Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『マネジメント エッセンシャル版 基本と原則』

2012-02-28 20:55:23 | 読書。
読書。
『マネジメント エッセンシャル版 基本と原則』 P.F.ドラッカー 上田惇生編訳
を読んだ。

おととしくらいに大流行したドラッカーの代表的な著作を読みました。
そう、あの『もしドラ』のドラッカーです。
野球部のマネージャーだったらってことですが、つまるとこ、この『マネジメント』を読んでみたら、
なんのことはない、たぶんマネーボールの実践ということになったのではないかなぁと想像しました。

組織の問題よりも、機会を重視する。
努力よりも、成果を重視する。
頭のよさよりも、真摯さを重視する。

印象に残ったものを羅列してみました。

これだけじゃ、なにも言葉の重さを感じないですが、
本書を読むと、ずしりと響いてきます。

そして、経営学ということなので、
冷徹な指南書かなぁと思っていましたが、
それがそれ、厳しいことは書いていますが、
ぽっと火がともったような温かさがところどころに感じられる。
そしてそこが、人間らしい。

ビジネス書に「人間第一」というようなことが書かれている。
そりゃ、成果を出せともドラッカーは言っているのですが、
成果を出すことで自己実現が得られるとしている。
人間活動を優先してこその経営なんですな。

読みながら、うちの店長の方針とか指図して言う言葉とかと照らし合わせてみたのです、
思い出せる範囲で。そうすると、けっこう当てはまる部分が多いのですよ。
目標管理と自己管理だとか、
失敗しない人間はごまかしている人間だ、だとか、いろいろと。

ドラッカーは言うのです。
優れている人間はよく失敗をすると。

ちょっと抜き書きしてみましょう。

___

成果とは何かを理解しなければならない。成果とは百発百中のことではない。
百発百中は曲芸である。成果とは長期のものである。すなわち、まちがいや失敗をしない者を
信用してはならないということである。それは、見せかけか、無難なこと、下らないことにしか
手をつけない者である。成果とは打率である。弱みがないことを評価してはならない。
そのようなことでは、意欲を失わせ、士気を損なう。人は、優れているほど多くのまちがいをおかす。
優れているほど新しいことを試みる。
___

うちの店長は読書がお好きらしいですし、
その立場もありますし、きっとこの『マネジメント』を精読しているのではないか、
やるなぁと思いました。




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『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』

2012-02-24 00:49:33 | 映画
映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観てきました。

父親ととても仲の良い利発な少年が、911テロによってその父親を失う。
父親の遺品からふと出てきた一つの鍵を手に入れた少年は、その鍵で開く何かを探し始める。
その鍵で開くものが見つかった時に、父親を亡くした喪失感をくつがえす何かがあるのではと期待して...。

主人公の少年、オスカーはとても利口な子なのですが、繊細で神経が細いところがある。
「おかしな子」と言われることにもなれているように、その弱弱しさをカバーするべき、
過剰な手段をしばしば行使します。たとえば、地下鉄車内で防毒マスクを装着したり、
平常心を保つためにタンバリンを携帯したり。
それは、小さな、狭い世界で生きながら、その中で完璧たろうとする姿勢の表れでもあります。
狭い世界、小さな世界を広げようとはしません。ただ、その狭い世界の中でやれることの精度を
高めていこうとしている。
それをトム・ハンクス演じる父親はわかっていて、少年の世界観を広げさせようと、
無理やりにではなく、少年の好奇心に添う形で導いたり歩かせたりしようとしている。
父親の存命中にはかなわなかった、「少年の世界を広げること」は、
父の死と、遺品の鍵によって、なされることになります。
472人もの人を訪ねることで、彼らにもそれぞれの問題と個性と考え方があることを知り、
少年の心は少しづつ広くなっていたことでしょう。

小さな世界にいるのに、さらに、頭だけを使ってわかろうとすること。
それが子どもの拙い部分。

理解に間違いがなければ、少年は軽度の自傷行為もあったようです。
心が未発達だからこういうことになります。
そして頭だけで処理しようとしている。

911テロの衝撃は、当時24歳だった僕にとっても、
大きな衝撃でした。それを、当事者として、10歳の少年が受けたダメージははかりしれないと思います。
きっと、この映画の描き方でも、まだ、単純なんだと思います。
現実だったらもっと複雑ですね。
僕が書いたような「狭い世界を広げようとせずに、その世界での完成度だけを高める子ども」
というのも、テロ後の現実だったらただの一面にすぎないかもしれない。
もっと、なぜテロは起きたのかとか、敵は誰なのか、とか、何を憎むべきなのかとか、
いろいろと悩むと思います。

