Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

不健康

2004-12-29 23:16:23 | その他
大体わかってはいたけどさー、福建省が発覚。
じゃなくて、不健康なのが発覚。健康診断でね。
やっぱ一人暮らしがいいよー。

今年は私的言語外アウトプットが一つも無く終わっちまいそうだよ。
なんかむかつくねー。

来年のマイキーワードは「持続可能」。
この視点から攻めたいね。
そんで、公私含めて忙殺上等くらいでいきたい。
が、しかし、いろんな意味での「持続可能」性からポジティブな答えが出るものだけ。
くっだらねぇ「踏襲」みたいなのは嫌悪すべきでね、
マクロ視点とミクロ視点からのデータ羅列で、くだらねぇ「踏襲」を基盤としていると
すぐわかりそうなくらいの事柄が多々あると思うのだけど、みんなやってきたとか言うじゃない!
それって社会悪ですから! ざんねん!
not持続可能そして解体型精神性を nobody knows 斬り!!

つまりは不健康。
そして、
拙者も不健康ですから切腹!

っつーね。

今年は波田陽区良かったですね。
トムの方もちょっとまじりました。
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不定期脱線日

2004-12-26 22:50:19 | days
ここしばらく、テレビを見る習慣がないため、M-1グランプリを見逃してしまった。
アンタッチャブルが優勝したのかぁ。見たかったよなぁ・・・。
webのニュースでこういうのを知るんです。最近はほんとなんでもそう。
「すし石垣」もそうだよ。なんだよ、「すし石垣」って。

今日は本屋で雑誌買ってきて読んでたんですが、
その本屋の駐車場がいっぱいで、無理やり車停めて入店して、いろいろ見てるうちに20分くらいたって、
レジに並んでたら、あの車が邪魔だっていう店員への訴えが聞こえてきて、
なにやら耳に入ったカーナンバーが自分のだったので、会計が済んでからサーっと逃げたりでね、
なんかそんな日だよ。ご迷惑おかけしまたー・・、とここで言ってもしょうがないのだ。

明日は忘年会兼送る会(?)だなぁ。
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面目ナイ

2004-12-20 00:49:17 | days
ニンテンドウDSを買った。
たしかオイラ忙しいはずじゃ…。
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カモンカモン

2004-12-19 01:30:15 | 考えの切れ端
一昔前くらいからだろうか。
音楽の分野で、デジタルよりもアナログが重宝されているように感じてきたのは。
アナログをデジタル的に解釈すると、情報量の膨大さを再認識させられる。
そして、手軽で柔軟。
とはいえ、こういった流れも、デジタルを駆逐するものではなく、結果としてデジタルを進歩させるだし、
その逆もしかりだからこその流れだと思う。
個人的には、ずっとアナログが好きでシンセ類が嫌いだった。
だけど、デジタルの方が大きな将来性を持っている。

スローライフやスローフードといった言葉がふつうに目に入るこのごろ、
ロハスという言葉を知った。(知るのが遅かった感がある)
健康、環境などに興味を持ち、持続可能な社会を目指す志向を言うのかな?
まだはっきりと知らないのだけど、もともとそういう志向のまとまりは感じられてきたものだろうし、
カテゴライズされたのかもしれない。
ただ、雑誌なんかで特集が組まれてたりすると、メジャー化への過渡期の洗礼のように、
新しい言葉が具体化というよりもカチカチに画一化されているような印象をもつ。

前記のデジタルのように、新しい言葉には将来性があると思うのですが、
その背景ばかりから説明されると、新しい言葉が終着点のように思えてしまう。
「△」の上部トンガリに当たるのか、それとも底辺に当たるのかは見方によってどうとでもなる。
せっかくならば、「はじめに言葉ありき」でいきたいわけだ。底辺からのビジョンを持ちたい。
だからといって、その言葉がテッペンである構図ってのも大事ではある。
つまりは、様々な人をおいてけぼりにしないで、新しい言葉を底辺にして見せられるかなのかなぁ。
LOHASってのが、そのスタイルを表す言葉の頭文字をとって作られた言葉だからこそ、
背景をしっかり説明する重要性があるとしても、その語源が忘れられても意味が残るような
言葉の強さが欲しい。
これはLOHASだけに言ってるんじゃなくて、LOHASのようにどんどんたくさんでてくると
面白いのじゃないか。いろいろと。
新しい言葉だからってそんなガチガチにしなくても良いと思う。
普段疑問にも思わないで使っている単語類だって、曖昧なのばっかりな気がするし。
新語ばかり厳しく理屈固めするよりか、理屈を濾過してやることこそ
将来性をふくらますんじゃないだろうか。
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果タシテ・・・

2004-12-15 23:41:13 | days
あっという間に前回の書き込みから相当な日にちが経ち、
今年もほんの僅かとなりました。

幕張出張後にひいた風邪が長くて、
今週のはじめまで咳がとれませんでした。
現在の体調は、One Foot In The 完調の領域 という感じ。
こんな長い風邪も久しぶりでした。肺がぜぇぜぇと鳴動するのです。

さて、残された2004年期間をどう使えるのでしょう。
以前書いた、“果たしたいこと”を成就するのは厳しい状況になりました。
なにやってんですか、と、以前のバイト連中だったら言うでしょう。

ドラクエ8やってました。
睡眠時間をけずっても眠くならないくらい熱中してやってしまいました。
風邪が長引いた一因をも、たぶん担っていると思われます。
ゲームをする時間は、きっと去年の5倍くらいになっているかもしれません。
一昨年の20倍くらいになっているかもしれません。

たまにかくと、こう近況報告のようになってしまいます。
蓄積されたものを出力したいのだと思います。いろいろな形で、いろいろな方法で。
入力したものを多面体に加工して、多面体を多角的に出力していく。
一面的に言えば、そうも言えます。
HAASという写真家が、レンズの焦点をぼかして、その状態でもっともバランスの良い場面を見つけてから
焦点をあわせていくと良い写真がとれる、というようなことを言ったそうです。
方方ブラウズしていてそんなページを読んだのです。
これも、脳の入力と出力に対するメタファーになり得る言葉だと思います。
入力にも、蓄積にも、出力にも、いろんな取捨選択があって、それがいわゆる個性なのかなぁなんて思います。
それぞれの論理に基づいた取捨選択もあれば、論理を超えた取捨選択もあるわけで。
美意識からの取捨選択もあれば、私利私欲からの取捨選択もありましょう。
そしてそれらをかき集めると矛盾だらけだなんてのがまた個性でしょうか。
別々の人間の遺伝子を引き継いだ個人なんだから、矛盾があって当然って気がします。
どうやろうが、どうなろうが、全て人間の範疇内。この範疇の捉え方が、個々の、
あるいは大小のグループでの社会に対する共有幻想によって狭められ、形作られるんじゃないでしょうか。
共有する幻想の源が、言葉だと思います。特に、文体でしょうか。

ま、とにかくです、話がそれました。
果たせるのか果たせないのか、それが問題です。

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