Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『乃木坂46 中田花奈 ファースト写真集 好きなことだけをしていたい』

2022-11-28 22:52:05 | 読書。
読書。
『乃木坂46 中田花奈 ファースト写真集 好きなことだけをしていたい』 中田花奈 撮影:桑島智輝
を眺めた。

乃木坂46を二年前の2020年に卒業されたときに発売された、一期生・中田花奈さんの写真集。

セカンドシングル『おいでシャンプー』でフロントメンバーに選ばれたのち、アンダーに配置されることが長かったですが、彼女はさまざまな経験のなかで前後左右さまざまに揺さぶられながら成長されてきたような印象を持っています。当時、自虐のように読めてしまったのだけど、13thシングルくらいのときには、『おいでシャンプー』が自分の全盛期だなんてブログに書かれていたりもして。乃木坂に興味を持って第一印象的に彼女に好感を持っていた僕は、なんでそんなことを書くんだろう、とちょっと腹が立ったわけではないのだけど、もっと客観的かつ冷静かつポジティブにいてほしい気がしたものです。でも、相当もがいていたのでしょうね。なかなか思うような位置に選ばれない、だとかって、きついですよね。

中田花奈さんは9年間在籍してくれました。本写真集の巻末インタビューを読むと、芸能については引退を考えていたそうですが、いまはなんとプロ雀士として頑張っておられますし、雀荘も経営してらっしゃる。乃木坂時代よりも少々、落ち着いた雰囲気を、ツイッターやインスタからは感じています。

さて。本写真集はどういった方向性の出来映えに感じられたか。感想としては、日常からぽんと飛んでいない日常の線上の際の部分までいった官能性があるなあという感覚。夢世界だとか、妄想世界にちかいようなところで官能性を感じさせる写真集って、たとえば、白石麻衣さんに、山下美月さんに、とありましたけれども、中田花奈さんの本写真集は、自然な状態で色気が写真に乗ってきています。非日常感というよりも、日常感覚のなかに中田花奈さんらしい品のある色気があります。なかでも気に入ったのが、木製(ひのきでしょうか?)の浴槽のお風呂でのいくつかのショットです。穏やかな表情が、彼女の頭脳や感情の繊細さが、このいっときは休養中でありそうに見えました。

乃木坂46の立ち上がりから参加して、苦楽をくぐり抜けて何回も壁にぶつかりながら越えてきたような人だと思うのですよ。それは中田花奈さんに限らず、各メンバーがそれぞれ固有の葛藤や困難を抱えてきたでしょうけれども、すっとあっさりとした美しいお顔立ちに浮かぶ、ちょっとした光の加減のような表情の移り変わりが垣間見えたときなどは、なんていいますか、彼女の「LIFE」がそこにあることを感じられたりするのでした。乃木坂46の色濃い時間を過ごしてきた形跡が、彼女なりに消化してきたそのあとの姿として、この写真集にはとらえられていると思いました。

逃避しない、逸らさない、向き合う、取り組む、立ち向かう、それもしっかり頭を使って。そういったスタンスを得たからこそ立ち現れる美ってありますよね。

中田花奈さん、とってもきれいでした!


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『白夜 / おかしな人間の夢』

2022-11-25 14:06:26 | 読書。
読書。
『白夜 / おかしな人間の夢』 ドストエフスキー 安岡治子 訳
を読んだ。

初期の傑作短編でありドストエフスキーらしくない感傷的な作品である「白夜」と、『作家の日記』内から掌編を3つと、エッセイがひとつ収録されています。表題作の二作について、かんたんな感想を。ネタバレがありますので、ご注意を。

「白夜」
主人公の夢想家の26歳の男がある夜に、17歳の乙女ナースチェンカと出合う。その四夜の物語。現代のいまとなってはベタな話かもしれないけれど、よかったなあ。スタートが夢想家である主人公の夢想語りなので、これどうなるの? と心配したけれど、胸をついてくる切ないけどあたたかな読後感でした。ピュア・ラブです。頬を伝う涙ぶんのあたたかみ。純粋な愛は、自分の幸せよりも愛する人の幸せを願い働きかける。自分の愛の成就を阻む結果になることがわかっているのに。こんなお人好しでピエロだと言われてしまいかねないふるまいに、主人公は永遠に忘れない幸福をみるのでした。

「おかしな人間の夢」
「なにもかもがどうでもいい」と感じている主人公が、その深いニヒリズムゆえに自殺しようと決めた夜。無自覚に眠りに落ち、そこで体験した壮大なもの。これは夢なのか否か、と主人公は惑いますが、この小説のタイトルに「夢」とあるので、夢としておくのが落としどころとして無難なのでしょう。なんだか手塚治虫の『火の鳥』と親近感のある物語。何者かによって主人公は宇宙空間を抜けてもうひとつの地球に連れていかれる。この何者かが火の鳥だったならば、もうこの短編は火の鳥として成立するような温度感覚と内容の密度があります。そして、楽園だったはずのもうひとつの地球ではびこりだしたナルシシズム。正義や宗教も、堕落の潮流のなかの産物。そこからの主人公の「回心」。それは精神的にどん底まで堕ちた者が、生命そのものの「生きるベクトル」の噴出したエネルギーに突きあげられるかのような、跳ね返りの回復体験があります。それはもはや、回復を飛び越えて以前の自身を超越した高みまで押し上げられている。古代の宗教的な体験の不思議を19世紀的な見地で現実に寄せて解読しようとしているかのような挑戦も含まれていたのかもしれません。

といったところです。
他、「一九六四年のメモ」というエッセイでは、自分がしている思索についてけっこう突っ込んでアウトプットしているなあと感じました。ここで述べられている人間像論については、「おかしな人間の夢」で描かれているテーマとつながっていました。ドストエフスキーのすごいところのひとつは、こういった難解な思索を小説に上手に盛り込むことができること。ほんとうに強靭な頭脳だ、といつも感じさせられます。


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『強迫症を治す』

2022-11-20 20:25:05 | 読書。
読書。
『強迫症を治す』 亀井士郎 松永寿人
を読んだ。

強迫症。50~100人にひとりは発症する、ごく一般的な病気だそうです。男女差はありますが、多くは20歳までには発病し、そのうちの1/4は10歳までに発病する。特徴は、強迫観念と強迫行動。不安や落ち着きのなさのような「何か」が意識に強く迫り、思考を支配する。この思念を「強迫観念」といい、不安や落ち着きのない感じを解消しようという行動が「強迫行動」です。ただ、正常な心理にも不安や強迫はあり、どこで病気と線引きをするかというポイントはあります。

主に強迫には3種類あります。
確認系:カギの確認やコンセントの隙間がないかの確認。(うちの親父の場合は加えて、蛇口がしまっているか、トイレの照明が消えているかなどがある)
汚染/洗浄系:手を洗うのがやめられない。
ピッタリ系:書棚の本の高さが揃っていないと何時間もかけて並べ直す。
(僕の親父は、強弱はあれども、これら三つすべてが当てはまっていました。)

治療は、うつ病に使う薬を用いる薬剤療法と、薬剤によって不安が収まってきてから働きかける認知行動療法の二本柱になります。

本書は、強迫症の疾患概念からはじまり、精神病理へと続き、治療戦略をへて、実際の強迫症例に立ち入っていきます。そして、終盤に強迫症の背景としてどのようにこの病気は分類されるに至ってきたかなどを解説し、患者と家族への(それまでのロジカルな指南とは異なり)精神論的な構えからの指南で終わります。

強迫症の患者は、強迫観念を正当化するために、いろいろ理屈をこねるのが特徴でもあります。また、家族や周囲を「巻き込む」のがこの病気の困ったところの大きなひとつでもあります。

巻き込みのパターンはこうです。
保証の要求:「大丈夫かな?」と訊いたりして保証を求める。
行為の強要:他人にも清潔を強要するなど、自分のルールに従わせる。
行為の代行:カギの確認などの強迫行為を自分の代わりにやらせる。
これらにはキリがなく、周囲は時間もエネルギーも無駄に使わせられてしまいます。そしていつかは破綻して、患者自身は絶望を感じることになる。それどころか、まず巻き込みに家族が従うと、患者本人の強迫症が強くなっていきます。

醜形恐怖症、ためこみ症、抜毛症、皮膚むしり症、そして、チック症、トゥレット症、不安症、社交不安症、パニック症、広場恐怖症、全般不安症、うつ病、自閉スペクトラム症、などが関連した疾患や合併することのある疾患でした。

そのなかで、たとえばチック症。肩を回すなど、どうしてもやらずにいては気持ちが悪いためにする動作がある症状です。うちの親父の場合、ぎゃーぎゃーと声を出して何度も痰を吐く、というのがそれにあたるのではないか、と僕は疑いの気持ちをもちました。

また、社交不安症。人前で話をする、歌う、会食するなど、他人から注視されるような社交的場面に著しい不安を感じるという症候群。「他人から否定的な評価を受けることや恥をかくこと」への恐れがあり、回避することで余計に不安が高まっていく悪循環が特徴だとありました。僕にはこれがけっこうあるほうです。結婚式で歌ったことはあるけれど、二度とやりたくないくらいだし、緊張感がすごかった。

それと、強迫症患者は例外なく努力家で、努力家の人がなる病気だとありました。ここはたとえばサイコパスと見分けるポイントです。強迫症で暴力をふるう場合はありますが、サイコパスじゃないだろうかとそのとき思ってしまうことがあると思います。しかし、サイコパスはほぼ努力をしません。これは『良心をもたない人たち』との照らし合わせの知識でした。

規律に則った生活に追い立てられることが、不安の入り込む隙間をなくす効果がある。強迫症患者には、そのような生活があっていたりするそうです。また、ストレスコントロールも大切で、ストレスによる精神的疲労は不安を増大させ、増大した不安はストレスを生む。もっとも優先すべきは睡眠。睡眠不足が、不安の悪化や洞察の不良化(自身の症状について客観的に把握できなくなること)をもたらします。

そして、「二分思考」もでてきました。
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二分思考。0か100かで考える。そこにグラデーションや割合は認めず、白か黒かの完璧性にこだわる。たとえば、「直ちに健康へ影響はない」「ほとんど感染性はない」などは、まったくの白ではないので黒と同じだと考える思考。 (p142)
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これは、こういう二分思考を強いる会社も多くあると思うんですよ。監査でひっかかるじゃないか、とかって。責任の所在をはっきりさせるという名目で、強迫症的な思考を強要されることってあります。

あと、これですね。以下の一文に「そうなんだよ……」と肩の力が抜けたのです。
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強迫症に支配された患者や家族は、喩えるなら暗い森の迷子のようでもあります。(p284)
_____

本書を読むと、やっぱりうちの親父は正真正銘の強迫症だとわかりました。僕はずいぶん巻き込まれているし、強迫観念はルール化されて家庭内の文化と化している部分が少なからずあるように感じますし、そのあたりの僕はがんじがらめにされていて、生活がデフォルトで疲労のかさむものとなっているみたいです。そういった立場から、気になったたくさんの中身から、ここは書き留めないとと思った内容を抜き出して終わりにします。

患者本人があたかも王様のように君臨し、家族を「巻き込み」つつ意のままにコントロールしているケースが少なからずあるということです。この場合、患者本人の苦労は少ない。

なぜ家族がそこまで言いなりになって(されて)本人を支えてしまうのか。理由は二つ。患者本人が強迫症状に苦しんでいるのは、自分たちが何か失敗してしまったからではないかと患者を不憫にそして自責の念を感じるがため、よかれと思って本人の生活を支えてしまう。もうひとつは恐怖。患者の言うことを聞かないと、嫌がらせをされたり暴力を受けたりするからです。渋々言うことを聞かされる。しかし、この構造を維持することは、患者本人のためにはならない。自分が犠牲となって患者本人に快適に過ごしてもらうことではなく、あくまで治療に持っていくことが目標じゃないといけない。

また、大切なところですが、完璧主義などは強迫症の症状であって本人の性格ではないことをしっかりわかっておくべきだとありました。これを性格のせいにしてしまうのは、医師であっても陥りやすい罠だそうです。

というところでしたが、新書でありながら内容が濃くて論理的に整理されているし、かつ文体も平易で意欲的に読ませるものがあります。良書です。2021年に出たばかりですが、買って読んでほんとうによかったです。何もてがかりがなく強迫症の父親と付き合う、それも、「強迫症なのだろうか」とはっきりせずに付き合うのはほんとうに苦労するからです。まあ、うちは母親の介護も重なっていますから今後も苦労は尽きないでしょうが、それでも、なにかしら地図のようなものを手に入れることができたような感覚があります。