狭い世界に安住し、そこでの完成度だけに力を注ぐとどうなるか。
心が発達しないし、人を知らないので、無駄に誰かを憎んだり傷つけたり誤解したり、
そういうことが多くなります。
そして、自傷行為もあるでしょうし、パニックも起こすことになるでしょう。

そんなことでは、この世界は生きづらくてしょうがない。

世界を広げることは、時として大変です。
僕だって、こんなことを書いていますが、それほど広い世界を持っているわけじゃない。
でも、何か、カルチャーショックのような、価値観や世界観や感覚面での良い意味でのショックを、
できれば大きく深いものを一つでも二つでも経験していれば違うと思います。
これを読む、若い人がいたならば、そういう意味で、自分の世界を広げるように
してみると良いかもしれないですよ。

僕には子どもはありませんが、従姉に男の子が二人いる。
彼らと接するときに、彼らの世界をちょっとでも広げられれば、
値千金のこの世への貢献となるでしょうね。

学校の勉強でも、そういう価値観への衝撃がびしびしあれば面白いんですけれどねぇ。

というように、僕なりの見方というよりか、そう描かれているのでそのまま書きましたが、
それを読み解くのは少し難しい映画だったかなと思います。
それでも、観て、考えてみるっていうことが好きな方にぜひ観てほしいです。
そうそう、主人公の少年はかわいくも美少年な感じなので、
女子はメロメロになるかもしれないですよ(なんという誘い文句)。


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瓦礫ニツイテ2

2012-02-21 20:55:24 | days
昨日、震災瓦礫の地方分散に対して、「No」とする記事を書きました。
詳しくは、昨日の記事を読んで頂きたいのですが、
かいつまんでいうと、放射能の空間線量が高くなる危険性があるので危ない、ということと、
薬品や農薬などが瓦礫に混じっていて、有毒性があるのではないか、ということと、
地元で大規模に処理をしたほうが、雇用が生まれるのではないか、ということです。

山形市や品川区で線量が高くなった件に関してはなにも答えが見つからないのですが、
薬品・農薬、そして雇用に関しては、
毎日新聞の斗ヶ沢さんにTwitterで質問に答えて頂き、答えを得ました。


以下、やりとりです。

Q:がれきを焼却した灰の放射能の濃度が高くなる可能性があるのではないでしょうか。
A:焼却すると水分などがほぼなくなりますから、セシウムの量は増えなくても、
 相対的な濃度は上昇します。

この、灰の処理が適切に行われることが大事です。
この件に関しては、昨日のアサヒコムにて、興味深い記事が出ていました。
それは、静岡市で、がれきを焼却した灰を公開し、自由に放射線量を測定してもらうというものでした。
これによると、空間線量まるで変わらない放射線量だったようです。

斗ヶ沢さんのリプライによると、濃度は上昇するということでしたが、
それでもそれほど極端な濃縮ではないのかもしれない。

Q:放射能だけではなく、がれきには農薬や薬品が混ざっていることも考えられませんか。
A:農薬や薬品などはできるだけ分別し、別に処理します。
 全く混ざらないとは言えないでしょうが、有害物質の量はごく少ないと考えてよいでしょう。

ちゃんと分別できるのですね。洗浄するだとかするのでしょうか。
有毒物質の量はごく少ない程度であれば、協力できる範囲内だと僕は考えました。

Q:地元で適正にがれきを処理したほうが、雇用が生まれるという意見もあるのですが、
 どうお考えになりますか?
A:被災県はがれき処理をしています。処理しきれないほどあるから、
 他都道府県の協力を求めているということです。

それはそうなのですが、もっと処理施設を増やして地元で処理するのはどうかと思ったのです。
それでも、相当の瓦礫の量だから、無理だ、はやい復興のためには各地での協力を、
ということなのでしょうね。


