Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

Nae Yuuki

2005-10-31 21:35:36 | days
急に思い起こして、裕木奈江さんのCDをひっぱりだし、mp3化したり、
勝手なベスト版を作ったりして聴いています。
あまりに久しぶりに聴くので、ベスト版の選曲にかなり迷った。
「空気みたいに愛してる」だとか「宵待ち雪」がもれてしまう。

01 泣いてないってば
02 転校
03 Z
04 拗ねてごめん
05 ロングロングアゴー
06 この空が味方なら
07 りんごでもいっしょに
08 夜と朝のすき間に
09 青空挽歌
10 めかくし
11 月夜のドルフィン
12 時空の舞姫
13 聞いて下さい
14 見上げてごらん夜の星を

この際、全曲mp3化してもよいのかもしれない。
ちなみに、アルバムに収録されているシングル数枚以外は
全て所持しています。「勝手にベストCD」第二段も作ってしまいそう。
こんな自分って、かなり平和。
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ドコマデ小サクナル?

2005-10-30 20:44:41 | その他
しかし、「小さな政府」って、どこまで小さくなるのだろうか。
夜警国家みたくなるんだろうか。そうなると、自警団の義務みたいなのも
生まれてくるのだろうなぁ、と、スイス政府が国民に配ったという
『民間防衛』を読みながら、よくわからないながらも日本に照らし合わせて
みたりする。
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刹那メモ

2005-10-28 20:24:45 | 考えの切れ端
部屋の中とパソコンの中の整理をしたくなって、
少しづつやってきています。
どちらともちょっとしたメモが結構あって困る。

ブログをつけることもそうですが、一体なんのためにこんなに文章を
書くのだろうかと考えてしまいます(自己表現や情報伝達などではありますが)。
ブログの場合は、ブログという場所に固定されているからまだいいです。
部屋に散在していく類は、ノートに書くと決めて書けばいいし、
パソコンに混在していく類は、同じフォルダにテキストファイルを連ねていけばいいし、
実際そうやっていた時期もある。
ただその方法に対して気持ちが飽和してきた、あるいは乱れてきたために、
部屋の中やパソコン内に文章が散らかり、まとめる気にもなれずに捨てることになる。
刹那的だなぁ、と。

どうしてこう、刹那的になるのでしょうか。
きっと積み上げていきたいものなのに。

”思考と言葉が戯れる悦び”、
結果としてただそれだけのことになってしまっていやしないか。
そう書いていて、「それだけで何が悪い」、とほのかな思念が湧いてくる。
これまた刹那的だなぁ、と感じてみもする。

そんな刹那的な行為をずっと繰り返して、自分に何が残ったか。
この問いへの答えは、先日書いた読書についての記事でまとめたことと
同じようなところに帰着します。
”己の中心概念を育てる”というところ。
言葉を搾り出して組み立てていく行為を通じての、
自分をより多面化したり、
もともとの多面性を自覚したりしていく過程がある。
そしてその多面のそれぞれをネットワークで結びつけるのが
一種の理想なんです、たぶん。そうして多様性が生まれる。
ただ、それほど上手い具合に日進月歩していくものではないように感じる。

何かをつかもうと努力し、突っ走ることで、
実は他の何かを少しづつ失っていっているのを感じることがある。
だけど、その行為中に、「何か」でも「他の何か」でもない何か_________
______つまり、自己の多面性を創りだす部分がちょっとだけ鍛えられる。
それを微かに感じ、信じて、僕はあまりまとまりもなく文章を書いている
のかもしれないです。現実的にはそれだけじゃ足りなくって、
やっぱり建設的にくみ上げなきゃおいてけぼりを食ってしまう気が
するんですけどね。

ということで、刹那的の裏面には、ただの瞬間的快楽としてだけでは無しの、
自己の根幹へ勝負している気持ちの強い発現性があるのではないかと
仮定してみることにします。

まだ考えがまとまっていなくて、読みにくい文章になってしまいましたねぇ…。
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/05

2005-10-25 19:22:19 | その他
坂本さんの新譜『/05』を聴く。
彼のキャリアを考えて、昔の曲のリテイクというか、新たに演奏して再収録している
このアルバムの位置付けはどこにあるだろうかと軽く考えてから聴いてみました。
すると、そんな先入観はふっとんでいきましたわ。

昔の曲が熟成している!

アレンジも演奏も以前に比べて熟れてきたような印象をもちました。
とくに演奏面は、モレレンバウム夫妻との共作である『A DAY』以降
ちょっと変化してきたように感じられるんですよね。
素人耳に、良い意味での脱力感があるんです。力の抜け加減が絶妙というか。
YMO時代の「HappyEnd」などは、初めてくっきりとした音で楽曲を聴けたことでまず
感慨があるんですが、その感傷的な旋律とハーモニーにぐっときます。
ま、あんまり言葉であれこれ書こうとすると、本当のところからどんどん
離れていく感がありますので、あんまり書かないことにします。
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20世紀少年2

2005-10-21 22:11:42 | days
『20世紀少年』。
「1970年の嘘」まで読んでるんだけど、小泉がヴァーチャルアトラクションで
1971年に飛ばされたときにヨシツネが「1971年」って言ってしまってるんだよなぁ。
そういうところ、惜しい。
それにしてもカンナは良いヒロインです。