著者の方々、グッジョブです。読んで感謝の気持ちでいっぱいです。


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『パッシブ・ノベル』 最終話

2022-11-18 06:00:01 | 自作小説13
 智鶴さんに、白井と会って話をしてみる、ときっぱり言えたのにはちょっとした根拠があった。実際、見栄だけではなかったのだ。それを今、目の前の白井にぶつけてみるところだ。僕は白井の部屋に来ていた。公園でのあの夜から二日経った夜だった。
 白井は僕の来訪を喜んだ。わずかではあるけれど確かに持ち上がった口角が白井らしい喜び方だった。白井は濃灰色の薄手のスウェットにカーキのパンツ姿でマスクをつけていなかった。部屋に上がったばかりの僕にソファを勧めるとすぐさまキッチンへ立ち、沸かした湯でドリップしてコーヒーを淹れてくれた。コーヒーは絵柄のない真っ白なマグカップで出された。白井はテーブルを挟んだ向こうのデスクチェアに、自身のやはり真っ白なマグカップを持って腰掛けた。部屋はやや薄暗く、ひんやりとしていた。
 僕は小説の原稿の入った封筒をテーブルに置いて、読んだよ、と白井の顔を見ずに言った。
「ありがとうございます。それで、どのような感想をお持ちになったか、聞かせて頂けるのですよね?」
 うつむいたままでも白井の視線の熱が感じられた。
「その前に。智鶴さんと僕の間をとりもつと言った約束は忘れていないよね?」
 顔を上げると、今度は白井がうつむき加減で両手の指を組んでいた。そのまま、もちろんです、とはっきり言うのを聞いた。
「うん。確認しておきたかったんだ。その返事を聞けて安心した。今度三人で会うときには僕と智鶴さんの会話が弾むように仕向けてくれよ。」
これでもっとも大事な点はクリアした。現実的にそこが重要だったのだ。あとはなるようになる話だ。片付くようにできている話だ。
「それじゃ、白井さん、君の小説についての率直な感想を言おう。まずは、驚いたよ。失礼ながら、あんなに真っ向勝負してるとは思っていなかった。読み始めたら話の流れに引っ張られ続けてね、気づいたら終わりだった。それも、ぞくぞくする終わりかただったね。あれはやっぱり父親なんだろう。でも、父親がなぜ失踪していて、あのような存在として生きているのかが謎に満ちているし、その明かされない謎のシルエットがカーテン越しにうっすらとだけ見える感覚なんだもの、怖かったよ。」
「ありがとうございます。はじめはもっとじめじめと小さな隙間に入り込むような小説を書こうと思っていたんですが、そこはうまくいきませんでした。どうしても、ああいった短い文章で積み重ねていく文体が自分のスタイルなんですよね。」
「文体はね、しょうがないのかもしれない。あの乾いた感じ。でも、内容は実にじめじめとしていたな。」
 マスクを外し、カップに口をつける。苦みが強めの味わいだった。白井も同じタイミングでコーヒーを啜っていた。
「もっとよくしたいんですよ。あの小説を、もっと研磨したい。なにかアドバイスを頂きたいのですが。」
 眼鏡の奥から投げかけられる視線が真っすぐだった。どこか、哀切さを発するかのような真っすぐさだった。ひざまずいて乞いたい気持ちをぎりぎり押さえつけているのかもしれなかった。僕は切り出す。
「アドバイスとしてはひとつ大切なことがあるよ。あの小説を読むことで怪現象を起こさないことだ。僕も智鶴さんもまいってしまったんだ。これはわかっていたことなの?」
 眼鏡の奥の哀切さが消えた。なにをくだらないことを、とでも言いたげな怪訝な目つきになっていた。口角は下がり、一文字の線状の唇だ。僕は続けた。
「小説とシンクロニシティが起こったんだ。ポルターガイスト現象としてね。僕の部屋では鏡が割れ、智鶴さんの部屋ではやかんがひとりでにひっくり返った。二人に共通した出来事はブレーカーが落ちたことだ。もっと言えば、僕も智鶴さんも熱を出した。」
 眼鏡を左手の中指で持ち上げながら、白井はフン、と鼻を鳴らす。僕はさらに続けた。
「アメリカでのポルターガイストの例だけどね、まあ、家の中で皿が飛んだりカップが動いたりするんだ。そういうの知ってるだろ? そこでカウンセラーがその家に介入して、家の子どもにカウンセリングを施すとポルターガイスト現象は収まるそうなんだ。つまり、人間のこころがあんな物理現象を起こすってことになる。君の小説も、僕らのこころがポルターガイストを起こすようになんらかのやり方でつっついたんだと思う。いや。というか、だ。あの一人称の主人公に感情移入して、情動や思考を想像したりなぞったりすることで、読み手である僕らのこころの中に怪現象を起こす何かが生じたのかもしれないと思うんだ。」
 白井は口角を上げた。ただそれは喜んでいるときの上げ方ではなく、向かって右の口角だけをアンバランスに持ち上げる形だった。ほおを引きつらせるようにして。
「それで。」とだけ言った白井の声がやけに響いた。
「あれは、意識的にだったのか。意識的にだったら、ものすごい技法だよ。なんてね、無理だよな。偶然の産物だよな。」
 話はこれで収束に向かう。えらいもの作り上げたな、と一度大笑いして、それから白井の過去の話のヒヤリング。あの小説は書き直しだ。葬ってしまうにはもったいない気がするから、怪現象が起こらないように気を付けながら直すんだ。
 白井には過去の鬱憤なり哀惜なりを吐き出してもらう。そうやって魔力のような超自然的な力を鎮めるのだ。だが、白井の次の一言に耳を疑った。
「意識的に書き上げたんですよ。」
「なんだって?」
「一念発起してね、原稿に僕の魂を乗り移らせるようにして書き上げたんだ。」
「一念発起か。僕の昔のバイト仲間に川村先輩という人がいてね、ふだんは管を巻いてばかりで行動しない人だったのに、あるとき意を決してインドに出かけていったな。なんだか思い出すよ……。」
 デスクチェアで足を組む白井のその存在をなぜか大きく感じた。平静ではあるけれど、確かな圧力を発している。
「紫色の炎を手のひらにともすようにしてね。書いたんですよ。」
「それはどういう意味かな。」
「言葉通りです。集中力のバランスの取り方という意味でね。それで柔軟な鋼鉄として書いていく。」
 意味がよくつかめない。薄暗い部屋がもう一段暗くなったような気がした。デスクチェアの背もたれに寄りかかって遠のいた白井の顔の表情がよく見えない。
「なんていうのか。君はちょっと精神的なデトックスが必要なのではないかな。あの小説では父親が重要な立ち位置にあるけれども、君の人生にとっての父親の存在が強く影響したのではないだろうか。僕はそう考えている。それにさ、でもやっぱり偶然に出来上がったんだろ? 偶然じゃないというなら、君も読んでみてポルターガイストが起こったのかい?」
 背中に汗のしずくが転がり落ちていくのを感じた。白井が上半身を起こし、ぐっと前かがみの姿勢を取った。
「あれは無色の虹。パッシブ・ノベルなんだ。」
 白井の声の重みがさっきからやけに腹に響いてくる。
「パッシブ・ノベルなんて初めて聞く単語だな。パッシブは受動的って意味だったよな。書き手に対してパッシブだなんてのは案外ふつうじゃないか。なかでも私小説はパッシブ・ノベルそのものだよな。」
 よくわからないまま、頭を働かせていた。鼻の下にも汗が浮かんできているのがわかる。
「小説という器が、可塑的に造形されるんだ。」
 白井の口調や語気のほうも変化してきていた。気にはなるのだが、まずはそれどころではないような気分だった。
「やっぱり私小説ってことじゃないか。珍しいものじゃない。」
 白井は再び背もたれに深く腰かける。いくらか遠ざかった白井の表情がこちらから見えにくくなることで、僕は安堵を感じるようになっていた。
「そうじゃない。主導権は読み手にある。」
「それはさ、読み手がどう読むかは読み手の自由なんだって話だろう? 小説ってそういうものだろう。」
「違う。小説が読み手と世界を媒介するんだ。読み手の考え方や性向、感性や世界観、それらを引き受けて現実に作用するものなんだ。」
「現実に作用するって、ブレーカーが落ちたり、鏡が割れたりだろ。それが僕の性格が世界に物理的ダメージをもたらしたということなのかい。小説からの力ではなく。」
 やはりポルターガイスト現象が起こるきっかけになるような心理状態に読者が陥るような作用なのだろう。先ほど白井は、意識的に書き上げた、と言った。詳しいメカニズムはわからない。白井だってきちんと理解してはいないだろう、科学者ではないのだから。とはいえ、僕の理解したポルターガイスト現象、つまり人間の内なる心理が物理的パワーを獲得し、発揮してしまうことは現実に起こったことだ。解釈の仕方が僕と白井とでいくらか異なるだけなのだ。しかし、白井はこう言った。
「あれは合図なんだ。ヨーイドン、なんだ。」
 自然と頭が回転しだす。だが、めまぐるしい空回りに違いなかった。えっ、と素っ頓狂な声が出たのみで、白井の言わんとしていることの先がまったく読めない。
「安達さん、あの小説を読んだ後、こうして僕に会ってみてどうですか、僕が違う人間のように感じませんか。」
 なんだって? 何を言いだしているのだ。いつの間にやら左手で自分の頬やら顎をやらをさすり続けているのに気づいた。
「……人が変わったようには感じているよ。さっきからね。済まないけど。」
 口調や態度がいつもよりもくだけているのは、白井の自室に二人きりでいることで近まった距離感だと考えることはできる。であっても訝しさは澱の様にしっかり彼の印象の中に残っていた。たとえば頬を引きつらせながら片側の口角を上げた微笑み、それが白井という人間が鎧を脱ぎ捨て、軽装あるいは生身に近づいたときに見せる一面なのか、それともこの状況で新たに生まれてしまった一面なのか。それは付き合いが浅いため、よくわからなかった。そしてそれよりもよくわからないのが、あれは合図なんだ、という言葉だった。
「安達さんの目の前にいるのは、僕、白井でありながら、僕の短編を読む前の白井ではないんです。あなたの世界は変化した。パッシブ・ノベルがあなたという人間を写し取るように読み込んだのです。それからパッシブ・ノベルが読み込んだものを世界に作用させた。あなたの生きる世界は違ったものになった。」
「世界を改変しただって?」
「いいえ、そうではなく。細かいようですが、改変とは違うんですよ。」
「じゃあ、君は白井さんであって白井さんではないのか。智鶴さんも智鶴さんであって智鶴さんではなかったのか。」
「単純にいえば、分岐したんですよ。ほんのちょっとだけ、メインロードから逸れた。ここはそういった世界だ。僕は白井だし、智鶴さんも智鶴さんだけど、あなたの影響を受けた世界の住人として僕たちも変化した存在なんです。」
「待て。僕が短編を読む前に智鶴さんが短編を読んでいるけれど、そのときの智鶴さんはどうなってるんだ。」
「あの智鶴さんも別のかたちでメインロードからちょっぴり逸れていっていますよ。」
「じゃあ、僕の部屋に来た智鶴さんと短編を読んだ後の智鶴さんは別の智鶴さんなのか?」
「短編を読んだときから、その智鶴さんはここの智鶴さんとは別の道を歩いているんですよ。ここではないところで生きているんです。もちろんそこにはこの僕ではない僕がいて、目の前の安達さんではない安達さんがいる。」
「いったいなんのためにそんな小説を作ったんだ?」
 ふふふふ、と鼻からの息遣いで笑ってから白井はコーヒーを飲みだした。僕は白井を無言で見つめ続ける。白井はこの自分が話す順番をパスしたがっていたのかもしれなかった。だが、白井を見据えながら僕は待ち続けた。すると、彼はため息をついたあと、再び口を開きだした。
「僕という無能な人間にできることはとても少ない。他人の役に立てる才能なんてものはまるでない。愚鈍で、軟弱だし、なにかの小さな行動すら起こせもしない。そんな取るに足らない一人の男がね、やっとのことで出来たことがこれなんだ。死ねば誰の記憶にも残らないような僕がですよ、いや、生きているときですら僕という人間を理解する者など誰もいない、そんな河底の石ころ同然のこの僕がね、パッシブ・ノベルなんていうおもしろい装置を作ることができたんですよ。これはね、ごく穏当に言ったって奇跡なんですよ。この装置は人を殺すわけじゃない。ちょっとした混沌を生みはするとしても、概して言えば無害だ。いいじゃないですか、そのくらいのひっかき傷を僕が与えたって。」
 白井の言う、メインロードから逸れた道にいる白井に聞いたところで、その理由は歪んだものになっているのかもしれなかった。
「つまり愉快犯か。それにしたって、よくもまあパッシブ・ノベルなんて品に行き着いたな。」
 そう言いつつ、信じきっているわけじゃない。
「意識的に作ったのは本当ですよ。でもその前段階で、なんていうか、破綻みたいなものがあったんです。行き詰って、それはそれは大きな危機でね、あやうく死んでいた可能性も低くはなかったと思えるくらいの危機だった。その危機、漆黒の暗闇の先に偶然、パッシブ・ノベルというはじけ方が出口としてあったんですよ。設計図なのか、取り扱い説明書なのかが頭に降ってきたんだ。それでも実現するまでには三作品費やしましたよ。」
「その危機というのは、おそらく父親なんだろう。」
「そこはね、今や関係のないことでね。」それから一呼吸おいて、白井は続けた。「安達さん。パッシブ・ノベルはそういったものなんです。特に害悪というほどのことはない。あなたはこのあなた自身が作用した世界であなた自身の作用が及んだ智鶴さんとうまくやっていくといいんです。二人を仲介する協力は惜しみませんから。この約束は守りますよ。」
 そう言うと、白井は両方の口角を上げた。ふだんの、喜んでいるときの白井だった。
「パッシブ・ノベルを読んでくれてありがとうございました。とても感謝しています。」
 強い脱力感を感じながら、僕は席を立ちあがる。そのまま、何も言わずに部屋の外に出た。
夜空にはほとんど雲はなく、たくさんの星と大きな満月が光を放っていた。めまいなのか、それとも別の作用なのか、ぐにゃりと道がたわんだような感覚があり、転びそうになった。夜だというのに、なにかを言い淀んでいるかのようなくぐもった鳥の鳴き声が短く二度、続けてした。乾いた風が弱く吹いていても、空気は肺の内に吸い込まれるのを嫌っているかのようで、その息苦しさにあえいでしまった。
 世界の有り様にどことなく違和感があり、それとともによそよそしさを感じる。僕は乗ってきた車へと小走りに向かい、おぼつかない手で運転席のドアを難儀しながら開けると、借り物のように感じる身体をそこに押し込むみたいにして乗り込んだ。
 車を走らせると同時にAM放送のラジオのスイッチをつけた。だけど話の内容がまったく頭に入ってこない。パーソナリティのしゃべる軽快な声のリズムだけが空回りして聞こえて、落ち着かない気分が余計に増した。スイッチを切る。
 エンジンと車の挙動の音だけの中で運転をし続けた。ゆるやかなカーブ道の脇のガードレール、そのすぐ外を、夜の闇や音を貪欲に吸い取るためにたくさんの葉を茂らせたかのような多くの広葉樹が立ち並んでいる。
 その影から一匹のキタキツネが道路に飛び出そうとする。牙をのぞかせた怒りの形相を一瞬こちらへ向けてから翻り、闇に消えていくまでの瞬間をヘッドライトが照らし出していた。
 その間、僕は反射的に運転速度を落としてキタキツネに見入っていた。そんなキタキツネとのわずかな邂逅を経て、どうしてなのか、ようやく呼吸が楽になってくる。するとガラス越しの夜の景色も車のダッシュボードの存在感もハンドルを握った感覚やあれこれも、いつものそれに戻ってきた。
 やっとのことで、僕は逃れることができた気分になっていた。

