあたるケースです。つまりミツバチにくらべて人間のほうは自分の目で判断していないから上滑りするような情報共有になってしまう。それも無自覚にそうだし、そのような傾向も強い。そのあたりを深掘りして考えると、人間は非血縁社会で生きているがゆえに、「まわりとは独立に、自分の判断で評価を下す」ことが当の本人にとって不利益になる可能性があり、その可能性が少しでもあるならば空気を読んでそれを避ける心理が働く、という機制の存在が浮かび上がってきます。つまり、ほんとうは実体のない「世間」というものへの意識が、人間社会での集合知を実現させにくくしている。本書では、「だから、それをやめよう」というスタンスではありません。人間のありようを深くまでみつめて、「そのうえでベターを考えられたなら」というようなスタンスでした。なので、啓もう的ではなく科学的な態度の本であって、それゆえに客観的に、それこそデリケートな概念である正義やモラルを考える地点に近づくことができるのです。

後半部では、「最大多数の最大幸福」を掲げる功利主義や「最不遇の立場を最大に改善すること」を掲げるマキシミン原則を扱います。著者としてはその折衷点を考えていく実用主義を探る方向へと光を投げますが、この折衷(妥協)の落とし所がむずかしいんですよね。ある意味、おおざっぱな見立てをする人には「ダブルスタンダード」に見えてしまうくらいの、すっきりと洗練されていないところからまず始めないと到達できそうにない気が個人的にしますし、もしかすると現実的な実用主義はそういったゴツゴツして洗練されていない状態を受け入れることを要求してくるのかもしれない、なんていうイメージもふくらみました。

ページ数のすくない、ぎゅっと凝縮された論考といった新書なので、読んでいて難しかったりもっと広く扱ってほしいと思う箇所も少なからずありました。それでもぐっと視野が広まる良書です。著者はあとがきで、批判的に読んでほしいと書いています。この分野を活発にするためにはそういった態度での読み方が大歓迎なのでしょう。そのためには読みこんでしっかり把握しなければなりません。社会学に足をつっこみたい人にはぜひとも手にとっていただいて、がんばって批判をひとつでもぶつけてみるとおもしろいと思います。


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