Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

ボウリングの最高スコア

2016-06-27 16:01:27 | days
お題「ボウリングの最高スコアは?」に参加中!
まだまだ飽きずに、ボウリングをやっています。
月に、1~3回くらい、いとこと一緒にせっせと投げています。
冬はお金がなかったので、まったくいかなったのですけどね…。

さてさて、
それで、どのくらいの腕前かと言えば、
10ゲームくらいやってアベレージが150くらいのことが多いです。

ハイゲームは、234点というのを、ちょうど昨年のいまごろにマークしました。
どうです、なかなかの点数でしょう。
アベレージが150のわりにはよくやったと自分でも思います。
その次の高得点は224点なんです。
このあたりを集中して出したいですね。

といいつつも、
最近は200点台にも届かないで終了するばかりで。
234、224点をだしたときは、ソースレッドというエボナイト社製のものを
使っていました(とてもいいボールでした)。
それで、今は、ゼログラヴィティグリップというストーム社のものを使用しています。
そしてさらに、キレのあるようにドリルしてもらったのです。
そのために、けっこう前のボールとはイメージの持ち方を変えなくてはならず、
そのあたりで苦戦しているふしもあります。
ま、でも、そのうち慣れるでしょう。

ボウリング楽しい。
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『エレンディラ』

2016-06-25 16:01:21 | 読書。
読書。
『エレンディラ』 G.ガルシア=マルケス 鼓直・木村榮一 訳
を読んだ。

魔術的リアリズムのノーベル賞作家、
ガルシア=マルケスの短編集。

ノーベル賞を獲っている作家ですから、
ぼくのイメージとして、ちょっと難しい文体で、
インテリにしかわからないような小説なんじゃないか、
なんていう斜め読みな先入観を持って読み始めたのですが、
まったくそんなこともなく、
読みやすくておもしろい小説群でした。

ところどころ、よく読解できない文章もあり、
少々難解な詩みたいに感じられる短編もありました。
それでも、総じて、わかりやすく、
物語に惹きこむ力の強い(しかしどちらかといえばソフトにです)
優れた小説だと思いました。

マジックリアリズムなんていうと、
ぼくは村上春樹さんのものしか知りませんでした。
そのため、遠くから眺めるように、
マジックリアリズムという手法を見れず、わかっていなかった。
しかし、今回、ガルシア=マルケスのこの作品を読んで、
なるほど、そういうことなのかな、というように、
また村上作品を読んだ時とは違う角度から、
マジックリアリズムに触れることができ、
それはおもしろい経験でした。

しかし、まあ、
この作品を読むと、
物語の持つ力そのものについて、
感じさせられたり、考えさせられたりします。
技法がどうとか、言葉遣い、文体がどうとか、
そういうのがハナについて見えてこないで、
内容とともにそれら技術的な事柄が調和している。
これはきっと、日本の作家しか読まないでいると
わからないところなのかもしれないです。

最初の短編、「大きな翼のある、ひどく年取った男」では、
人間というものを美化していないどころか、
とくにその精神性の愚かさだとか汚さを見つめているのが
読んでいてはっきりとわかる作品だった。
というか、普通にしていて浮かびあがる
人間の愚かさみたいな感じだったかな。

そこにはもう諦めを通り越した、
「そういうもんだよね人間」ってという
もはや一般化してとらえた愚かで汚いという人間観があるように読めた。
たとえば「民度」という尺度から見てみるとしても、
あの作品に出てくる人々には
どこにも民度の高さのかけらすら感じることができない。

モラルとか品性とか、
そういうものを持ち合わせていない人々が念頭にあるというか。
人間の知性に期待していないというか。
まあ、品性と知性はイコールではなく、それぞれという意味です。

ゆえに、なのか、老人の天使が、
その容貌が醜くくても、いろいろな辛苦をやりすごして、
そのうち翼の羽毛がそれなりにはえてきて
飛ぶ練習をして飛び立っていく様は、
爽やかだったり清やかだったりはしないのだけれど、
別の種類の美しさがあると思った。

いや、ある意味、
老人の天使のふるまいは清らかだったのかもしれない…。

最後の、中編くらいの作品
「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」
も面白かった。
力のある物語で、血縁の呪縛をそのままのかたちで
(批判的だとか、批評的だとかじゃなくて)
表現している。