 あの別れの日、川村先輩はこう言ったものだ。
「世話になったなぁ。この二年弱の間、ほんとにありがとうな。って、え? 俺の態度が今日は気持ち悪いって? まあ、そう言うなよ、訳があってな。今日が最後なんだから、まけておいてくれ。その訳として、最後のついでに言うことがあるんだ。って、え? それでこそ俺らしいって? いや、聞いたら俺らしくない話に聞こえると思うんだ。でも聞いてくれるか。うん。知っての通り、俺は来週からインドへ一人旅に行く。正直にいって、そんなの俺のキャラじゃない。俺はあれこれ口では言うが、実際、口だけだったんだ。アクティブさとは正反対の位置にいる人間だった。それはわかってただろうよ。いいよ、フォローしなくたって。でもな、今回はさ、行くことにしたんだ。俺の伝えたいことは今の安達には伝わらないかもしれない。でも覚えていてほしいんだ。そのうち、お前の背中を好い意味で押してあげられることになるかもしれないから。肩を貸してあげられるかもしれないから。俺さ、カレー屋になるから。本格カレーはもちろん、明治や昭和初期の頃のカレーのレシピも調べて、アップデート明治カレーやアップデート昭和カレーにして甦らせるんだ。で、看板メニューにしてみせるから。俺はやるよ。自分のためにやるんだ。生きていくためにね。だけど、それと同時に他人をハッピーにしたい。とことんハッピーに。カレーはエンターテイメントで、他人をハッピーにできる食べ物だと気づいたんだ。ここが俺らしくなくて笑いを誘うところなんだろうなぁ。でも、いいんだ、それで。笑ってくれ。安達が笑っても、俺はインドへ行く。ゆるぎないよ。だって決意したんだ。それに生きるってこういうことなんじゃないかって、全身に力がみなぎるような感じがしているところなんだ。もしかすると、こんな俺を見てついにバカになったかと安達は思っているかもしれない。実はゼミで一緒の連中に大笑いされたんだ。おまえ、なに熱くなってんの、ガラにもなく、ってさ。でも、いいんだ。俺は決めたから。決意した俺から離れていく人はそれでいいんだ。これまでの俺の生き方がまずかったせいだからだ。なぁ、安達。安達はさ、今まで俺の他愛のない哲学をよく聞いてくれたよ。思い出しても冷ややかな話の数々だったよな。ありがとうな。俺さ、抜群のカレーを作るから。きっとそれなりに知名度のあるカレー屋になるから。だからいつか、食べに来てくれよ。一杯目は無料で食べてもらうよ。そしたら絶対リピートしたくなるだろうさ。そういうカレーを作るから。」
 川村先輩はどこぞの店でおいしいカレーに出会って、自分もやってやるんだ、と決心したわけではないそうだ。インドのミュージカル映画がとてもおもしろくて、そこからカレー屋になると決めたそうだ。脈絡としてはちょっと跳んでいるし、重大な決心をするにしては軽薄なエピソードに感じられはする。だけど現実味というものは大概そういう種類のスパイスが効いているものだったりするのではないだろうか。
 その後、連絡をもらったわけではないのだけれど、川村先輩が有言実行を果たし札幌でカレー屋を開いているのを知っていた。個性的でおいしいカレーを出す店だ、と会社の同僚に教えてもらい、お店のサイトを開いてみたらあの頃よりもちょっと精悍な顔つきになった川村先輩の画像が載っていて、店主として挨拶文を書いていた。川村先輩はやり遂げたのだし、やり遂げたその高みでずっとやり続けていた。
 なぜ川村先輩との別れの日を思い出したのかというと、あのときの川村先輩が今の僕の背中をぐぐぐぐっと押してくれたからだ。僕にもあの時の川村先輩のような、節目とでもいうような瞬間がやってきた。熱くなって生きるかどうか、という選択肢が僕の目前にまで迫っているのがわかり、僕は肯定的な選択をし、その中へと突入することにした。その決心の際に、過去の川村先輩の言葉が勇気づけてくれたのだ。
 智鶴さんにはなんと言えばいいだろう。僕が白井との話し合いで敗れたことを。軽く考えすぎていたことによる恥ずかしさを噛みしめながら智鶴さんに説明しなくてはいけない。白井が言うところだと、その智鶴さんはパッシブ・ノベルによって僕の影響を受けた世界の住人としての智鶴さんだ。
 智鶴さんに力を借りようと思う。すべてを話し、僕はとりかかるんだ。なににとりかかるって、小説の執筆に、だ。
 この漂泊を終わりにするため。荒れた海を乗り越えて接岸し、錨を降ろすために、僕は書く。白井の書いた小説と対をなすように、いや、アンサーソングのように。自分の甘い部分に駆逐されないよう気をつけつつ、挑んでいくつもりだ。パッシブ・ノベルに押しのけられないくらいの力を持った小説を書き上げるためには、甘さは禁物だろう。
 僕は漂泊した白井を、繋ぎとめる気でいる。この現実に。そうしなくてはいけない、と判断したのだ。
 これは真剣にやることだ。混じりけのない本気として。そのために計算をしていく。
 やり遂げることができたならば、そのあとに三人で川村先輩のカレー屋を訪れようと思う。おそらく期待値を超えてくる、川村先輩らしい饒舌な味わいの素晴らしいカレーを食べさせてくれるだろう。川村先輩が全力を傾けたそのカレーが、ある種の必然だったのかもしれない僕ら三人の間に渦巻いたその混沌に、ほんとうに最後のピリオドを打ってくれるに違いないのだから。

 智鶴さんと十全なほどに話し合いを重ねた幾日か後に僕は執筆を始めた。
 その矢先だった。ノートパソコンのキーを叩き出すと、買い直したばかりの卓上鏡がひとりでに、洋服ダンスの上でぱたと後ろへ倒れたのだ。背中で聞いたその音に振り返り、いけるぞ、と僕は意を強くした。

【了】



参考文献
『「超常現象」を本気で科学する』石川幹人・新潮社
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『パッシブ・ノベル』 第二話

2022-11-17 06:00:01 | 自作小説13

 翌々日、仕事から帰ると、郵便受けにA4サイズ用の茶封筒が挟まっていた。引き抜いて部屋に持ち帰る。送り主は白井だ。早速、小説原稿が送られてきたのだ。この行動の速度にこそ白井の悲しいほどの切実さがはっきりと表れている。なんだかもの寂しくなった。テーブルに置いた厚みのある茶封筒が、報われることのない健気さの姿として目に映ってしまう。
 正直、読むのは面倒くさかった。僕はほとんど小説を読まないこともあって、ノンフィクションに比べて小説の読解はそれほど得意ではない。学生時代の現代文の試験では、選択肢があればなんとか正解できたほうでも、記述式になるとずれた内容をこれでもかと書いてしまったものだ。読解がその程度なのに、アドバイスまで頼まれている。できるだろうか。でも、やらないと、だ。智鶴さんのためには。そう思いながら、ソファに寝そべりながらしぶしぶ目を通し始めた。
 はじめは言葉の意味があたまに入ってこなかった。ただ字を追っているだけになった。それが、二ページ目の終盤あたりから白井の文体に対してまるで周波数が合ったかのように、筋がわかりだしイメージを浮かべながら読めるようになってきた。
 学生時代のスーパーマーケットでのバイトの時、あの川村先輩が休憩時間に僕をつかまえてこう言ったことがある。
「なあ、人っていろいろな面があるだろ。年寄りに席を気持ちよく譲ったやつがさ、陰で誰かを嘲笑って喜んでいたりもする。その他にも、いろいろな顔を持っているものだよな。なのに、人ってさ、そいつの一面しか知らないくせにそれがすべてだと勘違いするんだ。席を譲っていたことだし誰だれは善い人間なんだ、とか決めつけてしまうだろう? これは思い当ったりするよな? どうだ? ん、安達はそうでもないわけ? そうか。人は見たいようにその対象を見るんだってことを、リップマンが『世論』で書いているんだよ。正しい分析だと思う。で、見たいように見るにしたってその見方の土台になる人間理解ってものがものすっごく浅いがために、人のほんの一瞬の一面をそのすべてだって思いこみがちなわけだ。いつかのコンパで、俺は言ってやったことがあるのよ。それはこういうことだよ。サイコロを振って一の目がでました。そこにサイコロを初めてみたやつがいました。たまたま一の目が出たのを見たにすぎないのに、そいつはその一の目が出たっていうひとつの事実から、六面すべての目が一なんだろうなという勘違いをして、それをあっさり飲み込みました。……バカだろ。そのバカとここにいるみんな、実は同じようなものなんだぜ、全然気づいてないようだけどって。それが飲みの席だったわけ。かなり白けた。お開きになりそうな頃だったし、どうでもよかったんだけどな。」
 一の目が出たとしても、現実には側面の三の目や四の目だって眼に入るものなんだけどなあ、と思ったものだけれど、川村先輩の言わんとしていることに対しては、なるほど、というふうによくわかったし、仮にツッコミを入れたなら話がとんでもなく長くなり聞くのにかなり消耗しそうに思えたので、そのときは、川村先輩の言うことをそのまま聴くことにしたのだった。
 だけど、白井の小説の原稿をそうやってぱらぱらめくってみると、川村先輩が言ったように、白井をほんの一面でしかとらえていなかったのだ、と痛感することになった。僕は白井を自分の見たいように考えていたのだ。白井というサイコロは、すべて一の目でできているのだ、というように。
 半分過ぎまでざっと目を通した原稿を閉じて、白井の名前のみが書かれた表紙を眺める。きちんと読んでやるぞ、という気分に変わっていた。僕は表紙をめくり直し、今度は背筋を正した。

 それは題名のついていない、〝俺〟が語る一人称の小説だった。



 三四歳の〝俺〟はふと、とうに廃墟になったふるさとの村を車で訪れる。東北地方。秋田県のとある山麓に位置する村だ。
 〝俺〟は八歳の頃までその村で暮らした。人口は200人ほどで、小学校は一時間かけて近隣の町までバスで通っていた。
 荒れた家々がぽつんぽつんと建っている。ここは隣の山本のおばあさんの家だ、じゃあ、この先30mほど先に行ったところに建っているあの家が、〝俺〟が住んでいた家だ。中に入ってみた。
 玄関に鍵はかかっていなかった。埃がひどく、絨毯は土にまみれていた。居間の窓ガラスが割れている。狐か何か野生動物が侵入したような形跡があった。電化製品の類は一切なかった。古いタンスがひとつ残されているくらい。建付けの棚は空っぽだった。
 とくに目を引くような物品は残されていないように見えた、そんなとき、押し入れのなかに薄いアルバムが一冊落ちているのを目に留める。当時、写真館で現像を頼むとおまけでもらえた、大手フィルムメーカーのロゴの入った、24枚の写真が収蔵できるぺらぺらの紙製のアルバムだった。
 〝俺〟はそのアルバムを拾い、軽くはたいて埃を落とした。中に写真があるだろうか、とめくってみる。1ページ目には何も収納されていなかった。さらにめくると、二枚目に、丸眼鏡をかけた丸首の白いシャツ姿の初老の男性の上半身のスナップ写真がでてきた。面長の顔が、柔和に微笑んでいる。父だと思った。
 この村を出るきっかけになったのは、父の死だった。父が亡くなって、母は僕を連れて、町へ出たのだ。働かなければならないからだ。父はもともとこの村の出身だった。絵を描いたり、文章を書いたりしている人だった。
 ひと回り以上年下の母は、近所の農家に手伝いに行き、わずかな給金といくらかの野菜をいただいて、家族三人の細々とした生活の火種をくべ続けてくれていた。さらにアルバムをめくる。同じ父と、エプロン姿の母が写っていた。母はすこし上目遣いにこちらを見つめていた。
いつの写真だろうか。〝俺〟の姿はない〝俺〟が小学校へ行っている間に、誰かが撮ってくれた写真なのかもしれない。

 〝俺〟はそのアルバムを手に、村を後にした。




 そこで一旦、原稿をテーブルに置いた。湿り気のない文体だった。白井の、知られざる多面性が原稿として今ここにあるのだが、この時点ではまだまだ序の口。この原稿に、白井の様々な、隠された面々ある。その都度、顔をのぞかせては去っていき、また新たな顔がのぞかせる。その連続を感じさせるのだった。



 〝俺〟は自宅のアパートの、テレビ台の端に持ち帰った紙製のアルバムを置き、そのままその存在を忘れて眠った。母が亡くなったのは一昨年のことになる。もしまだ健在だったならば、このアルバムの存在を喜んだだろうか。
 翌朝から、おかしなことが起こりはじめた。いつしかブレーカーが落ちていて、電気が使えなくなっていた。冷蔵庫の中が常温になっている。幸い、冷凍庫のほうの中身は空っぽだった。部屋が埃っぽく感じられて咳が出た。
 会社へ行き、帰宅すると、郵便受けに母あてのハガキが入っていた。送り主の名前はなかった。時候の挨拶からはじまり、元気ですか、今度近くに来るので会えませんか、と待ち合わせの日時と場所を記していた。おそらく男性の筆跡だった。日付はもう二週間も前だった。
 テレビ台の上には変わらずアルバムがあったが、もう開こうとは思わなかった。外は雷雨になった。埃っぽいので掃除機をかけた。溜まったほこりををゴミ箱に捨てる。砂まで混じっていた。
 ベッドに横になり、うとうとしていると、誰かが部屋を動く気配がした。体を動かせずにいると、馬乗りになられた。強盗だと思った。だが、相手は馬乗りのまま〝俺〟の肩を抑えたまま、なにもしゃべらない。ようやく何かを言ったのだが、重苦しいしぼりだすような低い声音だった。聞くに堪えがたいような、怖ろしさを感じさせる声音だった。声は言った。
「お前は荒らしてしまった。お前は荒らしてしまった。静かな湖面に石を投げ入れたのだ。波紋には抗えない。お前は荒らしてしまったのだ。永遠を破ってしまったのだ。怒りを受けなければいけない。お前が荒らしてしまったから。」
 気が付くと、その誰かの重みは消えていて、自分の意識もはっきりし、体を動かすこともできるようになっていた。悪い夢だ、と〝俺〟は思った。




