ロクマルでいこう、60でGo!

" AS SLOW AS POSSIBLE AND AS FIRST AS NECESSARY "

Landcruiser 70 in USA

2017年01月24日 | LANDCRUISER

 先週の夕方、白いランドクルーザー70と交差点ですれ違った。2ドア丸ライトの70系はショートホィールで右ハンドル。運転していたのは女性の方であった。アメリカに70系は本来輸入されていないので正式に登録(ナンバープレート付)されて公道を走っているものは製造されて他国で販売されてから25年以上の歳月が過ぎた中古車であろう。実は、このニューヨーク周辺でランドクルーザー70系を目撃したのは初めてではない。昨年の夏以降には2回目撃したが、いずれも丸ライトの中古車であった。

 中古の70系がアメリカ市場に入ってきている。それは今は地味な浸透である。しかし今後その数は確実に増加して行くに違いないと思っている。アメリカのトヨタオフロード誌である、4WDToyota Owner やToyota Trail をめくって観ればToyota四駆愛好者達の関心は依然として旧車のランドクルーザーとピックアップ、そしてFJクルーザーが中心である。そして今後ランドクルーザー愛好家達の感心はランドクルーザー200に行くのではなくてランドクルーザー70系に行く気配を感じている。アメリカの市場でランドクルーザー200の販売の足を引っ張っているのは製造されてから25年が過ぎて他国で酷使されたランドクルーザー70かも知れない。

 

Landcruiser BJ73

 

 

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トランプ レジデンス タワー

2017年01月19日 | NEW YORK

 ニューヨーク、マンハッタンに聳えるトランプレジデンスタワーに仕事で行って来ました。ここはニューヨークを飾る摩天楼の一つであり、ドバイに高層マンションが建設されるまでは世界一高い高層レジデンスでした。このトランプタワーを下から見上げると光がが反射して輝きその先端は青い空に溶け込むのではないかと感じる程の外観。しかし、ビルの中の部屋はコンテンポラリーというよりもビクトリアンという感じで落ち着きがあり、ここが琥珀の箱の中の空間である事を感じさせない。 

 

 明日、トランプアメリカ大統領が就任する。嘗てトランプは『私が大統領になる時はアメリカが衰退し始めた時だ。』と語った。そしてその現実がやってきたのだ。ニューヨークのトランプタワー郡はトランプ氏の持つオーラの形の様だ、それは大きく堂々として富と力を示している。そのトランプ新アメリカ大統領が取り組むのは時代の流れとして理解されているグローバリズムの流れへの挑戦である。もし我々が今の世の中が何か分らないけど衰退しているんじゃないのか?と感じるならばそれはグローバリズムの流れが飽和状態に近くなった現象なのかも知れないと感じている。時計の振り子が右に最大に振れて左に向かって方向転換する時が今の宇宙時間なのだろうか? トランプがアメリカ大統領に就任したという現実の現象は木を観て森を観るかの様に時代の変化の始まりの象徴を示している。果たして、トランプは時の人なのだろうか? ...その答えは数十年先の未来にお預けではある。

 

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凍て付く一月のニューイングランドの森

2017年01月16日 | 日記

 先週は仕事で冬のニューイングランド地方を700マイル(約1100キロ)3日間に渡って車で走って来ました。最初はこの季節に北に行くという事で寒さに対する恐怖がありニューヨークでさえこれほど寒い(氷点下10度)というのに更に緯度の高い北部への旅は臆病にさせられた。今回はニューイングランドの中心の街ボストンへ。そして、そこから2時間程北西に走りニューハンプシャー州の寂しい冬の森の中を目指す。

 

 ニューヨークから北東へフリーウェイを飛ばして5時間、最初の目的地であるボストン市街に入った。今年の一月のボストンは降雪も無くニューヨークと同じ様な光景。たまたまかどうかは知らないがこの日は小雨が降る平年よりも暖かい気温でホッとした気分であった。ボストン市内のフリーウェイでは夕方の交通渋滞にはまりのろのろ運転を余儀なくされるが運転していたドライバーは渋滞はニューヨークで慣れており、ノープロブン!を連発していた。

 

夕方の7時頃予約していたホテルにチェックイン。

そして、

この夜我々を待っていたのは...。

 

伊多利屋ん海鮮料理でした。 

旅を楽しくさせるものは、食事なのです。

 

 ボストンから更に北上すると褐色だった冬景色が緑色に変わってくる。葉を落とした広葉樹の森から常緑樹の新緑樹に植物体系が変わる。針葉樹の森には精気を感じる。木を観て森を見る、森を観て山を観る。起伏とコーナーの続く道を走りながら通り過ぎる景色を愉しむ。

