Fish On The Boat

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『大人になる前に知る 老いと死』

2022-09-19 21:21:02 | 読書。
読書。
『大人になる前に知る 老いと死』 前沢政次
を読んだ。

おもに中高生に向けた、老い(老化や認知症、介護)と死について医師が長年の経験から得た知見をまじえながら、解説するというよりもふだんの会話のように話をしてくれるような内容です。なので、言葉遣いはとても平易でした。ですが、たとえば何冊かの文献(少年少女向けの文学を含みます)を引いてその話す中身に活かしながら、読者に考えごとをさせてくれる余白があるのでした。くわえて、だからこその押し付けのない語り口です。これこれこういうことだからこう考えられますよね、それは論理として難しくないですよね、でも、それだってひとつの答えであり、人それぞれ別々に答えを導き出していいし、たとえ同じ答えだったとしてもそこで輪郭をきっちりときめつけたような(言い換えれば、白黒はっきりさせたような)絶対性があるとはしませんよ、という態度なのでした。絶対にこうだから、こうしなくてはいけない、こう考えなくてはいけない、そういった押し付けはないのです。読者のほうに、大切な部分での裁量をもたせてくれているのです。そういったところは特に好感を持ちましたし、ゆえに気持ちよく読めたのでした。

序盤、認知症の解説にて、アルツハイマー型、レビー小体型、血管性、前頭側頭型などがあったのですが、そこで僕の母親の最近強く目につく症状がレビー小体型の解説と一致していてはっとすると同時に、2015年にMRIで検査した時に医師からレビー小体型認知症が経度みられる、と言われたことを思い出しました。レビー小体型は、実際には存在しない人や生き物が見えたり(幻視)、方向障がい、失禁、便秘が症状としてあります。このことについては、次回の診察時に医師や、うちに訪問リハビリに来てくれているスタッフやケアマネージャーにも伝えないといけないです。

著者の前沢先生は僕の町の診療所の所長で、総合診療科(総合診療科はヨーロッパでは家庭医になる医師が医学を広く習得して開業していると岩波新書の欧州介護事情の本で読んだことがありますが、その勉強はほんとうに大変なのだそうです!)を担当してもいらっしゃって、僕自身、風疹の予防接種が必要かどうかの免疫検査をしていただいたときの先生が前沢先生でした。また、うちの訪問リハビリや訪問歯科の関係もあり、数か月にいっぺん程度ですがリハビリの認定のため診療所に両親がうかがうと、声をかけて話をしてくれたこともあったようです。診療所自体、建物はずっと同じものをそれこそ僕が子どもの頃以前から、つまり40年も50年も前からあるのですけれども、中に入る医療法人が何回か変わっていました。で、今の前沢先生の診療所になってからが、だんぜん「信頼」といいますか「信用」といいますか、そういったものを強く持てるようになりました。病院自体の雰囲気もやわらかく感じますし。歯科の先生もリハビリスタッフも好い人ばかりにあたります。こういう病院が町の診療所だっていうのはうれしいですよね。

さて、本の中身に戻ります。認知症でだんだん人としての姿勢が崩れていくのですけども、認知機能や感情が崩れていっても、最後に「生きる姿勢」は崩れない、というのが、僕にはぐっときました。僕が母親の世話や介護をし続けるのも、生きようとする気持ちがしっかりある人を見捨てられるわけがない、という気持ちに負うところがあります。人間の根源的な力、ベクトルを、僕は母の生き様から学んでいるのかもしれません。

また、フレイル(老化による脆弱性)についても、身体的なところと心理的・認知的なところにはこれまで気が付いて考えてきました。足がすり足になっているな、とか、日付や時間の感覚が鈍くなってきているな、だとかです。でも、社会的なフレイルというのもあります。閉じこもったり、困窮したりというのは社会的なフレイル。このあたりは僕自身も危ないですから、ケアや打開策、セーフティーネットについてまた別に知りたくなりました。

あと、本書で述べられる死について考えておくことの大切さについては、「メメント・モリ(死を忘れるな)」の言葉の重さを感じられる人ならばわかるでしょう。死を踏まえておくことで、まったく考えていないよりも、他者に対する感覚も、人生に対する感覚も変わりますから。

専門的な知識のある著者が、その知識をつねに更新しながら持っていて(それは引かれる本の新しさなどからわかるところです)、要所要所でそれらを示してくれながらも読者に押し付けないのがやっぱりすばらしいところです。思春期くらいの人たちが、ちょっと好奇心を持つんだけれども、一冊読めるかな、難しくて嫌になったり自信を失ったりしないかなと思うかもしれませんが、一日数ページずつでも味わうように読める本です。気張ることのない本です。気張らずにいて、ある意味で自己中な本との向かい合い方でも、受け止めてくれる本だと思います。

よき、でした。

蛇足ながら。本書は「なるにはBOOKS」というシリーズの別巻という位置づけにあります。巻末のシリーズ紹介のページをめくると、保健師、パン屋、トリマーなどななどさまざまな職業になるにはどうしたらよいのか、を書いた本のタイトルが並んでいました。その数なんと158冊です。20年くらい前に村上龍さんが『13歳のハローワーク』を上梓し、子どもたちに世の中のあらゆる職業の性質を紹介しましたが、ぺりかん社によるこのシリーズはより具体的なアプローチでもって子どもたちの指針となりうるものなのかもしれません。別巻である本書の、テーマに対しての情報を最小限度に近いくらいまでにおさえながらも多方向的で非事務的な語り方からそう推測するところです。そこがまた、中高生への寄り添いになり得るポイントなのだろうなあと感じました。


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