ここまで夢中になって物語の中に入れたのは、
久しぶりだといえるくらい、
他の作品とはちょっと違う深度をもつ短篇集でした。
おもしろかったので、
マジックリアリズムに抵抗感のないひとはぜひ。
抵抗感のある人でも、気にならないで読めちゃうかもしれません。


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悪感情、生まれ出たり。

2016-06-20 20:00:41 | 考えの切れ端
正しく、善く、ということをこころがけて毎日仕事していると、
人間の(自分の)そういう面ばかり使うようになるから、
その反動で「このブタ」とか「クソ野郎」とか、
それまで普段まったくでてこなかったような
汚らしい悪い感情もふつふつと心の中で泡立ってくる。

正しく、善く、正確に、迅速に。
そういう仕事のあり方、サービスの仕方が、
そういう仕事をする人たちの心を蝕んでいくのは、
1+1=2のように正しい、善い、正確などの行為が
すべて計算したようにうまくいくとは限らないからかもしれない。
ズレや齟齬なんかが、全霊をかけた良心に反動の傷をつける。

つまり、人間の悪い感情の出どころっていうのは、
たとえば良いことをしていると自分で思っていても、
それが良いと相手にとらえられなかったり、
悪い結果を出したり、
自分の思い通りにならない現実に対しての
駄々っ子的な我の張り方にあるんでしょうね。

ということは、「自分!自分!」っていう、
自らが大事なひとほど、悪感情が湧きおこりやすいと言える。
現実が思い通りにならないたびに、大きな自我が文句を言いだすんです。
自分探しをして、自分を見つけちゃったひとほど、
この罠にはまるんでしょうね。
(自分なんて見つかるもんじゃないけどね)

自分を見つけて、
確固とした自分を確立してしまう弊害がここにあるということです。
自分というものは失くしていったほうがいいという
仏教的な考えのよいところはここにあるなあ。
みうらじゅんさんの「自分なくし」の考えのよさもここにある。

ただ、ほんとうに、ちゃらんぽらんなくらいに自分が無くなると、
オウム真理教みたいなのが出てきたときに、
取り込まれてしまう危険性があると思います。
支配的な者の奴隷にされてしまう危険性があると思う。
・・・どこまで自分を失くし、自分を持つか。
そこが問題です。

そして、善い、正しい、正確、迅速、
そういったものばかり求めて奨励して
スポットライトを当てる価値観もちょっとおかしなもんだということです。
そりゃ、そういうサービスをされれば嬉しいだろうけれど、
サービスを受ける人々が王様か?神様か?何様なのだ!
というくらい妙な位置に立つのはおかしい。

王様みたいなサービスを受けたい、
神様みたいに扱ってほしい、
そういったサービスをする人への要望は、おかしなもんです。
えらくなりたい、権力を持ちたいというこれまた、大きな自我のもつ弊害です。
あるいは、払拭されない悪感情を癒すための、
悪行的な王様的位置へのおさまり。

そう考えていくと、やっぱり、
自我って大きなものはよくないなあというのがつくづくわかります。
自我の肥大とも言える。
女の子は大きな自我を子どもの頃に持っていて、
思春期にそれを削っていく作業になるそうで、
男の子は、思春期にぽこっと自我が芽生えるものなんだそうです、
ものの本によると。

と、まあ、あんまりまとまらないけれど、
言いたいことは言えたかなという感じです。
自我って難しいね、という。
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『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』

2016-06-16 22:50:26 | 読書。
読書。
『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』 村上春樹
を読んだ。

1997年から2009年までの12年間に行われた、
小説家・村上春樹さんへのインタビュー集です。

僕はまだ未読なのですが、『1Q84』が書き終えられて、
まだ刊行されていない時期が2009年だということです。

ご自身の著作の話、創作の技法や心構えなどから、
著者自身はちょっと本意ではないようなのですが、
著作の内容に関する質問への答えなども収録されています。
また、数多くの翻訳の中から、
とくにレイモンド・カーヴァーに関する内容のものが
一つの章を割いてありますし、
そのほかにも言及があります。

