「カミの人類学 不思議の場所をめぐって」(岩田慶治著)の中に、数字に関する記述があります。
一とは全という考え方。
私流に解釈すると、たとえば養殖のイワナは一ではなくて単、自然界にいるイワナは、一匹であっても全という決め方です。
自然にいるイワナは、そこの遺伝子を引き継がれた存在で、未来へも受け継いでいくであろう。そして、自然界からも育まれている者たちでもある。
だから、そこにいるイワナは一匹であっても一匹ではない存在。
昔の人たちは、それをカミと讃えたのでしょうけど・・
「カミの人類学 不思議の場所をめぐって」(岩田慶治著)の中に、数字に関する記述があります。
一とは全という考え方。
私流に解釈すると、たとえば養殖のイワナは一ではなくて単、自然界にいるイワナは、一匹であっても全という決め方です。
自然にいるイワナは、そこの遺伝子を引き継がれた存在で、未来へも受け継いでいくであろう。そして、自然界からも育まれている者たちでもある。
だから、そこにいるイワナは一匹であっても一匹ではない存在。
昔の人たちは、それをカミと讃えたのでしょうけど・・