 不気味な話になってきたところで、サイダーの入ったコップに口をつける。粒立った甘味が鼻腔のなかに立ち昇って、軽い刺激を残し抜けていく。遠くで犬の吠える声が聞こえだして、しばらく止まなかった。それからアパートの横の道を自転車が通り過ぎていった。ライトの発電機を回しているのがよくわかるはっきりとした摩擦音が聞こえた。
 僕の頭の中にある小説の引き出しは限られている。誰々という作家の何々という作品にもしも白井の小説が似ていたとしても、まったく気づくことはできない。この小説は、オマージュや引用のない完全オリジナルだという仮定を前提としたまま、この発想はすごいだとかこの言いまわしがかっこいいだとかを、白井に言わなくてはならない。実際、そういった点では完全オリジナルなのかもしれない。もしもそのとおりのオリジナルであるならば、僕の知識の無さの露呈を危ぶみすぎることもないのだが。
 でも誰々や何々の影響のない作品なんてあり得るだろうか。外部の影響なしには、まず単純に言葉をうまくつかえないのだし。
ただ作品というものを考えると、そういった他作品の影響がきちんと消化されているのならば、創作するとき、細かい部分で露骨に表出してくることはないのではないか。消化されていたならば、自分自身の中でとろとろのジュースのようになって抽象化されたうえで染みわたっているはずだからだ。
 全体の印象から、誰々の影響があるんだな、などと感じ取って、そのうえでアドバイスをしてあげられたらというのが理想なのだけれども、僕はほとんどノンフィクションしか読まないのだから無理な話なのだ。白井には事前に読むジャンルを教えてありはしても、すぐにこちらの底が知れてしまうだろうことがなんだか頭から離れなかった。大丈夫だろうか、という弱気を振り払いながら、原稿の続きを読み始める。



 その日から、誰かに後をつけられている気がし続けた。常に誰かに視られているような落ち着きのなさの中にいた。
 そしてある時、夜道でのこと、人気のない暗がりの四辻で、背後からあのときの声が言った。
「早く部屋へ帰れ。これ以上、荒らすことは許されない。」
 〝俺〟は走った。帰ると部屋は荒らされていた。引き出しが床にひっくりかえされ、カーテンがひきちぎられていた。警察を呼んだ。通帳や印鑑などは無事だった。というか、無くなったものはなかった。いや、あの安っぽいアルバムだけが無くなっていた。
 部屋を片付けながら、あの廃墟になったふるさとにもう一度行こうと思った。
あくる土曜日の昼過ぎ。郵便受けに一枚のハガキが投かんされていた。「来てはいけません。」とだけ書かれていた。送り主の名前はない。消印もなかった。
 あの村の近くの町の図書館の郷土資料をあたることにした。あの村はいったいどのような村だったのか。どのように消滅したのか。
 うどなどの山菜類を出荷したり、そのほか、一般的な農作物の生産が主になされていた村だった。だが、人口の減少で消滅したに過ぎない。謂われのあるような村ではないようだった。
 ふと、父の葬儀の記憶がないことに気づいた。父は亡くなったと聞いたが、通夜にも葬式にも出た記憶がない。
 もしかすると、と思い、戸籍を当たることにした。父の死亡年が、聞いていたよりも7年遅かった。役所の職員に聞いてみると、それは失踪宣告になったからですよ、と言われた。

 親戚のいない〝俺〟には、これ以上深入りするのも難しかったし、それ以上踏み込むこともなんだかためらわれた。
 自分のルーツに関する謎には気持ちが悪かったけれど、〝俺〟は〝俺〟でとっくの昔にもうあの村から切り離された存在なのだった。切り離された存在なのに、戻ってしまった。それが、なにかを荒らしてしまったのだろうか。
 あの夜、〝俺〟に馬乗りになった相手は、父なのではないだろうか。そう思って、〝俺〟は鳥肌を立てた。




 以上が〝白井〟の小説の筋だ。締めくくりの部分ではなんともいえず肩がぞくぞくし、余韻に気持ち悪さを感じて、思わず身をよじるようにして原稿を閉じた。
 サイダーのコップ全体についた水滴に、持ち上げた左手の指が冷たく濡れた。なかなかおもしろいじゃないか、白井。
 余韻から抜け出せずにいると、突然バチッと大きな音がして部屋の中が真っ暗になってしまった。外の街灯の明かりがカーテンの隙間から部屋の中に射し込んでくる。おいおいやめてくれよな、と胸の内でこぼしながらテーブルのスマホを手探りで確かめ、すぐさま懐中電灯アプリを使う。玄関へ立ち、落ちたブレーカーを戻した。
 パッと部屋が明るさを取り戻すと、僕は息をのんだ。タンスの上の折りたたみ式鏡の鏡面がこなごなに割れて床に落ちていたからだ。
 割れる音にはまったく気づかなかった。いや、というか音はしなかったのではないだろうか。速く、強くなった鼓動が耳の奥でこだまする。なにがどうなってどのようにこなごなになったのかがわからないまま、無理やり身体を動かして掃除用ブラシとちりとりとで片づけた。

 翌日の昼休み。年下の同僚の女性に近頃のSNSの流行を尋ね終わったとき、そういえば昨日さ、と白井の小説を読んで起きたことを語ろうとした。でも、タイミング悪く課長がくしゃみを連発し始め、お互いの笑い声の中に話題は消えていった。
 帰り際。昼とは別の同僚とプロ野球の話題で盛り上がったあと、やっぱりこれは誰かに話したいと思って白井の小説を読んだときのことをしゃべろうとすると、二つ隣の席の同僚が自分のマグカップを落として中身とともに派手にぶちまけて騒ぎになり、またもや話す機会が失われてしまった。
 これらを僕は、奇妙すぎる偶然、というふうにとらえている。これらも、昨日の停電や壊れた鏡と同一線上にある出来事なのではないか、と疑っている。ちょっとひっかかるような不自然な偶然なのだ。
 部屋に戻ると、なにか変わりはないかと一面ぐるりと見渡した。不気味なほど、いつも通りの自室だった。僕は疲れていた。頭が重いし、どうやら熱っぽい。引き出しの奥から久しぶりにひっぱり出した体温計は、38度ジャストの数字を表示した。のどの痛みはないけれど、ついにコロナかもしれないと思った。
 翌朝、会社を休み、PCR検査を受けに行った。陰性の結果が出た。体はだるさに蝕まれながらも、気持ちはほっとした。それから智鶴さんにLINEすると、気遣いの言葉を返してくれて、気分だけはほとんど元気になった。
 帰宅してすぐ、熱くほてる重い身体を着の身着のままベッドに押し込むようにして休んだ。横になると、今日はそれまでずっと無理をして動いていたのを知ることとなった。仰向けになってみたらはっきりと身体中から力みが取れたからだ。重力がむしりとってくれたみたいな感覚だ。だが、だからといって、そんなに簡単に安穏を手にはできなかった。ほどなくして寒気がし始めたのだ。間違いなく熱が上昇するサインだ。もう熱にもだるさにも抗わず、過ぎ去るのを待つと決めた。というか、待つほかないと白旗を振った。
 部屋のチャイムが聞こえた気がしたのをきっかけに、それまで苦しめられていた混沌とした夢から半歩ほど、現実に戻る。それからシーツや布団に触れている感触がわかるようになったことで、さらに現実感を取り戻しつつあった。ただ、意味のおかしな言葉がいつまでも連続して頭の中を駆け回り続けている。それらがまだまだめまぐるしいなか、すぐ近くに智鶴さんのいるような気配を感じたとたん、ほとんど完全に現実に引き戻された。あれだけ暴れた意味不明の言葉たちは、痕跡も残さず別次元に消え去ってしまい、もはや思い返すこともできない。
 やはりほんものの智鶴さんが部屋に来ていた。
「ごめんなさい。鍵がかかっていなかったので。具合、よくないのでしょう。あの、何か作りますから。」
 薄い水色のカーディガンとチノパンツの智鶴さんだった。
「あれ、仕事なのでは。」
 かすれた声が出た。
「もう終わりました。」テーブルの上の置時計は後ろを向いている。カーテンを引いたまま寝たので外の様子もわからない。おそらく夜になっている。
 怪現象について伝えたかったのに、口を開けなかった。喉の奥にしっかりふたでもされたみたいに、いちばん話したいことがそこで跳ね返されて舌の上まで到達しない。そんな抑圧のようなものに捉えられていた。
 不自然に黙りこくっている僕を見て、智鶴さんは「わかっていますから。」と言った。凛とした語気だった。そうだ、そういうことだよな。ぎゅっと強張り始めていた肩の力が抜け、安堵感が身体中に広がっていく。
 布団から抜け出ると普段着のままの状態だったので、テーブルについた僕を見る智鶴さんの眉が柔らかくすこし下がっていた。
 まだ強い倦怠感から脱していないのに、智鶴さんの手料理を前にするとにやけてしまい、いいのだろうか、と浮足立つ自分が不謹慎のように思えて、抑えて正すべきかどうか迷った。なにも大事な会議中でもないのだし、葬式に出席中でもないのだから、ましてや体調不良と怪現象になんか気を使わなくてもいいんだよな、と手料理のポトフのスープ皿からすくいだしたじゃがいもを齧りながらようやく真っ当に戻れた気がした。……さて。
「そろそろ話しても大丈夫かな。」
 なんとなく周囲を見渡した。
「わかりませんが。私も話ができたことがないので。」
 僕だけではなく、智鶴さんも息をのんでいる。静かだ。背中がむずがゆくなるくらいに。
「あの小説おかしいよ! だってさ!」
「勝手にやかんが台から落ちたんですよ!」
 同じタイミングで、僕も智鶴さんも静けさを蹴破り大声で言い放っていた。智鶴さんがはっと目を見開いていて、おそらく僕も同じような表情でいるのだろう。これなら話せる。同じ経験をくぐり抜けた二人でなら話せる。
 外の道を誰かが走りすぎていく足音が聞こえた。僕の部屋は一階なので、誰かが靴裏で路面の砂利を踏み散らす音まで聞こえてくる。突然走り出したような足音の仕方だった。誰がいるのだろう、と気になった。
 テーブルを挟んで僕らはカーテンの引かれた窓を見た。その向こうを見透かしたかった気持ちは僕だけじゃないはずだ。立ち上がってカーテンを掴み、窓の外を眺めたが真っ暗で何もわからない。外からは僕の姿がはっきりと見えていることだろう。カーテンを戻し、テーブル前に座り直した。智鶴さんは不安げに腕をさすりながら早口で言う。
「熱が出るのも同じだなんて思ってもみませんでした。やかんが落ちたり、ブレーカーが落ちたりは不自然な現象だとわかってましたけど。小説を読み終えてすぐですよ。小説だってあの終わり方はちょっとぞわぞわしますよね。そこで真っ暗になって、やかんががしゃんです。悲鳴すら出なくて。ほんとに怖かった。」
「僕もブレーカーが落ちたよ。で、鏡が割れてた。気味が悪かったね。智鶴さんは誰かに話してみようとした? 僕はしたけど、どうしてなのか邪魔が入って話せなかったな。話せたのはやっと、今だよ。」
「やっぱりそうでしたよね。友達に電話で話そうとしたらつながらなくなりました。もう嫌だと思って、ずっと抱えてました。」
「白井さんに話そうとしたことは?」
「ないです。それがいちばん、怖いんです。」
 身体はさっきより軽くなり、口も回るようになっていた。熱は微熱程度にまで下がってきたようだ。そして、そういえば、と気づいて引き出しから取り出してマスクをつけた。
「だけどね、白井さんには小説の感想やアドバイスを求められてたよね。純粋にこの小説についてだけの話をしたの?」
 智鶴さんはずっと僕を正面に見据えたまま話をしている。周囲を気にしてはいけない、と自分で決めてどこか耐えているかのように瞳を小さく揺らせるときがある。
「そうです。こういう出来事のあとですから、アドバイスのためにまた初めから読み直すなんていうことはできなくて。表面をなぞる程度のアドバイスになってしまったと思います。」
「そうなるのは、当然だよ。逃げ出すだとか、拒絶するだとかでも普通の反応だと思う。白井さんと距離を取ろうとしなかったのはすごいけどな。フリーマーケットにも呼んでさ。僕は今、はっきりいって、白井さんとは会いたくないよ。」
 そこで智鶴さんが初めてうつむいて、視線を落としたまま、とつとつと言った。
「逃げることは簡単です。白井さんと距離を置くこともそうです。」
「だけど、」
「いえ。あの小説に何かがあるなら、著者にこそ何かがあるんじゃないでしょうか。」
 不意に白井に何かが憑りついている様を想像した。智鶴さんは続ける。
「私は関わろうと思ったんです。拒絶するのではなく、関わってみようと。見離すべきじゃないというか。でも、私だけではどうしようもできない。だから。」
「僕が巻き込まれたんだね。」
 一瞬、照明がチカチカと明滅した。
「もともと安達さんにもアドバイスが欲しいと白井さんは言っていて。後押ししてしまいました。すみません。」
 部屋の天井のあたりが小さくみしみしと鳴り始めた。ちょっと、出よう、と僕は智鶴さんを屋外に誘った。