放射能と薬品関係の処理が適切に行えるのならば、
がれきを受け入れても良いと思えるようになりました。

ただ、それによる風評被害がないように、きちんとした世論への説明と、納得をしてもらいたい。
僕の街には、全国的に有名な農産物がありますから、それが打撃を受けるようだと困ります。

しかし、全体主義的な言説で、瓦礫を受け入れろとする強引なのがありまして、
それがすごく気に入らない。
そんなのに同調したくない。

よって、
僕の立場は、昨日の「反対」というものから、
「受け入れても良い」に180度転換しましたが、
それでも、押し付けはしないことにします。
説明はしたいですが、責めはしません。

こういうシチュエーションだからといって、
全体主義を、例外としても認めたくはないです。


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瓦礫ニツイテ

2012-02-20 23:29:50 | days
3.11の震災によって生まれた、大量の震災瓦礫があります。
主に、宮城県に押し寄せた津波によるものが多いようです
そして、その処理について、いろいろ意見が割れている。

たとえば、山形市で瓦礫を受け入れて焼却したところ、
空気中の放射線量が上昇し、一時、福島市の14倍になったとか。
また、東京の品川区でも瓦礫を受け入れているようなのですが、
ここでも空間線量が上昇したという話があります。

それでも、焼却に関しては、ちゃんとしたフィルターがあり、
99.9%除去できるとする建前でやっているようです。
これは本当がどうかは、よくわからない。

とにかく、地元で処理するには多すぎるので、早いところ
各地に分散して処理してしまおうということのようです。
そこに、賛否両論がある。
瓦礫は各地で受け入れるべきだ、いや、受け入れないべきだ、という。

実は、僕の住む街にも、この瓦礫をを受け入れるという噂が
ネット上にあります。本当かどうかあやしいのですが、
火の無いところに煙は立たないわけで、
ありえない話ではありません。



僕の立場としては、受け入れ反対です。
放射能を各地にふりまくようなことはしないほうが良い。
フィルターで99.9%除去することについても、
1/21ころの東京新聞などで、それはウソだと告発記事が載ったそうです。
ましてや、そんな状態のはっきりしない技術でもって処理することにも不安があります。



とはいえ、迷いはある。
東北の人たちの力になりたい気持ちはあります。

そんな中、瓦礫受け入れについて、情緒に訴えるような意見がWEB上で目に入ってくるのです。
「瓦礫受け入れに反対するなんて、人としてどうかしている」「鬼だ」みたいな意見です。
また、昨日、父が録画した番組を夕食時に見ていて、その中で出演者の一人が
言っていたのですが、「天皇陛下が震災時に被災地を訪問して、この痛みをみなで分かち合いましょう
というようなことをおっしゃったじゃないか、なのに瓦礫受け入れ反対だなんて、
それは非国民だ!」というものでした。

こういう非理性的な、感情的な、空気読め的な意見の押し付けはちょっと幼稚です。
これは全体主義的だし、自分たちの考えに無理やり同調させようとする強引さがあります。
そして、まるで太平洋戦争時の日本のように、戦争の遂行という意見や心理を
お仕着せるかのごとく、震災瓦礫の受け入れについて、否応なく
やらせようとするベクトルが働いています。

だから、余計に、震災瓦礫の受け入れには反対したくなるのです。

僕は迷いに迷いました。
Twitterを眺めていると、どうやらジャーナリストの佐々木俊尚さんは瓦礫受け入れ賛成のようで、
そうか、大丈夫なのかなという気がしたりもしましたが、
そこで、足立直樹さん宛てにツイートをしました。
「瓦礫の放射線量は微量で問題はないとする意見があります」と。
すると、それに対して返信をいただきました。
「まず放射能以外にも油、農薬、薬品等何が入っているかわかりません。
また、燃やすことで灰の中の濃度が高くなるのが心配です。」と。
さらに、「地元で適正に処理した方が、雇用も生まれます。」と。
なるほどなぁと思いました。

足立直樹さんは、この間読んだ本『2025年 あなたの欲望が地球を滅ぼす』の著者で、
サステナビリティ・プランナーです。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役。
東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、理学博士号取得という経歴の人です。
この『2025年 あなたの欲望が地球を滅ぼす』は良書で、ブクログでも珍しく
星五つをつけさせてもらっていました。
そんな方だからこそ、意見を伺いたくなり、運よくというか、リプライを頂くことができました。

