Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

FOTB映画大賞2010

2010-12-31 20:33:55 | 映画
毎年の恒例になりつつある、
FOTB映画大賞の発表を行います。
2010年、この僕が観てきた映画の中で
もっとも素晴らしかった映画はどの映画だったでしょうか。

以下、今年観た映画です。

★アバター 
★ラブリーボーン 
★インビクタス 負けざる者たち
★シャーロック・ホームズ
★のだめカンタービレ 最終楽章 後編
★アリス・イン・ワンダーランド
★告白
★ザ・ウォーカー
★借りぐらしのアリエッティ
★インセプション
★ソルト
★悪人
★ノルウェイの森

粒ぞろいでした。

今年は少なめでしたが、以上の13作品から
大賞を決定いたします!

ドルルルルルル…(ドラムロール)

パーン!

FOTB映画大賞2010に輝いた作品は

ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』です!
おめでとうございました!
賞金もなにもありません、ただこの賞の名誉だけを誇ってください。
面白い映画をありがとう!

というわけで、今年の今ブログの更新は今回の記事で最後です。
みなさん、本年もいろいろな作文にお付き合いくださいまして
ありがとうございました。
それでは、良いお年をお迎えください!
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『アンネの日記 増補新訂版』

2010-12-23 19:30:27 | 読書。
読書。
『アンネの日記 増補新訂版』 A・フランク 深町眞理子訳 
を読んだ。

第二次世界大戦中、ユダヤ人だったアンネとその一家と、ファン・ダーン家と、デュッセル氏の8人が
オランダ・アムステルダムで共に隠れ家生活を送っていたころを中心として綴られている、アンネの日記を読んだ。

ユダヤ人を迫害するナチス・ドイツの支配下にあるオランダでの潜行生活という特異な状況の中で、
13~15歳の思春期を過ごしたアンネ・フランク。感受性の強い彼女の、さらに多感で悩み多き時期の、
元気だったりくじけたりした心の内を綴った、
「人間」と「平和」を静かに見つめ直すことになるような読書体験を得られる本でした。

小学校高学年のころの教科書に、『アンネの日記』の抜粋の短いのが載っていて、
それを扱った授業があったようにも思うのだけれど、
内容はさっぱり覚えていない。それでも、隠れ家生活をする少女から生まれ出た文章という、
漠然としたイメージはずっと心に残っていました。そして、いつかは読もうと思い、
今年の初めに『ブルータス』で紹介されていたのを目にしたのを機に購入して読んだのでした。

10代の頃はね、『アンネの日記』なんて、女の子の日記だから、
読むときまずいような気がしていました。
20代の頃は、色あせた作品のように感じていた。
そして30代になって、存在感のある読み物として捉える事ができるようになったし、
どんなことが書かれていても…、たとえ戦時下の恐怖や悲しみに満ちた内容であろうとも、
読みとおす覚悟で臨みました。

しかし、読んでみると、暗い日記ではない。
”キティ”という架空の親友に向けた、手紙という形で日記は進められていく。
今日でいえば、ブログに近い書き方かもしれないです。

泣いた日のことも、家族とケンカした日のことも、ペーターと親密になった日のことも、
隠れ家の住人が皆いがみ合っていた日のことも、物音におびえた日のことも、
乾いた文体で、簡潔に、そしてできるだけ客観的な視点を心がけて書かれています。

最後の方になると、深く内省するその自己批判力と洞察力に、もしも彼女が生きていれば
鋭い観察眼や批評力を発揮するジャーナリストなり作家なりになっていたかもしれない輝きのかけらが
見られたりします。
戦争は、そして人種差別は、こういう素晴らしい才能、快活な魂を摘んでしまうものなのです。
非常に残念です。

そして、読者である僕も、読みながら彼女たちが最後には捕まることが分かっているので、残念なことに、
その破局を心待ちにしている気持ちがありました。
アンネの記述から、彼女はもちろん他の7人にも生きている人として、流れている血の温かさのようなものを
感じてきましたから、逆にというか、その命が絶たれる痛みを待望する気持ちが、正直に言いますが、ありました。
このあたり、終わってしまった悲劇をなぞるからこそ、そういう悪い期待をしてしまうのでしょうか。
とはいえ、読んでいる間の9割方は、綴られるアンネの心情や状況にのめり込んで読んではいるのですけど。

当時の生活の様子が、それが潜行生活であったとしても生き生きを書かれているので、
古臭くてかび臭いような、ぼろぼろの古い時代として感じることはなく、
今と太陽も月も星も森の様子も風も川の流れもそこに魚が泳ぐことも鳥が空を飛ぶことも
変わらないんだなーというのが身にしみるようにわかる感じで読める本でした。