村上春樹さんは、
非リアリズムの作家でありますが、
『ノルウェイの森』では唯一リアリズムの手法を試して成功させ、
その技法に自信を持ち、たぶんに、その経験をも、
その後の非リアリズムの作品に活かしているのではないだろうかと思います。
彼が翻訳を手掛け、敬愛もしているレイモンド・カーヴァーは
リアリズムの作家だとされているし、
古い小説家のフィッツジェラルドもその手に分類される作家のようですし、
村上さんと同じように分類されるマジックリアリズムの作家には
あまり興味を持っていないようなんです。
自分にないもの、自分と違うタイプのものを好む傾向は、
きっとそこから学べるものが大きいからなのかもしれないですね。

「井戸」だとか「地下室」だとかという比喩を用いながら、
彼の作りだす不思議な物語、世界、キャラクター、
ストーリーの流れなどを説明しています。
そして、その説明の言葉そのものがもはや読み物と化していて、
読み手はぐぅっと惹きつけられながら、
まるで村上春樹という小説家を主人公とした物語の断片を
読んでいるような気にすらさせられました。

村上春樹さんは、よく書きなおす作家だということ。
長編は一日10枚のペースで毎日休みなく書きつづけるということ。
短編は一筆書きのように書きあげるということ。
などなど、いろいろと、物語創作の実際面を知りたいひとにも
刺激的な内容になっていました。
たいていにおいて(というか、ぼくがそういうタイプなのですが)、
物を書くひというのは孤独の中に身を置いて、
その孤独に居心地の好さすら感じ、
その技術面やスタンスについては独学で、
他の書き手とそのあたりの情報交換などはあまりしないのではないでしょうか。
いやいや、なかには文壇の付き合いでいろいろと
参考情報を与えたり得たりしている人もいるでしょうし、
作家友だち、作家飲み仲間、などと仲良くしているひとも
多くいるようです(たとえば、直木賞作家の西加奈子さんは
作家友だちと飲み会をするだとかいいますし)。

まあ、いろいろということですが、
一匹狼的な(狼というより猫のほうが
村上春樹さんのことを言い当てているとは思いますが)生き方やあり方、
そしてそれは、作家であるということと不可分なひとりの人間の
呼吸というものが感じられるし、
もちろん、蓄積された経験も感じられるし、
頭の部分で喋っていること以外の部分もわかるようでもあります。
そういうことも含めて、本書は村上春樹さん自身に近づく、
彼のミステリアスな部分の回答集(Not 解答集)でありましょう。

ぼくは彼の作品の9割以上を読んでいるようなひとですが、
本書は時間を忘れて夢中になって読める本でした。
ハルキストじゃなくても、
彼の作品に共鳴した経験があるひとで、
クリエイティブさに興味のあるひとであれば、
とても楽しめる本になっているでしょう。


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カンペキさのほうを向いた理想。

2016-06-12 21:54:11 | 考えの切れ端
「自分はたいした人間じゃない」
と謙遜でもなくつぶやく場合って、
誰にたいして言っているかって、
それは若いころの自分に向かって言っているのかもしれない。
理想や目標がカンペキのほうを向いていて、
それは達成できるものと信じて疑わなかったあの頃の自分。

人間、そういうもんだと思うんですよ。
それで、逆に、年をとってから自分は大したものなんだ、
と言えてしまうひとは怪しいのかなと思ったり。
若いころ考えるカンペキさみたいなものって、
実は欠陥だらけだとも思うのですよ。

欠陥だらけのカンペキさは、
達成できないほうがより素直な生き方だと思うわけです。
そのカンペキな理想を、
その理想の隠しもつ欠陥さえ補って達成しえなかったことに対して
「自分はたいしたことがない」と思うことっていうのは、
そういう負い目を持ちながら生きることによって、
そのひとの形成していく円熟味に繋がるのではないか。

自分はたいしたものだと言えてしまうひとは、
たぶんにカンペキさのもつ欠陥に気付けていない。
もしくは見て見ぬふりするようなタイプか、
内省のできないタイプのようにも思えます。
きっと脳の構造だとか社会の構造だとかの兼ね合いから、
欠陥のないカンペキさって絵にかいた餅なんだろうなあ。

若いひとが年輩の人の
「自分は大したことがない」というぼやきに対して、
情けないなと嘲笑したり冷笑したりすることってあると思うのです。
でも、前述のように、
若いひとのもつカンペキさ、つまり理想ってものは、
人間にとっては無理の生じる種類のものなんだと思うよ、
っていうことを言っておきたかったのです。
一番いいのは、理想に燃えながらも寛容さというか、
わかってあげられる気持ちを持つことなのかもしれないです。
難しいけれど。
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『ロボット革命』