足立さんは、放射能や環境についてのリツイートが多く、その情報の取捨選択にセンスがあり、
読ませられるものが多いので、ためになる方です。
こういうのをキュレーションがうまいなんて言うのでしょうか。

話は戻りますが、僕は足立さんの意見に賛成です。
復興に時間がかかってしまうから、まず瓦礫を取り除こうということなのでしょうが、
そこは地元でやってもらいたいです。雇用が生まれるのならば、なおさらのことです。

瓦礫の件によって、僕はつめたい人だなどというイメージを
持たれるかもしれませんが、この件はシビアな件なので、
またそういう感情論を出されても困ります。

そして、僕がこうやっていろいろ考えたところで、世間の意見はどうかもわからないし、
瓦礫を動かす立場の人たちがどう考えるかもわからない。
大海に一石を投じるようなものかもしれませんが、
ブログの記事という形で、意見してみました。

瓦礫の地方分散に、僕は反対します。

※2017年1/23追記
→記事「瓦礫ニツイテ2」が結論になっていて、
この記事での僕の考えは間違っていることが分かりますから、
是非「瓦礫ニツイテ2」を読んでください。
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『Documentary of AKB48 Show must go on 少女たちは、傷つきながら夢を見る』

2012-02-16 19:03:15 | days
映画『Documentary of AKB48 Show must go on 少女たちは、傷つきながら夢を見る』
を昨日、観てきました。

AKB48の2011年のドキュメンタリーです。

彼女らの、活力と物事にぶつかっていく精神に、
共感と尊敬を持って観ました。
ああいうプロの世界でがんばっていくのは、
アイドルにしたって、生半可な頑張りではモノにならないでしょう。

秋元才加さんは別として、彼女らはマッチョでもないし、
そりゃ、トレーニングをしているから体力はあるだろうけれど、
西武ドームでのコンサートの時などの、極限状態でのSHOWなんかは、
陳腐な言い方ですが、精神力がものをいうような状態でした。
フィフティ・フィフティでどっちに転がるかわからないくらいの勝負を
彼女らは勝ちきってきたんだなぁと、勝ち方を知っているなぁと
そんな気すらしました。

映画自体は特段、目を見張るような演出なり作りなりをしているわけではないです。
それなのに2時間も観ていられるのは、やはり彼女らが命を燃やしているからだと思います。
命を燃やさなければ越えられない壁を幾度と乗り越え、ときに挫折しながらも復活してきています。
そこにはやはり、残念ながらというか、あまり好きではないのだけれど、
敗者と勝者が存在するように思います。
大島優子ちゃんや前田敦子さんのような勝者が際立つのはきっとそのためである部分もあるでしょう。
そこいらへんは、このないだみた、『日本列島』という動物世界のドキュメンタリーに出てきた、
動物たちの過酷で厳しい生に繋がるものがあります。
生きるということは、そこまですることなんだなって、最近はわかってきた。

プロフェッショナルだから当たり前なんだろうけれど、
たとえば急きょ代役として舞台に立たなければいけない状態になって、すぐに
振付をおぼえなければならなくなり練習しているシーンがありましたが、
あんなの僕には1週間かかっても覚えられないぞと思いました…。
何年もレッスンを積んで、まぁ素質もあるんだろうけど、そこまで出来るようになってるんだなぁと、
改めて感心しました。

それと、AKBに限らず、テレビに出てくるきれいな子って、なんだか現実感を感じません。
テレビや写真を通じてみても、「そういうものだ」みたいな、妙な馴れがあって、
「もしも目の前にその子がいたら…」という現実感がないのです。
それが、この映画ではなんだか現実感を感じた。
いやいや、これはかわいい子だなと、やっぱりスクリーンの力なのかな、思いましたねぇ。

そうそう、ちなみに、AKB48のファンの従兄の付き合いで観に行ったんですよぉ。
彼は柏木さん推しだそうです。
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PS3

2012-02-08 17:36:50 | days
高校を卒業した頃くらいから、
僕の、テレビゲームで遊ぶ機会が徐々に減少していきました。
とくに、一人でテレビゲームをすることが少なくなっていきました。