 満ちるまであと数夜という月が出ていたが、星のよく見える夜だった。三、四分歩いた近場にある公園へ二人で入った。フェンスの近くに置かれた木製のベンチ。座面を一度手で払ってみてから智鶴さんと腰掛ける。犬の吠える声が少し遠くから聞こえ続けていた。
「思い出したんだけどね。一連の現象はね、シンクロニシティって言うんだった。」
「シンクロニシティ。それって、そうですねえ、繋がりあうと考えられる物事や出来事がたまたま同時期に起こること、ではなかったですか。」
 智鶴さんは片手で頬を押さえるような仕草で、少し考え込むように首を傾げた。
「そういう理解のほうがたぶんメジャーだよね。シンクロニシティを唱えだしたのはユングなんだけど、当初、シンクロニシティとされた現象にはもっと怪現象といえるものがあったんだ。」
「たとえば、どういった感じなのでしょう。」
「まずバスケットの中にパンがあってその横にナイフが置いてあったんだよ。パンを切るためのナイフだね。ナイフの置かれたそのバスケットはサイドボードの抽斗の中に仕舞われていた。だけど、そのナイフが突然、抽斗のなかでものすごい音とともに四つに折れたっていうんだ。その場には、ユングと彼のお母さんと召使いしかいなくて、もちろん抽斗にも、言うまでもなくバスケットにも触れた者はいなかった。でね、ユングはそのとき、近頃知り合った若い女性のことを考えていた。彼女は霊能力を持っていると見られていて、ユングは彼の実験の材料に彼女を使ってみようと決心した矢先だったらしい……という話がある。」
「それもシンクロニシティなのですか。」
「そう。この観点から白井さんの小説を考えてみないか。しかし、まあ、巻き込まれてしまってまったく、なんてこった、なんだけどさ。」
 僕は声を出して笑ったが、電灯の薄い明りに照らし出された智鶴さんの表情に変わりはなく真剣なままだった。いや、うっすらと目許がやわらいだようにも見えたが、確かではなかった。犬はまだときおり吠えていた。
「私はこの白井さんの小説って、あんな出来事を抜きにしたならなかなか面白い小説だと思いました。まず読みやすかったですし、どんどん話が展開していくスピード感がありましたし。時間を忘れて一気に最後まで読めましたから。」
「ひとつの文章が短いし、簡潔だし、展開に無理もなかったから読みやすかったんじゃないかな。内容の話で言えば、荒らしてはいけない何かを荒らしたってことが要の部分だったね。廃墟の平穏を荒らして、怒らせたものがあるのだろうとは思ったけど。」
「それで不思議な出来事が私たち読者の現実に起きてしまって。シンクロニシティって言っていいんでしたね。私たちは、あの小説を読むことで何かを荒らしたのでしょうか。あの小説に閉じ込められた平穏を、または白井さんの何かを、読むという行為によって土足で踏み荒らす意味になったのかな。」
「でも、読んでほしいと言ったのは白井さんだからね。読む行為が土足で踏み込む意味にはならないと思うよ。」
「白井さんの意識上はそうだったのだとしても、意識下の白井さんはそうではなかったり、なんてありえませんか。」
「うーん。それはあるかもしれないな。」
「それと、シンクロニシティって、善い力なんでしょうか。それとも悪い力なんでしょうか。」
「それははっきりとはわからないよ。おそらく、どちらもあるんじゃないかな。だってさ、ころころ変化する人間の内面が関わっているんだから。善いだけの人間はいないし、悪いだけの人間だっていないものね。人間はサイコロみたいなもので、善の目がでるときもあれば悪の目がでるときもあって、様々さ。」
 あの小説も、あの小説を書いた白井も、六面体のサイコロではまったく収まりきらないくらいの複雑な多面体なのだろう。僕よりも、そして智鶴さんよりもおそらく複雑で、もはや球体と見分けのつかないくらいの多面体だったりして、と想像を膨らませたが、それは大げさかもしれないな、とすぐに思い直した。
「近いうちに白井さんと話をしてみるよ。」
 今行き着けるところまで一気に話を進ませた僕を見た智鶴さんのその見開いた目に「もしかしたら、どうにかできるから。」と言い聞かせるように言った。まったくの見栄でもなかったのだ。
「私は白井さんと彼のお父さんとの関係が気になります。あの小説のラストが明かすものに込められている何かがあるからこそ、私も安達さんも影響を受けたのではないかなと思うんです。」
「そうだね。僕もそこがいちばん気を付けなければいけない点だと睨んでる。まあ、まかせて。」
 智鶴さんには頼りがいのある人だと思われたい。白井との話し合いの席上ではあの小説について深い話に持っていきつつ、くわえて智鶴さんと僕の間をとりもつ約束について念を押しておきたかった。この心境を他人に言ったなら、この期に及んでもか、なんて思われてしまうだろうけど、あれはあれで、これはこれなのだ。先にあの小説の影響を受けた智鶴さんによれば、この怪現象による熱はまもなく引くらしい。それならば、智鶴さんとうまいくいくための方面へと頭を働かせるのは当然だろう。自分の体調を気にしてパニックになっている場合じゃない。
「安達さん、気を付けてくださいね。」
「うん。まあ安心してて。」
「そう、ですか?」
 実際、僕の気分はすでに晴れていた。夜空の星々の祝福の光。親身なその暖かさのおかげかもしれなかった。ただの悪い夢だったんじゃないか、と思えるくらいはるか彼方の心理的僻地にあれだけの怪現象の記憶は小さくある。
 すぐ横に智鶴さんがいて、彼女の息遣いやまばたきや、目許や眉の筋肉の緊張や弛緩や、足元の土をたまにざりざり鳴らす靴の動きや、太ももの上から飛び立つ右手や左手の舞いや、その存在全体が放出している言葉にはならない多くの情報量を、僕は無意識にすべて受信するべく僕という存在を彼女の存在に向けて開放している。怪現象についての話し合いすらいつしか、ベスト・オブすなわち、至福の時間になっていた。僕は自分がこれほどまでにおめでたい人間だとはこのときまで知らなかった。
 あのような怪現象が身に降りかかっても、智鶴さんが白井を悪く言うことは一度もなかった。僕には白井がとても気味悪かったけれども。智鶴さんは見事なほどの自制心の人なのだ。ちょっとやそっとではゆるがない心の機制を持っている。公園からの帰り道、お互いに無言になったときにそんな智鶴さんのあり方を尊敬の眼差しで眺めるように考えていた。そうしているうちに、でも素直さってそんなに偽善的なのだろうか、という気もし始めた。智鶴さんは素直な気持ちに悪い感情が起こるのはしょうがないことだと考えているらしいし、そこに赦しや諦めの気持ちを持っているようだけど、それにしては良くない素直さは表に出すべきじゃないとしている。成熟とはどういうことなんだろうと考え直したくなる。僕に限らず、ときとして、不自然かつ窮屈なふるまいを成熟とみなすふしはないだろうか。とはいえ、結論を今すぐ出すにはこのテーマは難しすぎた。
 どこかで犬の吠える声が裸の心を通過していく。忌々しかったり騒々しかったりすることはなぜかなかった。反対に、吠え声に呼応するように少しばかり力が漲ってくるくらいだ。
 深呼吸する。湿った夜気が、落ち着きなさい、とでも諭すかのように肺をひんやりと満たしていった。

(続く)

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『パッシブ・ノベル』 第一話

2022-11-16 06:00:01 | 自作小説13


 例年よりずっと長引いた、むせるような残暑だった。その残暑の去った九月下旬の休日、図書館前のプロムナードで中古の本を売るフリーマーケットのテントに、スタッフとして僕は居た。
 少々黴臭いその陰のなかからすっと立ちあがって抜けでる。しばらく客が途切れ、智鶴さんとの会話も途切れてしまったつかの間、午後の黄色くまるい日射しを浴びることで、舞い上がった気持ちを落ちつかせたくなったからだ。
 図書館は、四方を低い山々に囲まれた静かな町のほぼ中心に位置する。視界には、ぽつら、ぽつら、と薄く小さな雲が五つほど浮かんでいた。今にも別世界へと旅立ち、消え去っていくかのような、儚げな雲たちだった。でも、そちらをまず気にしたものだけれど、今日の主役は断然、雲たちよりも大空のほうだった。まあ主役については智鶴さんを別格として、自然物の中での主役という意味での話だけれど。
 雲たちが自らの揺るぎない舞台としている大空の、今日の青の密度。こちらの肺の奥にまで沁みわたってくるような感傷的な色味、厚みがあるのにあっさりとしてもいるその青がいつにも増して僕の目を惹きつけてやまない。そこには永遠に答えを知らされることのない底なしの謎のような魅力が溶け込んでいた。様々な解釈を許す大空だと言えた。
 眺めれば眺めるほど、言葉が意味を成さなくなっていく。正面から向き合ってこそ気付くことだが、大空を構成する多義性って、きっと人知を超えているのだ。
 その大空の姿が放っている、伝わるに違いない人にだけ向けた訴えというものが実は存在する、と僕は思っている。なぜわかるのか? 僕はそれを受け取ったからなのだろう、つい泣き出しそうになったからだ。切ないからじゃない。悲しいからでもない。たぶん今の恋心と反応を起こしたからだった。
 恋心。そう、最っ高の店番を、まさに僕は今している。なぜ最っ高かといえば、恋心がずっとはぜ続けるベスト・オブ・ザ・ワールドの店番、つまり至福の店番だからだ。そう、智鶴さんなのだ。
 だけどもしも、その背後で手綱をひく理性の手元が狂い、万が一にでも恋心を抑えそこねてしまったら、と考えると、もの恐ろしく感じた。それに、だ。恋心が想定よりずっとはぜてしまってそのサポートに多くの力が必要になることだって十分に起こり得るのだし、そこでの対応がうまくできるかどうかに自信があるとは言えなかった。対応できなければ、氾濫した恋心の濁流が理性の防波堤を乗り越え、これまでたくさんの時間をかけてわずかずつ造り上げてきた「好印象の像」を突き倒していってしまうだろう。かすり傷では済まない被害を受ける。間違いなく。
 自分がまだまだ未熟な人格だってことはよくわかっているつもりだから、意識のどこかで自身を客観的に見つめ、冷たく監視する集中力を切らさないでいられることが、今のこの状況の大きなポイントだった。理性による統制下でならば、心を全面的に向けていていい、テントの下、共に本を売る智鶴さんへと。
 それはそうと、どうして智鶴さんに恋をしているのと、空の素晴らしさとが反応するのだろう。お互いに通じるキュンと胸をつく気持ちを感じるのはなぜなのか。
考えていると大学生の頃にバイト先で川村先輩が言ったことを思い出した。スーパーマーケットの休憩室で教え諭すように彼は話してくれた。先輩はいつも、もそもそと聞きとりづらい口ぶりだったことを覚えている。
「なあ安達。恋をするとなにもかもがそれまでと違って見えるようになるっていう話、聞いたことあるか? ある? じゃあどうしてかわかるか。わからない? そうか。じゃあ俺が特別に教えてやるから聞いてみるか? よし。恋人同志になっての大目標って、はっきり言うけどセックスだよなぁ。将来の初セックスを達成する時点を固定して、そこから振り返るように考えてみるとわかることがあるんだ。セックスって、なにかのプレイとか強姦とかじゃなきゃふつうはお互い裸になってするものだろ。それはいきなりだと恥ずかしい。だから肉体的な裸に先駆けて、まず心を裸にしてみせあって予行練習するのが恋愛の進行ってものの、実は内実なんだよ。それに相手がどんな人なのかがわかってくる段階じゃないとセックスするのは危なくもあるからな、だから大丈夫だろうかって予行練習するんだ。で、恋をしていないときの心は、ふつう裸じゃない。まあ、いつだって裸に近い人もいるけど、それはちょっと例外とする。ふつうは誰にでも心を裸にしてると、不意に傷つけられたり、悪意の標的にされて痛めつけられたり、まあ生活が持たないと思うんだ。でも恋人同士でだったらな、お互い好きなんだし心を裸にしてても攻撃なんかしあわなくて優しく撫で合うものなんだよな。恋をしてると世界が違ってみえる、生きいきとして見えるのはなぜか。心を裸にする時間ができたためだよ。もっと解説するとだな……」
つまりは、恋によって心が裸になっているぶん感度が上がるんだ、ということだった。敏感で傷つきやすい半面、たとえば裸でいることで外れた五感の防御フィルターは、いつもだったなら素晴らしい大空からの訴えの多くを余分なものだと判別して跳ね返してしまうところだがそれがなくなり、跳ね返されずに素直に伝わってくる。
 だから心が裸である僕の今日の一日はほんとうに生きている実感に満ちていた。智鶴さんのおかげで、世界が何倍にも豊かになっているんだ。空と恋とのその源にある共通項については正直よくわからない。でも、空と恋の共鳴は、僕の内部にちゃんとハートが備わっていることを教えてくれる。相手に対してかけがえのない想いがして、嬉しくなって、知るんだ。観念でしかないはずのハートが、マテリアルとして実際、僕の内部にきちんと存在するんだ、と。ふだん、計算ばかりを頭でしがちな僕であっても。