2016-06-04 02:31:45 | 読書。
読書。
『ロボット革命』 本田幸夫
を読んだ。

最近のロボット分野の情勢、
アマゾンやグーグル、
日本だとパナソニックやソニーなどの企業、軍事、介護、自動運転カー、
などなどの分野にわたって、
どれだけのことが行われているかを教えてくれる。
軍事のほうはほとんど霧がかかっているため、ちょっとだけ。

日本のシャフト社というのが、
アメリカのDARPAという国防総省のロボットチャレンジの予選で優勝したのだが
グーグルに買収されていたようです。
日本でやるより、アメリカの、
それもグーグルのほうが技術が育って実用化に近づけるのだろう。

グーグルがクロムを作ったのも、
それでいろいろなユーザーのデータを集めて
ビッグデータをこしらえるためだと書いてあって、
そうだよなあといまさらながらそのシビアさに気付いた。

そのほか、お掃除ロボットのルンバやソニーのロボット犬アイボについてなど、
短いながらも多岐にわたって、実用化されたロボットや
研究されつつあるロボットについての記述がありました。
知るとそりゃそうだと思いますが、
ルンバの吸引力は弱いそうで、
そのあたりをサイクロン掃除機レベルまでは
騒音の問題で持っていけないとしても、
強化・改良してほかの会社などからも
発売されるような感じなんだとか。

そして、ロボットは人間の仕事を奪うのかという話、
人工知能が人間の知能を超える「2045年問題」についても
言及があります。
このあたりは深い論考ではありませんでしたので、
他の本などでいろいろ知りたいところです。

また、安倍政権がかかげるロボット革命実現は、
経済政策アベノミクスのひとつでもあるそうで、
そこでは、産業用ロボットのみならず、
サービスロボット、すなわち介護や医療のロボットを
今後発展させていくような流れになっているみたいです。

筆者は大阪工業大学の教授でありながら、
ロボットソリューションの会社もやっておられ、
以前はパナソニックで技術最高責任者などをされていたそう。
そのせいか、本書でも、パナソニックをちょっと贔屓にするような
言説がありましたが、そこはまあご愛嬌でしょうか。

なかなかにロボット世界の現状を
教えてくれるものとなっているように感じながら読みました。
文章も読みやすく、読書慣れしていないひとでも、
すらすら読めそうです。

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『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』

2016-06-02 15:42:37 | 読書。
読書。
『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』 トーベン・クールマン 金原瑞人 訳
を読んだ。

2012年に作者が制作し、
2014年に刊行され、
世界中で読まれるようになった絵本です。

ぐぐっと読者が入り込むことができるような世界観。
ソフトに物語のなかへと
気持ちが移行していくような読み心地でした。

主人公のネズミは、
愛らしく描かれていますし、
性格は勇敢で知的です。

人間の子どもを主人公とせずに、
もっと危険がいっぱいある世界に住んでいる
もっと無力なネズミを用いたのは、
困難さを打開していく力を、
わかりやすくダイナミックに
描きたかったからなのかもしれません。

すぐに読み終えてしまえる絵本です。
おもしろかったです。

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『乃木坂と、まなぶ』

2016-06-01 02:01:44 | 読書。
読書。
『乃木坂と、まなぶ』 藤原和博 乃木坂46
を読んだ。

民間人初の中学校校長となった、
東大卒、リクルート出身の藤原和博さんによる
「よのなか科」の授業を、
アイドルグループ乃木坂46のメンバーたちが受ける
朝日新聞の企画を本にしたものです。

2014年3月発行のムックなので、
もう卒業してしまったメンバーも数人いました。

どんな授業だったかというと、経済編のところでは、
不特定多数のひとびとの特定の行動をするひとびと、
たとえば、1日に1万人(不特定多数)が使う駅の
となりのパン屋さんを利用するひとびと(特定の行動をするひとびと)って、
200人すなわち2%と考えるのがスタンダードのようだ
という知見がもたらされたりしました。

