我が家の近くの空き地に一匹のニワトリが住み着いた。街の住人達は何処から来たのか首をかしげている。誰かが放したか、何処からか逃げてきたかのどちらかだとは思うが、時々その横を走る路上ではニワトリ見たさで渋滞が起こる程である。
この写真の左側がその空き地。
ここの路肩に車を駐車して車から降りると、
いるいる、 よーっ! 元気か?
人が近づいても全く恐れない。
きっと多くの人が餌を与えているのだと思う。
うーん、よく観るとかわいいなぁ。観ていて飽きないなぁ。
でも、ちょっと寂しそう...。
思った、
このニワトリは人間の手を離れて生きる事が出来るのだろうか?
遠くに飛ぶ翼は持っていないし、飼い慣らされていたのでは自分で餌さえ捕れないだろう?
多くのニワトリはブロイラーと呼ばれて管理され生まれ、管理されたケージの中だけで生きる。人工的な餌を与えられ育つが、その使命は人間に肉と卵を提供する事のみである。
ニワトリにとって毎日食事に困らないで管理され生きるのか?あるいはケージを飛び出して自由(食う事に困りながら)に生きるのか?どっちがいいのだろうか?
などと馬鹿なことを考えるが、じゃあ人間にあてはまらないか?
あてはまるな。
ケージの中で一生暮らすのはイヤだ!食べて行く為にヒモジイ思いをするのもイヤだ!
どちらかを選べ、と突きつけられたら?
...
実はこのような突きつけが実際に起こっているのが人間の暮す社会という枠でもある。
このニワトリには、あまり自由がないように感じる。
住む場所もあまり選べない、人が餌をくれなければ衰弱するだろう。
...
そんなニワトリが僕にいう、
人間は、そうであってはならないぞ!
実はこのニワトリの正体は、僕の姿なのかも知れない。