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20世紀少年

2005-10-20 19:45:05 | days
『20世紀少年』を読み出す。
6巻まで出ていた頃に買い始めたせいか、5巻までは非常にまとまりがあるように
読める作品で、19巻までかなり久しぶりに続けて読んでみるつもり。
浦沢さんの作品は過去に『YAWARA!』がヒットしていて、
高校時代に読みふけった覚えがある。というか、
今でも全巻持っている。柔ちゃんがかわいかったね。
その他、『パイナップルARMY』も読んだ。
『MASTERキートン』も何冊か読んだっけ。
大学時代に流行っていた『MONSTER』は気になりながらも読んでいないんです。
機会があれば読んでみたい作品。

話は戻って『20世紀少年』。
ドンキーはほんとに死んているのかどうかが微妙になってきた。
モンちゃんもほんとに死んでるのかわからなくなってきた。
ヤンマー兄弟は2014年以降出てこないのが気になる。
バーチャルアトラクションは彼らが関与していると思われるけど、記述は無い。
ほんと、はやく結末を知りたい漫画です。伏線だらけで読むのが大変な漫画も
けっこう珍しい。

しかしこの漫画、5巻までのまとまりで現代への警鐘のように読むことも
できますよね。

また、角田っていう漫画家が浦沢さん自身のように読めるんですが、どうなんでしょうね。
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フレーム

2005-10-18 20:24:31 | 考えの切れ端
世の中って実は、いろいろなものが
倒錯して出来あがっているような気がするんです。
ちょっと目を凝らしてみると、
そんなものがぽつりぽつりと見えてくるような感じがする。
じいっと凝視してみる知力と体力がないので、
なんとなくしかわからないんですが、
大体の人はこの倒錯にあまり疑いを持たずに過ごしているように思える。

今読んでいる二宮清純著『「超」一流の自己再生術』に出てくる
野茂投手や小出監督らの考え方や物の見方などは、
根っこの部分で「世の中の倒錯」を感じ取っていてこそのものだから、
輝かしく感じられるんじゃないのかなぁなんて思ってみたりなんだりです。

というか、それで成功しているところに
何か真理めいたものがあるのかもしれない。
「ズバ抜けた人たちだから」
と片付けてしまうように彼らを捉えないことによって
得られる知識や知恵があるのではないかと感じますし、
他人を認める気持ちに広がりがもたらされるような気もします。

倒錯がなぜ生まれるかというのは、時の流れに関係があるような。
そうすると、野茂選手らは、時の流れと摩擦を起こした人たちと
捉えることもできるかもしれないです。

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病状経過

2005-10-17 21:24:51 | days
ふとラジオから流れてきたコアーズの「OLD TOWN」という曲が良かった。

養生しているわりに食欲が落ちないので、体重が2ヶ月で5kg増。
運動不足+間食ぐせがついてきたせいだ。
今日からカロリー制限(計算するわけじゃないけど)をはじめている。
一月で2kg落とせれば大成功と目算している。
ウチの(実家の)食事って油っこいものがあまり食卓に並ばないので、
間食ぐせさえ取れれば、けっこう簡単に体重を落とすことができる。

眩暈はほとんど無くなってきた。
なんとなくフラつくことがたまにあるかという程度。
頭痛のほうはまだ波があるけれど、2ヶ月前に比べたら相当に良くなった。
来月頃には完調だといいな。
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読書トイウ対話

2005-10-16 20:01:45 | 考えの切れ端
困ったことに、もともと読書で何かを覚えるのが苦手なんです。
ここ二ヶ月くらいで、エッセイ、小説、伝記、新書など
20冊近くの本を読みましたが、中身はかなり大雑把にしか覚えていません。
一体なんのための読書なのかとたまに考えてしまいます。
「一冊で一つでも何か心に残ればいいかな」とか
「読解力が鍛えられるから」とか
適当な理由をつけて、読書に飽きてきた気持ちに軽くムチをいれて、
また読み出すこともあります。
あまり没頭できないタイプなんです。
目が痛くなるし。
楽しみはするのだけれど、後に残らない感じがある。

しかし、読書のひとつの意義としてこれだというのを、たぶん再発見しました。

具体的に事例を覚えたりすることじゃなくて、
自分の中の中心概念を構築・改造するためなのが大きい。
考え方や価値観を鍛えたり、イデアを作ったりしてますわ。
本と対話している。
というか、誰にとってもそんなものかもしれないですね。

人間って忘却と発見・再発見の連続で、読書などが、
得るほうの部分を手助けくれているような気がします。
クリエイトされたものを摂取する長所が、こういうところに
あるんじゃないのかな。

とはいえ、自分の読書の仕方は軽すぎるような気がしています。
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雨ノ土曜

2005-10-15 21:05:39 | days
『土曜スタジオパーク』を見た。
糸井重里さんがゲスト。
彼の発した「知識の循環型社会」という言葉に、
「良い概念だなぁ」と思い嬉しくなる。

生ゴミと野菜の循環型バーター取引をやっている地域だとかが特集されていて、
こういうのあるんだと感心する。

しかし、自分って、畑っていう場から随分遠い場所にいるよな、と感じたんです。
現実的にも精神的にも。庭先に家庭菜園があるんだけど。
なんていうか、今の実生活がある種の健全さから遠のいていることを
感じさせられたというか。

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