これに、広告やポジティブな口コミやリピーター獲得のためのよいサービス、
清潔感が付加価値となってパーセンテージをあげていく、
あるいは不潔だとか店員の感じが悪いだとか
品ぞろえがおもしろくないだとかの要因がパーセンテージを下げていくのでしょう。

ここまで明かされるのは最後のまとめの部分ですが、
授業の中では、地図を与えられて、どこにお店を構えるのがよいかを、
5,6人に分けられた乃木坂の各班で議論していきます。

12の授業が収録されています。
各々、そのように議論をしていくことが中心です。
ディベートであったり、
ブレインストーミングであったり、
ロールプレイングであったりしながら、
そうやって複眼的思考を身につけることが
ひとつの目的となっていました。

AとBという対抗する意見や考え方があったとして、
その片方ばかりのことしか考えられないのではなく、
弁護士のように、
そのどちらであっても長所や短所をみつけて
比較しながら考えること、
それが複眼的思考のようです。

TPPの問題、校則について、など、
一筋縄ではいかない、世の中のあれこれに
乃木坂46が議論していきます。
そうして、答えが出ないような問題を考えることで、
ひととしての、知力としての幅を広げていくことに
繋がっていっているように読み受けました。

若月さんの、どちらかというと現実フィットタイプの考え方、
いくちゃんのwikipedia的な物言いと
パワーで相手を黙らせようという議論術に
苦笑いが出てしまいましたが、
そういうのも含めておもしろい。
いくちゃん的な感じは昔の自分のようでもありました。
まあ、これも、2年前の、成長著しい時期の彼女たちの
一場面にすぎないわけでもあるのですけれども。

また、
出生前診断の是非をめぐる議論では、
障害があるとわかって中絶を選択するのをOKしていくと、
障害のあるひとを受け入れない社会になっていってしまう気がする、
というようなことを言っていたかずみん(高山一実ちゃん)、
自分の子が障害を持っていても
受け入れるべきと思うだろうというまっつん(松村沙友理ちゃん)。

しっかり考えてるなあ、すばらしいです。
ともすれば、障害を持たないひとたちだけの世の中に
なっていくのかと至極単純に想像してしまっていたんだけれど、
そうじゃないよっていう、
腹の底からでてきたような真摯な意見を読めてうれしかった。
ぼくも、目指すはそういう世の中だと思う。

初期のころのNOGIBINGOで「私かわいい」を連発していたまっつんでも、
これだけ真剣にそして自らの慈愛ある価値観で
少数派として主張してくれたのを知るにつけ、
ちょっと尊敬のまなざしでみてしまう。
かずみんもほんとうにすばらしいね。

まてよ!?と立ち止まりしっかり物事を見つめられるひとが、
好きなアイドルグループのなかに何人かいること、
そしてきっとそういった意見を聞くにつれて
自分を変化させることができるであろう他のメンバーたちを思うと、
おいら、乃木坂が好きになってよかったという気持ちが強くなります。
本書は写真もいっぱいでした。

さてさて、
乃木坂46はニューアルバムを発売しました。
ぼくもすぐさま買いたかったのですが、
5月分の給与がでないと買えないため(財政難)、
いまは我慢をしています。
買うのはきっとType-Dでしょう。
いくちゃんのソロ曲が収録されていて、
いくちゃんセンター曲の「何度めの青空か」が
特典DVDのライブ映像にあるType-Bも魅力だったんですが、
ソロ曲はiTunesでDownloadして、
ライブ映像は「3rd Birthday」で見ればいいかな、
という気持ちに固まりました。

セブンレイブンのキャンペーンでは、
うちわ入りのお菓子パックと、ティッシュBOXと
サンドイッチ類を買うともらえる生写真を3種類
(悩んだ末、いくちゃん、生駒ちゃん、なーちゃん)
を入手しました。
これでも、なかなかの散財です。
ぼくは今年、節約をひとつの目標にしていますから、
その目標をつっつくような、
むずかしいキャンペーンでした・・・。

いやいや、でも、元気をもらえたわーという感じ。
日々の活力の原動力のひとつのなりますからね、
そして、自分の仕事では、
人びとの元気、明日への活力を持ってもらうことを念頭に
やっています。そういう仕事をしているんですよ。
乃木坂ちゃんたち、ファイト!ぼくもファイト!
というようなつきあいで、乃木坂をこれからも見ていきます。


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