 道路に面した花壇には黄色いマリーゴールドが列を成していて、近くのバス停には紺色のリュックを背負ったじいさんがあたりに視線を漂わせながらバスを待っていた。さっき、僕たちから月の写真集を買っていったじいさんだった。
 まもなく到着するバスから、白井が降りてくることになっている。携帯で時刻を確かめる。一時五八分着だから、あと七分だ。白井の到着を思うと、裸の心の居心地が悪くなった。
ちゃんと服を着ていなければいけない。さらには鎖帷子でも着込むとか。そんな気構えじゃなければ、白井との対峙に耐えられなくなりそうだ。丸裸で会っていい相手ではない。あいつがどんなふうに考えているのか、はっきりとはわからないにしても、智鶴さんを間にすると僕とあいつはおそらく敵同士なのだから。
 表面上は友好的に接しあっているが、少なくとも僕にとってはその水面下では凍えそうなくらい気持ちが強張っている。
バイトの先輩だった川村先輩は、こういう場合の対処法についてはなにも教えてくれないどころか、彼との間ではニアミスする程度の話題にすらのぼらなかった。川村先輩も僕も、当時まだまだ牧歌的な世界にいたのだ。想い想われるだけじゃ割り切れない三角関係の息の詰まる水中戦なんて、現実の話なんかではなく、小説やテレビドラマだけで扱われる劇的な想像物にすぎないとぼんやり思っていた。今振り返ればわかりすぎるほどだけど、僕はもちろんのこと、口調こそもそもそしながらそれでも滔々と恋の持論を披歴してくれ、イデオローグを気取ったふうな川村先輩だって、ずいぶん人間の厚みがぺらっぺらだったのだ。
 現実はおもむろに刃先を見せて迫ることがある。そんなときはどうする? こちらも刃先を見せて受けて立つか、それとも睨み合いながら間合いを外すか、その場からあとずさって逃げの手にでるか。あるいは、丸腰だったなら、はったりをかまして心理戦に持ち込むか、一目散にその場から走り去るか、さっさと白旗をあげて現状の保証を乞うか。
 三角関係に陥るということは、そういった局面を迎えることに近いと思う。この局面にいると体力的にも精神的にもとても消耗することを知ってしまった。白井だって僕と同じか僕以上に消耗しているんじゃないだろうか。いやいや、そうじゃないとまずい。白井の消耗がそれほどではなかったならば、ここぞという時に勝負をしかけても簡単に返されてしまいそうだし、反対に向こうから勝負をしかけられたときにうまく対応できなくてあっという間に打ち負かされてしまいかねない。
 率直に言うと、白井が今どういう心理状態でいるのかまったく読めていない。表面上、あいつの表情やふるまいにはなんの苦しみもダメージも迷いも浮かんではいないからだ。智鶴さんと僕と白井は、三人集まるとまるで三人だけの仲良しの友人同士というような様相になる。だから、自分たちを遠くから眺めるようにして考えてみると、僕は単なるひとり相撲をとっているだけなんじゃないかと思えて気さえする。智鶴さんを好きなのは僕だけで、実は白井は恋愛感情で智鶴さんを見ていないのではないかと。
 智鶴さんは智鶴さんで、僕にも白井にも同じように好意的に接してくれているように感じる。だけど、気のせいかもしれないが、白井に対する智鶴さんの目許の表情がわずかながら僕へのものより屈託のないように感じられるのがひっかかった。白井に恋愛感情がないとすれば、僕が智鶴さんを好きだということをはっきり白井に告げて、邪魔をしてくれるなよなり、応援してくれよなり言えば、局面はがらりと変わるのではないか。というより、僕の頭にへばりつく今の苦しみの局面は、ただの幻想にすぎないものとして片付き、解放へ向かうのではないか。
 バス停のじいさんがリュックの背負い紐を両方ともがっしりと掴んでたたずまいを直しながら右方を向いた。白地の横に赤のラインが入ったバスがやって来る。そのバスから白井が降りてくるのかと思うと、マスクのなかで吐く息が思わず太くなった。
 僕はフリーマーケットのテントに戻り、智鶴さんに「今日の空はほんとうに気持ちいいよ?」と、白井のせいで裸の心にしょうがなく服を着こみだす直前に声をかけた。それまでの楽しかった気分が名残惜しかった。智鶴さんが、ひこうき雲、と言ってわずかばかり細めた目の表情が生きいきとしていて素敵で、今このときからしばらく時が止まればいいのにと思わず願ってしまった。
 振り向いて再び空を仰ぐと真っ白いひこうき雲が直線状に引かれはじめていた。
「ほんとだ。」
向き直ると、風が遊んで、台の上で平積みの古い映画誌のページがぱらぱらとめくれていった。

「何冊、売れましたか?」
 無骨さのある短く刈った髪形の白井は、黒のカラージーンズを履き、灰色のショルダーバッグを下げた朽ち葉色の格子柄のネルシャツ姿で、テント前に立ち止まるとめがねの曇りを気にしてマスクを一度顎下までずりさげながらまず僕に尋ねた。
 ついに口火が切られてしまった形、案じていた局面が進行していく形だ。実際ほんとうにただの幻想だったらいいのに、というさきほどの思いがぐちゃぐちゃと葛藤を起こしはじめる。めまいのように回転する心中に気を取られつつ、売上表に書き込まれた書名の数を数え始める。視線が文字の上を何度も上滑りしてしまう。
「お仕事お疲れさまでした。来て頂けて助かります。すみません、ご無理させてしまって。」
 隣に座っていた智鶴さんが身を乗り出すので売上表から目を持っていかれた。目許も声音もとてもやわらかい。売上表をつかむ指に力が入り、端がぐしゃりと歪んだ。
「前からシフト希望をだしてましたし、なんでもないですよ。それに楽しみでした。」
 気持ち口角をあげてみせる白井の働くホームセンターはこの町では一番大きな店だ。白井は二年前の春先に秋田県から移住してきた。以来、パート勤務をしている。一度旅行に来て北海道の雰囲気がとても気に入り、そのときから移住を考え始めたのだそうだ。こんな田舎町でも、彼の故郷よりずっと人自体がさっぱりしているのだという。智鶴さんと白井と僕の三人で食事をしたとき、世間が狭くて窮屈じゃないかと聞いても、白井は微笑むだけだったのを覚えている。今みたいな口角の持ち上げ方だった。
「二七冊。当初予想していたよりいいペースで売れてる。絵本を一三冊買っていったお母さんがいたのがデカい。」
 事務仕事の口調になったのは、二人の間を漂いだした空気がおもしろくなかったからだ。熱を帯びる前に、冷ましてやりたい。
「僕が出した文庫本は軒並み並んだままですね。」
 白井は背表紙を並べた文庫本の列が四列、みっしりと収まっているダンボールを眺めつつマスクをつけ直している。
「今日は大型本や単行本が、なんだか売れる日みたいで。私の文庫本もまだ手がついていないです。」
 間を置かずに話を引き取る智鶴さん。
 悔しいけれど、どうやら温まっていく雰囲気には抗えないことが瞬時に察せられた。それじゃ僕も話の流れに乗ってやろうと気持ちを翻して言った。
「僕の新書もまったくなんだよ。興味を惹くものばかりだと思ったんだけどな。わかんないものだね。」
 フットワークの良さで勝負する。
「私のも、読んでよかったぁって思ってもらえそうなものばかりなんですけど。まるで。」
 智鶴さんが、久々に僕を見てくれた。ふう、なんだ、ちょっと焦ったけれど、簡単に追いつけたんじゃないかな。
「僕の海外古典だって贔屓目じゃなくても良いもの揃いなんですが、やっぱり好みの問題なんでしょうか。」
 白井は同意を求めるような目つきで、僕と智鶴さんを交互に見た。
「でもまあ、僕らの出した本ってのは、はっきり言わせてもらえば全部そうとう地味だし、お客さんの目にまったく留まらなそうではあるんだよね。客層が違うっていうか。」
 腕組みをして軽く鼻を鳴らした。万座爆笑を予期したのだが、智鶴さんと白井は悲しげな顔をして俯いてしまった。
 すみません、と声がした。白井の後ろから三〇代くらいの女性が二人、顔をのぞかせている。どうぞどうぞ、見ていってくださいと応えた。いらっしゃいませ、どうぞご覧になっていってくださいと智鶴さんにもさっと笑顔が戻った。白井も、ごゆっくり、と客の二人に声をかけ、テントの内側へとするりと移ってきた。
 さきほどのひこうき雲は長く南へたなびききり、智鶴さんが声をあげたときに比べて、もはや上空のつよい風にほどけて薄くなり、まったく動じることのない大空を背景に、太く歪み、曲がりくねってほとんど消えかけていた。

 白井が図書館のトイレに行っている間、隣で智鶴さんがため息をついた。売り上げがもうちょっと欲しいのかな、と聞くと、それはそうなんですけど、ともう一度浅いため息を吐いた。
「安達さんには教えてもいいって白井さんは言ってるんですけど。」
 安達さんとは僕のことだ。
「うん。なんだろ。」
「白井さん、実は小説を書く人なの。毎年新人賞に応募しているんですよ。でもこの町じゃ珍しいでしょう、同人誌をやるったってまるで仲間がいないくらいに書き手はいない。かといってネットで仲間を作って同人誌をやるのは性に合わないって言ってるし。投稿サイトも好きじゃないみたい。それでもとにかく書きたくて、書きあげたものをいろんな人に読んでほしくて。それで、読んでもらうのに一番いいのはプロになることだって、もう自分が歩く道はこうだって決めたんだって。」
「そう教えてもらうと、そんな雰囲気はあるわ、白井さん。もとからそういう人だったように思えてきた。」
「彼は海外小説が好きだし、読んでいる割合もそういったものにずいぶん傾いている。だから、自分の文体がどうしても翻訳文みたいになるのをどうにかするべきなんじゃないかって考えていて。わたしは反対に日本の小説ばかり読むほうだからアドバイスを頼まれるんだけど、でもわたしが読むもののほとんどは女性作家のものだから、あんまり助けになれなくて。男性作家の文体の傾向だとか文章の性質だとか、違いがあるでしょう?」
「僕はノンフィクションばかり読むタイプだから、もっと助けにならないだろうな。」
「ううん。小説を書くには小説ばかり読んでいてもだめだって白井さん、言ってました。だから安達さんに相談して、これは読んだほうがいいっていうノンフィクションをいくつか教えてもらいたいって。それに、白井さんが書いているもののなかで現実味を増した方がいいような部分を指摘して欲しいって。」
「それは、僕に白井さんの書いた小説を読んで感想や助言をもらいたいってことなのかい?」
「たぶん、あとで頼まれると思う。言いだしにくそうだったら、わたしが仲介するかたちでと考えていました。どうですか? なんだか白井さんより先に根回ししているようになってしまいましたけど、わたしとしても安達さんに力になってほしいんです。」
「そっか。考えておくよ。しかしなんだか重大な任務のような気がして気後れするんだけど。智鶴さんはもう読んだんだね?」
「はい。三作品読みましたよ。一番最後に読んだのが、白井さんのとっておきで。これから時間をかけて直していきたい作品だそうです。この作品を安達さん、頼まれると思います。」
「ちょっと前知識いれておきたいな。内容を軽く教えてくれないかい。」
「それは無理なんです。」
 きっぱり言い切った智鶴さんの眼光が一瞬、奇妙なほど鋭利になった。それから目の表情の色がなんら前兆すら見せずにすとんと消失した。不意打ちをくらったように僕は気圧され、心ならずも視線を逸らさずにはいられなかった。自然と呼吸も弾みだす。
「え、なんで?」
「先入観なしに、白井さんの作品世界に触れてほしいからです。」
 智鶴さんの視線が気まずそうにどこか所在なげに宙をうつろう。
「それだけ? なにかがさ、あるんじゃない?」
 反対に僕が場の空気を損ねだしてでもいるようになってきて急激に居心地が悪くなった。ソーシャルディスタンスを保っている智鶴さんと僕との間が、急に一枚の透明な膜の出現にぐいと深く隔てられた気がした。コロナ禍のほとんどの店で使われているアクリルの透明な板やビニールシート、これらによって仕切られているときよりもなにげなく隔てられた気はしたのだけれど、しかしながらそこには意思がしっかり存在し、ぽーんと突き放された距離感みたいな心理的生々しさがあった。それは仲間外れを静かに決行されたときの空気のように。
 無言の智鶴さんに、繰り返し「ほんとにそれだけなの?」と聞いてみたが、人が変わったように口をつぐんでしまった。智鶴さんの頑なさは、露骨な反応ととれる。白井の小説に、何かひっかけがあるのかもしれない。あるいは、僕に読んでほしいというその頼みごとの意図になにがしかの裏がある。そして、智鶴さんと白井の間に、なにかの結託があってもおかしくはなさそうだ。不気味さよりも嫉妬を覚えた。
 すこしでもヒントをひっぱりだしたくて、智鶴さんへの巧い声のかけ方を考えてみたが、そうとは思いつかずやきもきしているうちに客が来て智鶴さんが応対し始めた。
 ツバ付きのニット帽をかぶった若いお母さんと赤い薄手のキャラクタートレーナーを着た幼稚園児くらいの歳の女の子の親子連れだった。絵本ってどんなのがありますか、と智鶴さんに聞いている。どうやら今日はほんとうに絵本のでる日だ。
 本を売るテントの右横に重い存在感を漂わせる図書館のファサードは、全面がガラス張りでところどころ淡い白色の光がつるんとした曲線状に反射しくるくる動いている。その奥から白井が出入口のドアへ近づいてくるのが見えた。
 あのひこうき雲はもう散っただろうな、どこまで散ったかな、とテントの影から抜け出て大空を見上げると、すでに跡形もなく消え去っていて、どこにあのひこうき雲が引かれていたのか、そのだいたいの位置ですら見当をつけられなかった。