思春期の物の考え方って、やっぱり基本になるようなものがあり、
再発見させられることもあるかと思いますし、
人間模様とその分析などには、ヒントになることも多いと思いました。
そういうような意味でも、この『アンネの日記』は一面的に読めば終わりという
本ではありません。多面的にいろいろ感じたり考えたりできる本なので、
読む方はまずは偏見をできるだけ持たずに向かい合ってみることをおすすめします。
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悪銭

2010-12-20 15:11:20 | days
3か月前くらいに、エヴァンゲリオンのパチンコをやってみようかと思い立って3週間くらい打ち、
かなり負けたのですよ。やっぱパチンコっていうのは、こすっからいなぁなんて思いながら。

また、調子が良くて1万発だして、球が一つ4円ですから4万円換金することになるんですが、
それからもまだその興奮冷めやらぬ感じで、さらに勝負してしまうのです。
それで元の木阿弥になってしまったり。

その後、取り返すにしてもリスキーなので4円のパチンコはやめて、つまり諦めて、
球が1円とか2円とかのパチンコを、パチンコが大好きな従兄2人と一緒に打つことになった。
従兄たちにしてみれば、パチンコは面白い遊びであるという意識が強い。
ギャンブルっていう感覚よりも遊んでいる感覚が…、というか、ギャンブルの射幸心っていうものが、
わくわくどきどき楽しいものだったりするんですよ。
その虜なのがまさに従兄2人だなぁと。

そして、そんな彼らの仲間入りを、幸か不幸か、
意に沿うのか反するのかわからないような状態で、したのです。

そしたら1円パチンコを打つ分にはそれほど負けないし、
けっこう勝つことが多いんですよね。
トータルでもプラス。

そしたら、やっぱり儲けられるんじゃないかという気がしてくるわけです。
1円パチンコなんて、ガソリン代とご飯代がでるくらいなものですから、
その儲けが4円だった場合っていうのを考えてしまうんですよね。

そうなると、居ても立っても居られない、また4円のパチンコを打ってみることに。
ちょうど行きつけの等価交換のパチンコ屋がイベントを開いていたりする。
結果、勝つんですねぇ。数万円勝つことになる。
それで調子づいて、さらに勝てるんじゃないかと思うところに、
射幸心を煽られた可哀相な人の影が垣間見えるってなもんです。

それで、あくる日もパチンコ屋に行って、1円でも4円でも負けてしまうという大惨事に見舞われたのでした。

そこでようやく僕は悟ったのです。
「悪銭身に付かず」を思い知った。
負けたら負けたでお金が無くなるし、勝ったら勝ったで、「今日は(最近は)調子が良い」
と勘違いして、負けるまで賭け事にお金を使いだす。
そりゃ、10万とか20万とか儲けられれば、そこでSTOPできるものではあると思うのですが、
その道程は険しく、歩く者の脳をおかす毒にまみれています。

「悪銭身に付かず」は射幸心と密接な関係があります。
あぶく銭には、どうやらお金本来の重みが希薄で、
その希薄さは、あぶく銭の入った財布の中の、
元々のお金にも伝染するようなのです。
それに、なにしろ、射「幸」心の「幸」の意味するのは「金」なわけです。
お金に泳がされてあっぷあっぷさせられているのは、
どうにもみっともないでしょうね。

こう見えて、この歳までほとんど(従兄に拉致されて、しょうがなく打つ以外は)パチンコを
打ったことが無かったのです。軽蔑していたし、嫌悪していましたから。
非生産的で、想像力の無い、時間を無駄にする賭け事だと思っていました。
その点、競馬は、レースの面白さとか馬券検討の楽しみなどを認めていたのですけど。
だけど、人生ってわからないもので、そういう、嫌いな世界へ飛び込んでみたりもするんです。
そして、それで、それがどういうものかがわかったり、そういう世界の所作を学んだり、
人間観察をしたりすることになる。それはそれで、なかなか面白かったです。

そして、今日、ラストバトルだ、と従兄たちにメールして行ってきました。
行くなよ、って感じですか?
それでも狙い通りの台が打てて、勝ちました。
勝った後にやっぱり射幸心に負けてしまって、勝ち分を減らしましたが…。