これは大きな理由の一つとして、パソコンを手に入れた時期がそのころだというのがあります。
インターネットでいろいろ読んだりして、
パソコンで音楽を作って、
など、そういうことをしているほうが面白くなってきました。
その起点となる20歳は、もう、かれこれ15年くらい前の話ですか。
ただ、友達や従兄がきたときに、格闘ゲームをしたり野球ゲームをしたり、
すごろくゲームやサッカーゲームやゴルフゲームをすることは多かったです。
やっぱり家に誰かが遊びに来てすることとといえば、テレビゲームということになった。

一人暮らしを終えて、実家に帰ってくると、
友達が遊びに来るという機会がほとんどなくなりました。
たまに従兄が来るくらい。
そうなると、ゲームをすることがなくなりました。
持っているゲーム機はプレステ2です。

それが、なんやかや、去年くらいに、ツイッターで、
ゲームの話なんかのツイートを拝読したりしているうちに、
ちょっとまたやってみようかなぁと思いたち、
競馬ゲームとサッカーゲームとすごろくゲームを購入。
久しぶりにやるとなかなか面白かった。

しかし、すぐにそんなマイブームは過ぎ去っていく。
なぜって、プレステ2がもう時代遅れで、面白そうなゲームが新発売されないからです。
というか、リサーチが足りないだけなのかもしれないですが。

そんなわけで、プレステ3を購入しました。
昨年末にも一度買おうかと思い立った時には、
接続のHDMI端子がうちのテレビにいは一つしかついていなくて、
それをレコーダーが占有していることから断念。
それから、HDMIのセレクタという便利なものの存在を発見し、
今回購入したのです。

せっかくだから320GBのハイエンドモデルにしました。
ソフトは新品と中古を合わせて4つ。
「みんなのゴルフ5」
「グランツーリスモ5」
「三国無双5」
「二ノ国」
です。

今のところ、ちょっとだけみんゴルをやり、
それからどっぷりとグランツーリスモをやっています。

面白いねぇ。
映像もきれいですし。

どんなソフトが面白いのかわかないので、二ノ国以外は
PS2でもやったことのあるシリーズばかりを買ったのでした。
ニノ国はDSでも出ていましたが、そっちはスルーしていました。

それでですね、PS3ではPS2のソフトがロードできない、つまり遊べないんです。
それについては、かすかな記憶で昔知った気がするのですが、
すっかり忘れていました。
まぁね、競馬ゲームは惜しかったけど、もうPS2はいいかなと。
すごくお世話になった、優良で友好的なゲーム機だった。
こういう言い方が示唆するとおり、PS2もろもろは売ったのです。
7,8本のソフトと本体を入れて、2,100円にしかならなかった。
これなら従兄に、「欲しいソフトがあったらあげるよ」とでも
言ってやればよかった。

そういえば、PS3では「信長の野望」も出ているのですね。
久しぶりにやりたいです。
とはいっても、まずは、最初に買った4本をやり倒さねば。

でもね、思うんですよ、こうやってこんな時期にPS3を買いましたが、
年末くらいにPS4が出るんじゃないかとね。
そうなったら切ないなー。
まぁ、出始めは値段が高くて買う気にならないとは思うのですけれどね。
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『日本列島 いきものたちの物語』

2012-02-04 14:20:03 | 映画
ドキュメンタリー編集映画、
『日本列島 いきものたちの物語』
を観てきました。

人間の、というか、自分の、というか、
とにかくその甘っちょろさを痛感するような、
彼ら野生のいきものたちのたくましさ、必死さ。

でも、必死ないきものたちがときにかわいく見える。
そもそも、捕食行動以外はかわいい。
容姿がかわいい。
ユーモラスでキュートなかれらいきものたち。
必死で余裕のない人間もそうであればいいと思った。
だって、それって、妙な精神論のおかしな部分を突いていると思ったから。
まぁ、今日はそういう話はおいておいて。

言葉でまとめようとしてもまとまらないものがある作品でした、良い意味で。
言外のアタマの部分で感じながら、抽象的なものを見据えながら、
編集した作品のような気がした。
観る人はこれを丸ごと感じてしまおうっていう映画だと思う。

最後に一言。
キタキツネがなんか儚い。
エキノコックスを持ってなかったら抱きしめてやりたいいきもの。

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