 親子連れの客は、絵本を二冊購入して帰っていった。主に応対した智鶴さんはいつもの笑顔に戻っていたし、親子連れとは和気あいあいのやり取りをして、テント内に戻ってからの僕は複雑な気分だった。けれど、なんにせよほっとしたのだった。
 白井がトイレから戻ると、入れ替わりで智鶴さんが図書館内のトイレへと立った。白井と二人きりになる。プロムナードをかすめるように黒い犬と散歩する中年の女性の姿を眺めた。
「安達さん、ご存知ですか?」
「なにをかな。」
 犬を連れた婦人の姿をまだ目で追っていた。朱色と灰色のウインドブレーカーにピタッとした黒のパンツ。大きなサングラスをしている。
「このフリーマーケットの売り上げの行きどころですよ。」
「そういえば聞いてなかったな。智鶴さんの収入というわけではなさそうだけど。」
 黒い犬は芝生の中に何度も入りたがるのだが、婦人は意に介さずリードを強く引きながら直進する。そのまま建物の陰へ歩き去っていった。
「図書館に寄贈する新刊の資金にするそうです。あと読書会の足しにしてもらうと。ここに集まった本はほとんど読書会のメンバーたちからのものだそうです。」
 テントの屋根が視界の妨げになっていたので背を縮め、上目遣いで右前方すぐの図書館を見た。建て替えになってもうすぐ一年が経つ図書館だ。
「そういえば智鶴さんに読書会に来ませんかって誘われてた。白井さんは読書会に参加してるの?」
「いえ。僕はあんまりそういう、多人数の集まりって苦手で、避けてしまいがちなんですよ。」
「白井さんはどこで智鶴さんと知り合ったんだったっけ?」
「図書館でですよ。同じ棚の前にずっと二〇分くらい隣同士で立っていて。まあ僕にしてみればいつもの海外小説棚なんですが、智鶴さんにとっては珍しく探しものでその棚に来ていて。智鶴さんは作家名も小説の名前も忘れてしまって、おまけにスマホを車内に置いてきてしまっていて、どうにか思いだそうしていたみたいですけど無理で、僕に声をかけてきたんです。ずいぶん昔に映画化されていて、とても有名な女優が主演で、アカデミー賞を獲ったんじゃなかったかなあ、その原作なんですが、と。『ピグマリオン』だったんですけどね。」
「ごめん、知らない。」
 そうですか、といって白井はマスク越しに鼻の頭を掻きながら少しだけ微笑み、そのあとしばらく沈黙が続いた。小説家になりたいのか、と聞きたかったけれど、智鶴さんのあの態度の硬直化の場面が頭をよぎったことで、なんだか言いだす気がしぼんでいた。くわえて、それがずっと頭にこびりついて離れず、会話を再接続するためのきっかけになるような他の話題をなかなか思いつけなかった。
「あのさ、秋田より暮らしやすい?」
 ようやく声がでた。別に話を続けなくてもいいかなという気になってはいたのだけど、白井が秋田出身だったことをはっと思い出すと考えるより先に話しかけていた。
「はい。伸びのびと生活できています。パートだから収入は少ないですが、贅沢しなければ、まあなんとかなっていますし。」
「白井さんさ、全然なまらないよね。」
「小さい頃からなまりが嫌いだったんですよ。標準語でばかり喋るようにしてて。だから嫌なこどもだったんですよ。自分はみんなと違わないといけないって思ってる雰囲気、隠せませんでしたから。」
「居心地が悪かったってそういうことだったの?」
「ええ。それも大きいです。」白井は視線を一段下に落とし、「僕とは理由が違うようだけど、智鶴さんも居心地が悪かったって。学生の頃まで。」そう言いきってから眼鏡を指で持ちあげ、そして顔をあげた。
 白井の穏やかな目の表情に、軽い真剣さというか浅い深刻さというか、さきほどまでとは違ったほのかな影が差しこんでいた。
「薬学部って六年でしょ。それだと居心地の悪い期間が長めだったのかな。でもどうしてだろう。智鶴さんからはそんな感じしないけどなあ。」僕は商品台を蹴らないよう静かに脚を組んだ。
 智鶴さんは薬剤師だ。それより、白井は智鶴さんとそんな個人的な話までしていたのか。憎たらしい。はっきりと遅れを取っているその嫉妬心で胸がむかむかしてきた。
「智鶴さん、誰かが陰で人をバカにしたり悪口を言ったりするのって、ほんとうに受けつけないんですって。そういうのはたとえ心の中で思ったとしても、言葉にして他人に言うべきじゃないっていう主義だそうですよ。」
「女子の世界ではとくに居心地が悪そうだね。これは女子への偏見というわけじゃないと思うけど。」
「そうですねえ。大学を卒業後すぐ就職して新しい場に属することになったけど、学生時代よりも個人主義を優先できるようになったからかなり楽になったそうです。」
「人間関係か。智鶴さんも白井さんも。」
「安達さんも人の悪口は言わないじゃないですか。だから智鶴さんは、安達さんにもこのお手伝いをお願いしたそうですよ。」
 好印象を持ってほしい相手の周りでぺらぺらと誰かの悪口をいったりなどするもんか。間近の人間の目に映る自分の印象にはけっこう気を配るほうだから。簡単にいうなら、計算。そして、計算していることを悟られないようにするのも、さらに計算の業だった。僕の理性の防波堤は堅固なのだ。白井程度にはけっして破られないだろう。
「人の悪口を言うほどヒマじゃないから。」
 きっぱり言ったが、嘘の成分が八割はあった。
「思うがままに悪口を言う人は、自分の悪い部分を自制していないから偽善者にあたるっていうようなことを智鶴さんは言っていて。智鶴さんの考え方ってそうなんですよ。」
 僕は悪口は言わなかったが、偽善者であることには間違いない。このさい割り切ってしまうけど、自分をよく魅せるため、善く思わせるようなふるまいをするからだ。
 人聞きがいいとか悪いとかいう言い方がある。僕は、人聞きがいいような結果になることから逆算して何かを言ったりやったりする。でも、そんなの、誰かに白状しないかぎりわからないじゃないか。
「白井さんもそう思う?」
「智鶴さんの意見を聞くまではそうじゃなかったです。やっぱり、心に悪い言葉や考えが浮かんだ時点でもう悪人であって、それを隠すような行為は偽善だって思ってました。でも智鶴さんの考え方は、人が悪いことを考えてしまうのは当り前なんだっていう前提に立っていて。それは人間への諦めってことだし、なおかつ赦しでもある。これって成熟してますよね。」
「だね。僕より六歳下なんだぜ。そんなこと、これまで思いつかなかったよ。」
 赦されるものであるならば、僕はほんとうの裸の心になれるのかもしれない。ずっと最後まで掴んで離さない電卓を捨て去った上での裸。
 僕は考える。ほんとうの裸になるには、これまでの立ち位置を変えなくてはならない。そうすると、なんの疑いも無く肩を寄せ合っていたこれまでの人生が裏返しになって自分自身との関係性が悪友とのそれへと翻る。自分の意思で変えた立ち位置から動かないと腹を決めたならば、悪友は鬼の形相で襲いかかってくるに違いない。
 悪友からの乱暴にはどうやら耐えなければ次にはいけない。逃げるだけでは及ばなくて、がっちり受けなとめなきゃいけないのだと思う。そうやって受けた痛みからしか、赦しは得られないだろうからだ。償うわけではないのだけれど、痛みを感じないで赦しを得るなんていうのは都合がよすぎるし、たぶん赦しの効力だって得られないだろう。そういう気がした。
「どうしました? 具合が悪いんですか?」白井が僕の顔を覗きこんでいる。
 僕にそんなことができるだろうか。こめかみが痛くなり始めていた。つれて頭が少しばかりふらついた。
「今週、忙しくてさ。ちょっと疲れてるんだ。」
 こめかみを指でもみながら、嘘をついた。
 
 智鶴さんが戻った頃からテントを訪れる客が増えだし、四時の閉店まで休みがないほどだった。絵本がよく売れ、ひと昔前の小説の単行本がちらほら売れた。初学者向け科学雑誌のバックナンバーなども売れたし、巻数が揃っていないにもかかわらず古い漫画本を何冊もまとめて買っていった中年男性客もいた。二時間余りで一〇〇冊以上の古本が売れたのだった。
 売れ残った古本をみんなで数箱の大きくて厚手の段ボール箱にしまい終わると、白井が智鶴さんの車にそれらを運びだしたので、僕は重りとしてテントにぶら下げた水で満たしたポリタンクの、結んだ紐の結び目をほどき、それからテントをたたみにかかる。
 テントの脚を崩すときに左手の人差し指の腹の肉を金具にはさめてしまった。強烈な痛みに悲鳴が出たわりにはわずかな出血だった。智鶴さんがすぐさま駆けつけ、バッグから消毒液のはいった容器をとりだしてチューッと指にかけてくれた。指はじんじんじんと強く疼いていて、しみたかどうかもわからない。智鶴さんは小さなガーゼをつかみポンポンポンと傷口の消毒液をぬぐうと白いチューブから軟膏を薄く塗りこんでくれて、さらに絆創膏を貼ってくれた。無駄のない流れるような手際だった。
「ありがとう、智鶴さん。ドジってしまったな。」
「ううん。テントのほうを安達さんひとりに任せてしまってたから。こちらこそごめんなさい。」
「いやいや。というか、やっぱり医療関係。薬剤師だね。手当てが速いよ。」
 智鶴さんはそう言われて照れもせず、そのままの柔らかい眼差しで首を振ってポニーテールを揺らした。それがとても素敵だったのだ。この瞬間を記憶に刻みつけなければ、と即座に念じたほどに。
 ワンテンポ遅れて駆けつけてきた白井が、大丈夫ですか、と心配してくれる。白井に向けたものとしてはお釣りが欲しくなるくらいの笑顔で肯いてしまった。耳がじんわりと熱くなる。
 すべての後片付けが終わった頃、闇に溶けていきそうな夕焼けが僕らを照らしていた。智鶴さんはポニーテールをほどいた髪を指で梳いている。それを横目で眺めていた。気付かれないように、ずっと。

 何日か経った月曜の夜。ときおり強風が窓を叩いた。遠くでずっと犬が吠えている。何かよくないことでも知らせるためなのだろうか。
 ソファに腰かけてペットボトルの炭酸飲料を飲みながら、智鶴さんにLINEを返している最中に白井から着信が入った。驚きはしたけれど、予期していたものでもあった。このあいだのフリーマーケットを思いのほか楽しく過ごせたことで、彼に対して構える気持ちは薄くなっていた。少なくとも僕の側からすれば、あれだけ冷たく争っていたはずだったのだが。心の内にしても外の現実にしても、おそらく局面が変わりつつあるためだろうか。スワイプし、もしもし、と応えた。
「夜分突然、恐れ入ります。今、お話させて頂いても大丈夫でしょうか。」
 いつもながらの慇懃さだ。大丈夫だけどなんの話かな、と一応ちゃんととぼけてみせる。智鶴さんから白井が自作の小説にアドバイスが欲しいとの話を聞いていることをすぐに悟られないようにした。この電話はおよそその話だ。しきりに吠える遠くからの犬の声が耳についた。
「実はですね、読書好きが高じたというわけではないのですが、……いや、それもあるかもしれませんが、とにかく昔から文章を書くことが好きで、そのうち小説なんかを書くようになりました。今も書いているんです。」
 短く相槌を打ちながら、興味はあったので真摯に耳を傾けた。
「それで、一度安達さんに自作を読んで頂けないかと。感想やアドバイスを、他者の視点で頂けると幸いなんです。自分だけで判断しても限られた視点や角度からになるので、自分ではまったく気付けない重要な瑕疵をそのままにしてしまうことがあるんです。それに、自分以外の人の意見や感想を聞くことでいろいろ気付くことができたり、考えなきゃいけない貴重な課題が生まれたりするので。ぜひお願いできたらと思いまして。」
「僕はノンフィクション専門ってくらい小説は読まないよ。それでも役に立てる?」
「もちろんですよ。小説のなかでの事実関係のリアリティや物語自体の現実感を安達さんはどうお感じになるか、すごく気になるところですから。」
 想定内の話は進んでいく。この流れをうまく使うべく、用意していた考えがあった。
「わかった。あんまり長いと途中で投げ出しちゃうかもしれないけど。」
「いえいえ長編ではありません、ちょっと長めの短篇ですから。ぜひお願い致します。」
 今だ。この瞬間に勝負所が来たことを僕は察した。白井が不用意に間合いに入ってきている。勝負を決めるべく、強い気持ちで踏み込んだ。
「ただ、ひとつだけ条件がある。」声の調子を、つとめて一定に抑えて続ける。「あのさ、僕は智鶴さんに好意を持ってるんだ。だから、僕と智鶴さんの仲が深まるように配慮して欲しいんだ。」
 無音の時間が黒く流れた。それから携帯の向こう側でごくっと喉が鳴る音が聞こえたような気がして、それで僕の周囲に張り詰めていた沈黙の均衡が一気に崩れた。「じゃないと受けられない。」と迫る。
「そうだったんですね。わかりました。うまくお膳立てできるようにがんばってみます。」
 白井の声音はわずかに震えを帯びていた。やはり白井も智鶴さんに好意を持っていたのだろうか。うっすらと気にはなったが、そこは今訊ねるべきことではない。もしも白井のほうでも好意を持っていたのだとしたら、僕が悪人のようになってしまう。そんな厄介事を背負いこまないためには、余計なことを聞いてはいけない。
 電話を切った後、ガッツポーズをとった。言葉にならない喜びの声まで出た。大きな一撃を繰りだせた興奮に浸る。一気に優勢に立てたのだ。飲みかけの炭酸飲料を口に含むと、その甘味が気持ちの内側へも広がっていった。邪魔する者はもういない。
 再びLINEを開き、智鶴さんへの返信を書き直す。絵文字が多くなった。とっておきのおもしろスタンプも送信してみた。
 智鶴さんからの既読がつくのを待つ。部屋の外からはまだ犬の吠える声が止むことはなく、弾むような心地好さの端っこで、そのことにだけはいらいらした。

(続く)

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応募小説のブログ公開のお知らせ。

2022-11-15 20:17:52 | 自作小説13
こんばんは。

今夏、作品を応募した「北海道新聞文学賞」でしたが残念ながら落選となりました。

そのまま日の目を見ないで眠らせておくのも可哀そうな作品だと思いますので、明朝より三日間かけて本ブログにアップロードいたします。どうぞ、よろしければ読んでみてください。題名は『パッシブ・ノベル』です。

気楽な感じでスタートしていく小説です。しかしながら、どんどん没入していけるつくりになっていると自負しています。よろしくお願いいたします。
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『ルポ 保健室』

2022-11-14 23:36:44 | 読書。
読書。
『ルポ 保健室』 秋山千佳
を読んだ。

子どもの頃、保健室には身体測定とケガをしたとき以外ではお世話になったことのない僕です。たまたまなにげなく見たテレビの特集でなんとなしのイメージがあるばかりで、具体的には保健室ってよくわからず、でもなんだか知っておかねばならないような……というひっかかりを本書のタイトルから感じて、手に取りました。