でも、これで、パチンコとはしばらくおさらばです。
競馬よりも、直接的にお金が減ったり増えたりする、生々しさでいえばこちらのほうが上の
ギャンブルに身を投じてみて、それなりに学んだものもありました。
たとえば、その大きな一つにこういうのがあります。
前にこのブログでも書きましたが、満足しないことが、賭け事においては負けるまで勝負することになる
引き金になるっていうことですが、つまりは、満足しない者は絶対に負けるということです。
ヒクソン・グレーシーじゃなければ、負けますね。

それと、パチンコっていうのは、やっていると、頭が空っぽになります。
空っぽになったわりに、想像力が働いたりします、さっきは想像力のないものだと思っていたなんて
書きましたが、実際やってみると、いろいろ想像するものです。
ただ、機械のリーチアクションとか予告演出だとかは想像力に富んだものではないんですよねぇ。
まだまだ発展途上の段階なのかもしれませんね。それか、それ以上の発展なんて不必要とされて、
考えられていないのかもしれないです。

あと、困ることは、あのうるささは耳への暴力だということ。
さらにフラッシュが激しい台もあって、てんかんを起こす人もいそうな…。
ぐああ!っと、はじけてしまう人の化身がパチンコ台であって、
人々はそういう変身願望もあって、パチンコ台に向かい合うのかもしれないな、
なんて思いました。考え過ぎです。

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『ノルウェイの森』

2010-12-16 16:33:30 | 映画
言わずと知れた、村上春樹さんの代表作で大ヒット作の一つ、
映画『ノルウェイの森』を観てきました。

数年前に原作を読み、うっすらとしか内容を覚えていなかったので、
映画として作品に接し直すにはちょうど良い頃合いだったかもしれません。

村上春樹さんの小説はご存じのように読みやすく、
翻訳的な文体とも言われたりするものなので、
読んでいるときには純文学を読んでいるという気にはならないのですが、
そういう、セリフ以外の文体を取り去って、映像と言う直接的な表現方法を通して
物語を眺めてみると、やはりこれは純文学なのだなぁという見え方がしました。

また、映画の作り、出来栄えとしては、ミニシアター系の良作といった種類の
映画に仕上がっているように見えました。
ミニシアター系と言っても、一昔前の『アメリ』のような娯楽作品ではないのですが、
語り口といいますか、映画という表現方法での監督の語り方には、
大衆的なポップさは無いし、カメラのアングルや色彩にはこだわっているのだろうけれど、
派手さはないし、無理な感じも無い。
舞台となるのが1967年頃からなので、そのあたりのファッション、
つまり服飾とか食器とか部屋の装飾が、さらっとして趣味の良いものになっているのが
プラスに影響しています。
まぁ、60年代の美意識が洗練された形でフィードバックされて映画を彩っている
とも言えるでしょうね。

ただ、やはり、小説という媒体で完成度の高かったものなので、
たとえばセリフとして登場人物たちに会話される性表現には露骨さを感じたりしました。
一人で、村上春樹さんと向き合う形で小説を読んでいる分には
そういうのは許容範囲として読み進めていけるものなのですが、
映画というものの中ではちょっとどぎつく感じましたね。
それでも、本のように、自分が読み進めなくても映画はさーっと過ぎ去っていくので、
そのあたりのバランスとして、それほど性表現が全体の中で突出したものではないかもしれないです。

それと、村上作品らしいセリフの言葉づかいなので、役者さんたちは苦労されたんじゃないかと
思うのですが、それにもかかわらず、主演の松山ケンイチさんは特に見事に村上春樹の語り方を
モノにされていたように見受けられました。出色の演技です。
あの独特の言葉づかいに違和感がなく、そのうえ言葉づかいに容姿や表情がフィットしていました。
彼は、この作品の演技でさらに評価を高めるのではないでしょうか。
彼が主演する来年公開の『GANTZ』も楽しみですね。

もう一度、作品の雰囲気について言い及ぶと、
9月に公開された、これまた純文学が原作の『悪人』よりもエンタメ色が薄いです。
じゃぁ、ノルウェイの森の何が良いかと言えば、内容の重みと作品のつくりのライトさのバランスが
良いということでしょうか。油っこさがないといえば多少は通じますかね。
重みはあっても、きっと、ちゃんと観ていればもたれることはないんじゃないかという個人的見解です。
『悪人』のほうが、もたれそうな感じがします。
そのあたり、再度言うことになりますが、60年代をちょっと洗練させた感じという背景が良い味付けなのです。