保健室ってどう機能しているのだろう? どのような苦しみを背負った子どもたちがやってきて、どういった悩みが寄せられるのだろうか。そこで養護教諭はどんな対応をしているのだろうか。著者が実際にいくつかの中学校の保健室に滞在し、そのなかでリアルタイムに経験したものや、養護教諭や生徒への取材から知ったことなどを中心とした内容です。昨今の子どもたちのリアルな負の部分、それは虐待や貧困がそのひどい部分が主なところです。また負の部分というよりも、子どもたちが悩んでいたり弱っていたりする部分、社会の変化やその社会の変化からの相互作用によって自分たちに生じた変化にもがいているような部分、そういったところから保健室でこそ発せられるSOSを世に明らかにすることで、その内容が多くの大人の読者たちが知ったり考えたりすることができるように問いかけてきます。

第一章では、さまざまな子どもたちのいろいろなケースが語られる。しかし、養護教諭は話を聞き、励ましたりアドバイスしたり寄り添ったりはできますが、たとえば家庭での貧困や虐待にはなかなか介入ができない。それに、中学校の三年間が終わったり養護教諭が転勤や退職になると、悩める子どもとの縁が切れてしまう。第一章だけ読むと、歯がゆくてたまらなくなります。ほとんど放置じゃないか、と。家庭の味はインスタントラーメンという母子家庭(母親に健康上の問題がある)の子ども、愛着障がいの子ども、マスク依存の子ども、それぞれが難しいケースで対症療法的な軽いアプローチをするのが関の山のようなところがありました。

しかしながら、第二章のひどい虐待を受けている女生徒、それもあらゆる虐待を経験し続けている女子ですが、彼女と養護教諭との交流や、第三章のつよい精神薬を服薬しながら保健室登校している女生徒と養護教諭とそのチームの関わりの話、第四章のLGBTの男子生徒と、卒業後も続く養護教諭(養護教諭が退職後に町の保健室を開設したがため繋がっていられた)の話、それらが、各々の場所でなんとか活路を見出すために獅子奮迅しているさまに、なんともいえず胸が熱くなるときがありました。

「困った子は困っている子」という本文中の言葉に、そうだよなあ、と肯かされました。各学校に少数でもそういった困っている子がいるとして、全国でトータルしてみれば、そして各世代を合計してみれば、いまも苦しんでいる人はかなりの数になるでしょう。

児童相談所に連絡しても、かなりひどい案件だったとしても「様子をみましょう」という対応になることが多いそうです。児童相談所が抱える事案がことのほか多いためではないか、と書かれていました。だとすると、「ちょっと待て」となりますよね。苦しんでいる子どもたちがどれだけの数いるのか、と。その一人ひとりの苦しみの深さを考えたうえで、その一人ひとりのケースの集積を思うと、子どもたちの問題はとてもつもない大きな問題だとあらためてわかってきます。

第一章ではがゆいような思いをしたと書きましたが、こういった多くのケースは家庭に介入できないことがネックになっているからでした。文部科学省では何年か前からスクールソーシャルワーカーを地域ごとに設置し始めていて、彼らであれば家庭に介入する動きができるため、今まで助けられなかった子どもたちと同様のケースに希望がすこしずつ見いだせるような体制にはなってきているとのことです。

本書を読んでいると、養護教諭はなんだか伴走者のようです。といいますか、訪ねてくる生徒に対してまるで伴走者のようにふるまえる養護教諭であれたならば、コトは好い方向へと流れていきがちなのかもしれない、という印象を持ちました。現役の教師でも、養護教諭や保健室に対して否定的な考えを持っている人が多いようなのですが、たぶんに、養護教諭を伴走者のイメージで見てもらえたなら、価値観がちょっと変わるのではないでしょうか。まあ、教師っていろいろと信念や考え方ががちっとした人も多いでしょうから、なかなかそうはいかないのかもしれませんが。

保健室という場は、たとえばSNSがそういった場として機能する場合だってあるのではないでしょうか。僕がネットを始めた97年ころ、契約していたinfowebというプロバイダに加入者専用の広場(掲示板)があって、そこはとてもくつろいだ優しい雰囲気で、そこでの会員同士の交流には悩みの告白とそれへの励ましなども多く、またネット初期特有の独特なオルタナティブな感覚で時間がゆっくり流れていて、今思えば保健室的かもしれないなあと思えるのです。そこは加入者が増えていくにつれて荒らしが増え、悪貨は良貨を駆逐するのごとく閉鎖にいたるのですが、荒れだすまでの良質だった空間をその場で過ごせたのはネットに対する原体験として僕にとってはとても好いものでした。そういったコミュニティーがSNS上にぽこぽこと点在している状態になったら「豊か」ではないですか。

本書のようなルポから、子どもたちの「現在いるところ」に注目できると思います。まるで見えてなかったところに視線を定めてもらえた感じは僕にはしました。
著者ははじめとおわりにこう書いています。
____

保健室が、子どもたちを救う最前線として認識され、その力をさらに発揮できるようになることを願う。この社会はそれだけでずっと良くなるはずだ。
p10 & p249
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読み終えた今ならば、肯くばかりです。


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『乳と卵』

2022-11-07 20:38:11 | 読書。
読書。
『乳と卵』 川上未映子
を読んだ。

芥川賞受賞作「乳と卵」と掌編「あなたたちの恋愛は瀕死」の二編を収録。

「乳と卵」
女性の身体性と、そこからくる心理を描く物語。東京に住む語り手の女性のもとに、姉とその娘(姪)が泊まりにやってくる。姉は、出産を機にしぼんでしまった乳房を手術によって豊かにしたいと考えて実行寸前のところにいる。娘は10歳くらいの子で、女性としての身体的な自覚を、学校の授業なり友達との付き合いなりからしはじめている。女って卵子を持っていて大人になっていく段階で月経がおこるのだとわかって、それで、自分はいやがおうでもその宿命のレールに乗っていて外れることのできない、そこに無慈悲さや不条理なものを感じているふうな書き物をノートにしている。自動的に女だと規定される運命を受け入れたくなくて、過渡期というか間(はざま)というか、そういうところで格闘している様子が読めてくる(将来この娘がどうなるのかはわからないですが)。

男の立場からすると、「わかるわー」とか「共感するわー」とかは言えないものの、たとえば自分が女性になった夢をリアルにみたときのように、小説にどぼんと飛び込んで読むことで、その身体性を想像しながら、「それだったらそういう気持ちになるのはまったくわからないとは言えない」と思えるくらいには、女性性というものが想像の目で見えるくらいに具現化されて、そのものとして表現されているんじゃないかなあと思いました。きっと、女性が読むと、すごく生々しい話なんじゃないだろうか。男と女がフランクに会話するとき、極端な言い方だと「お互い違う生物」でありながら、共通項を探りつつ、その共通項を足掛かりにして理解を深めるというのはありますよね。わかりあえない前提で、できるだけ寄せて、息遣いや体温を感じるくらいのレベルにまで近づけてわかることができればうまくコミュニケーションできたほうだ、といったように。まるまるその異性になることは想像の世界であってもできなくて、それができたら「わかりあえた」と言えるのだと思いますが、僕の考え上ではわかりあうのは不可能なんです。

無理しているふうではないのだけど、大胆に感じられる文体。一文が長く、句点で区切られそうなところを読点でいちおうの区切り、からの主人公の語りがまだまだ蛇行していく。独特なんですけど、読み手のあたまと周波数が合いだすと、なんて巧みで「伝えよう」という表現力と気持ちが強いのだろう、とため息が出る。形式ばることを嫌い、でも形式の好ましい部分はそのままに、という感じもした。あと、主人公の語りから感じられる、見ているものや考えていることの解像度の揺らぎから、人の生々しさがページ上から立ちのぼってくるのでした。

女性の主観で書かれていて見事なんだけど、それでバランスを、大局観みたいなおおきな意味でのバランスをうまく取れているのは、おそらく客観性が発揮されているからで、本文を夢中になって読む分にはどこにも作家の客観性のかけらほども感じさせないのに、読んでみた結果からいうと客観は用いられていた、っていうのが察せられて、そこがかっこいいよなあ、と独り合点のようにうなづいてしまいました。

読んでとても味のある、夢中になる、どんどん読みたくなる、それでいて芸術性のある純文学で、野心的というか、才能が生半可じゃないぞ、と思って。


「あなたたちの恋愛は瀕死」
主人公は若さに少しばかりかげりがやってきた年頃の女性でしょうか。新宿を歩き回る話です。「乳と卵」とはうって変わって、都会のとがった心理が描写され、その鋭さは競争とか抗争とかいった世界の世界観から世の中を見ている者のそれだと思います。これまた芸術の象限にある小説で、なんだか現代美術みたいな感じもしました。「乳と卵」を読んで、川上未映子さんの作品は二冊目だけど、もう全面的に信じていいかと思っていた矢先、続くこの掌編を読んで、おっと危なかったな、と笑ってしまいました。「これは心してかからないと、殴られるぞっ」と思って。でも、笑ってしまっている場合でもない迫力がそこにはあったのでした。


二作品とも、エネルギーというか力というかが生きたまま宿っている作品ではないでしょうか。外にぱーっと放射しているんじゃなく内の奥の方にこもっているのでもなくて、作品のそのものの領域におしなべて等分に力が根をおろしている感じがしました。

というところですが、とても充実した読書体験でした。

小説は、書くでもなく彫るものですね。あまり油断していると文字をぺたぺた貼るようにもなりますが、それじゃいけない、彫るんですよ。


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『人を幸せにする目からウロコ!研究』

2022-11-05 22:58:03 | 読書。
読書。
『人を幸せにする目からウロコ!研究』 萩原一郎 編著
を読んだ。

アイデアや創意工夫はもちろんのこと、「人のためとなる」という動機もみな等しく持っている研究者による、そこまでに至る過程でひとつやわらかく屈折してからたどり着いたのではないかと思えるような、ちょっと独特な数々の研究を紹介する本です。12人の研究者がそれぞれご自身の研究を20ページ前後の分量で、まるでプレゼンのように解説してくれています。

川魚特有の生臭さを克服するべく、生育過程であたえる餌を改良することによって、食肉部分まで柑橘類の香りのするようになった柑味鮎を実現させた研究者。環境問題にもエネルギー問題にも一挙に答えを出せるエネルギー源として、芋をエネルギーとして使うことを提唱し、実現に向けて道を切り拓いている研究者。「かわいい」を感性価値と位置づけ、学術的に追求し、定量的に分析してデザインなどに活かそうとしている研究者。走る凶器ではない車として、エアバッグボディーという柔らかなボディのEV(電気自動車)を研究し、作り始めている研究者などなどの方々のお話が収録されています。

どれも、大真面目に研究されているがゆえに文章自体も真面目なのですが、その研究内容のオリジナリティの高さと自由度の高さそして目の付け所のユニークさが、ときに読んでいるこちらの目にはとてもユーモラスに映るときがあるのです。そうなんです、クスッときてしまう瞬間が、ほぼすべての章にあります(例外は、編著者本人によるご自身の研究のところで、そこは普通のかたい研究のように読めました)。

そのなかで、「足こぎ車いす」という逆転の発想のような発明があるのですが、もともと車いすを使用されていた方々、脳卒中で麻痺があったり交通事故で怪我をされたりした方々ですが、彼らの心に抱いているもやもやを研究者がくみ取っているところがすばらしかったです。文中には以下のような文章があります。

______

「自分は一人で自由に歩くことができない。いつも人に頼らなければならない、そう思い込んでいても、その思いを誰にも話せず心の奥に押し込めている」。この「誰も何も解決してくれない」問題に人知れず苦しんでいます。トイレにもひとりで行けず、「なんで自分ばかりがこのような境遇に……」「生きていることが辛い」と悩み、心を閉ざしてしまった方もおられました。この苦しみこそが、私たちには、絶対にわからない部分でした。
(p189)
______

研究者は、足こぎ車いすを利用する人々の笑顔によって、そのことに気づかされたと書いています。笑顔にはそれだけの裏側があることに気づかされた、と。ちょっとベタな言葉だと受け取られるかもしれませんが、笑顔の裏側に気づくことができたのは、研究者に愛があったからでしょう。まず、「人のためとなる」という動機があったことで、人の心のそういった苦しみにも気づけたのだと思います。

これはとても大切な部分だと僕は考えていて。この社会のいろいろな仕事、販売業でも接客業でも製造業でも、その仕事をしているとき、生産のためや売り上げのためという間近な目的ばかりが頭にあって目の前の仕事をするのがまずは一般的だと思うのです。ただ、その仕事の先、仕事の結果として、喜ぶ人がいる、助かる人がいる、ということを意識できると、それは愛なんだと思うんですね。で、愛の視点で仕事をみつめたときに、じゃあもっとこうやったほうが人を助けることができるじゃないかという改良や改善にもつながっていきますよね。そういう仕事の在り方が僕にはとても好いものとして感じられる。そこにはたぶん、消費者の立場になったときの受け手としての意識がぞんざいではないこと、他者の気持ちに対して丁寧なことが大事になってくるのだとも考えられます。

この「そこに愛があるかどうかの視点」で、お店をみてみたり企業をみてみたり、スーパーやお菓子屋さんを見てみたり、服屋や書店をみてみたりすると、「これはちょっとどうだろうか」というものにけっこうでくわすと思います。また、愛があるともないともいえるような、判別に苦しむような会社や仕事、商品もあります。で、政治や行政にはあまり愛があるようには感じられなかったり。

ただやっぱり、本書で紹介される数々の研究しかりなんですが、動機は「人のためとなる」という愛なんですよねえ。まあ、知的好奇心が先行したっていいのですけども、本気で突き詰めていって実用化も目指すという段階になったなら、「人のためとなる」はそこにくっついていてほしいですね。


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