ここで、僕がこの作品に危惧することが一つあるのですが、これもやはり繰り返しになりますが、
性表現についてなんですね。村上春樹をなにも知らずに、そして、エンタメ映画しか知らずに、
何の情報も事前に仕入れずにこの『ノルウェイの森』を観にいくと、
「なんだこの露骨なシモネタ的セリフ回しは」なんて、辟易として途中退場するハメになるかもしれない。
特に男はそうですね。女ならばしっかりと見終える人が多そうに思います。
気をつけたいのは、性表現に対して、それが作品に欠かせない意味を持つ要素であると理解するか、
悪趣味だと理解するかなんです。
80年代の終わりに出版されるや否や大ヒットして、何百万部だか売れた作品であるにもかかわらず、
そういうところでは、賛否両論吹き荒れるような作品でもあるのでしょう。

最後に。
この映画には、糸井重里さんや、YMOの細野晴臣さんと高橋幸宏さんがチョイ役で出演されていました。
80年代に大活躍されて、今でも活躍されている方々です。
ちょうど、この作品がでたときにヒットさせた一般の人たちのツボってものが、
彼等とも重なっているからのキャスティングでもあるのでしょうか。
僕は80年代にはまだまだ子どもでしたが、彼らにはすごく好感を持っているので、
このコラボ(?)には嬉しい気持ちになりました。
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第二期ダイエット経過報告11

2010-12-10 19:34:58 | ダイエット
ツキイチのダイエット経過報告です。

体重のほうはどないなってんねん、しかしぃ!
と、どつかれそうなので、いい加減、今月分を更新しますね…。

体重:77.5kg

プラマイ0kgです。

あかん、このぶんじゃ、今月末に病院へ行ったら
先生に怒られる。

あーーーれーーー。


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『重力ピエロ』

2010-12-03 12:03:03 | 読書。
読書。
『重力ピエロ』 伊坂幸太郎
を読んだ。

謎解き要素がメインの、いわば推理小説の類なのでしょうか、
僕は推理小説をあまり読まないので、はっきりカテゴライズするには
知識が足りないのですが、推理小説だとすると、
純文学的な匂いもする、推理小説と言えるかもしれないです。

とはいえ、大衆文学的なエンタテイメント要素が数多くちりばめられています。
その多くが会話の面白さ、冗談のおもしろさ、
相手の反応やそれに対する自分の反応や解釈の面白さです。
読んでいても、頭で考えるよりも先に、「ふっ」と吐息をもらすかたちで
笑ってしまうことが多かった。

深刻な事は陽気に伝えるべきなんだ、というようなことがこの作品の中で言われますが、
この作品自体がそういう彩色を帯びた作品であるとも言えることができます。
自らの出生の原因が、ただならぬ事実によるものである、という
自分のアイデンティティがぐらぐらするに違いない重荷を背負わされた主人公の弟や、
ガンに冒された父親など、主人公に近しい登場人物の状況の設定は、
なかなか負の要素の強い、その設定だけを聞くとどんよりと重くて暗い気持ちに
させらてしまうものになっています。
なのに、作品を読んでいても、笑ってしまう。
ユーモアを含んでいたり、ウィットによって吐き出される言葉が、実に心地よく、
ストーリーなんかは、あらすじだけ滔々と真面目に読むことになれば、
どんどん胃のあたりにもやもやしたものを感じるようなものなのに、
作りこまれた物語はそうではなくて、暗くもなく、明るくもない、第三の場所へと
読者の気持ちを持っていかせて、そこで読ませることになる。
その第三の場所こそ、ある種の達観を経験させられる心理状態なのかもしれないし、
物事を客観的に見る術を教えてくれるところなのかもしれない。
物事を深く考えるには人生は短い、みたいな句も出てきます。
どうでしょう、
「深刻な事は陽気に伝えるべきなんだ」、
「物事を深く考えるには人生は短い」、
この二つはちょっと結びつきそうな気配がしませんか。

謎解きモノなので、ストーリーについては言及しません。
この本の前に書かれた作品、『オーデュボンの祈り』や『ラッシュライフ』のほうが、
読みやすいといえば読みやすいし、驚きはうえだったかもしれない。
だけれど、今作『重力ピエロ』は、幾分重厚感を持った文体と、扱う内容の重さと、謎解きのバランスが良いです。
それに、さきほども書きましたが、笑える要素が多い中で、かすかな通奏低音のように、
深刻な心理などが基盤をなし、文飾のハーモニーの土台を支えている。
前二作を好むか、今作を好むかは、好き好きによるでしょう。

というわけで、初期の伊坂作品から読み始めて、文体の変化が今作でわかり、
その後の作品でどう変化し、成熟し、進化していくのかが楽しみになってきました。
とりあえず年内の伊坂作品の読書はこれで終わりでしょうかねぇ。
他にも読みたい小説がありますので。


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