 

 ニューハンプシャーの森は積雪こそ少ないが凍て付いていた。路に捲かれた凍結防止のカリウム(塩)で路上は白く車は砕かれたカリウムの白煙を起てて走る。この辺りの道は未舗装地も多く冬は積雪でぬかるむか凍結しているかだ。

 

 森の中の町と町との間隔は車で30分である。町といっても商店街などは無い、ガソリンスタンドも無い。ジエネラルストアと呼ばれるコンビ二の様な場所が一件あるだけが町の中心であったりする。地元の人々はこういった場所で食事をしたり生活用品を購入したりしている。この日は昼食を得る為に40分森の道を彷徨ってこのジェネラルストアに辿り着いた。店員の人々は気さくでとても親切だった。ここで食したサンドイッチとコーヒーは美味しかった。しかし、値段がニューヨークのマンハッタンの中心と変わらなかったのには驚いた。森の生活というのは意外と金が掛かるのかも知れないと感じた。

 

 そのジェネラルストアの横の入り口が郵便局。小さな建物なのだがここが町の中心なのだ。

 

 

 

 ニューヨークの一月というのは寒く暗く、気持ちは常に南に向く。そういった中で今回は北に足を運んだ。僕は今まで寒さに背を向けていた、寒さから逃げたい気持ちがあった。そして冬の季節に対してはネガティブな感情を持ち、スポーツにしても車の整備にしても寒いが故に出来ない事も理由にあった。ニューハンプシャーから還ってきて山々の緑の精樹から力をもらったからかも知れないが、冬や寒さから逃げるという気持ちや姿勢を改めてみようと思った。前向きに冬を愉しもう、寒さを受け入れよう、寒い時にこそ北を向こうなどと思ったりした。2017年のこの冬はまだ続くがそこに生きる自分は既に北を向いているので、既に今年の冬は克服出来たんじゃないかと思ったりしている。

 

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極寒の冬の意味を訊ふ

2017年01月10日 | TURTLE ISLAND (亀の島)

 先週の土曜日に積もった雪が寒さの為に解ける事無く留っている。北風が吹く度に体積した粉雪が風に舞い容赦なく吹きかかる。今年も極寒の冬の中にいる。暖かい部屋にいると外の寒気は忘れてしまうが多様の用事毎で外の外気に触れざるを得ない。氷点下15度の極寒の中でも凍て付いた30年越しのランドクルーザーFJ60を始動させ、寒さの為に温まらない室内で白い息を履きながら走る。暖かい季節だと窓を全開してランクルを駆るという気分だが極寒の中ではランクルで移動するという表現しか出てこない。

 

 ランクルに乗っても殆ど温まる事が無いので冬は辛い季節である。ならば、寒さに耐える事の意味や意義を明確に持つ事によって、厳しい寒さを経験する事はこ~んなに素晴らしい意味があるんだよ。という事を自分に納得させなければ成らない、そうすれば極寒のニューヨークの冬を耐え忍ぶ精神的な支えとなるはずだと思った。

 その意味や意義を得る事は難しい事では無かった。それはこの地方の幾つもの冬を近代的な暖房器具を用いる事無く過ごしてきたネイティブアメリカンの言葉にそのヒントはある。彼らはこの長い極寒の冬の季節をどの様に忍び耐え抜いてきたのであろうか?2017年の冬の一月も今から300年前のこの地方の冬の一月もそれ程大きな寒さの違いがないとすれば、近代的な服も家も暖房器具も無い彼らは冬という期間をどの様に捕らえたのであろうか? 

 

 名も無いあるネイティブアメリカンの冬の証: 毎年冬が来ると親父は子馬を駆ってバッファローを追った。バッファローを殺すといつも親父はまだ暖かい肝臓を生のまま食べた。それから父はバッファローの内臓の中へ手を突っ込んで手を温めたもんだ。その後皮を剥いで肉を切った。何一つ無駄にはしなかった。親父はその肉を家に持って帰って鉤にぶら下げた。その冬中肉はどっさりとあった。

 ...意外とネイティブアメリカンが過ごしていた冬は今僕が過ごしている冬よりも暖かく過ごしていたのかも知れないとも思った。燃料である薪さえ切らせなければ確かに焚き火の火は暖かい。では、北アメリカに住むネイティブアメリカンは冬をどの様に捉えていたのであろうかという本日の問いだが、そこには季節が巡る自然界から学ぶ人生哲学があった。春が冬に始まり、死が誕生によって始まる事を忘れさせない為に厳しい冬がやって来るのだという教示。寒い冬は死を感じる為の季節なのだ。それ程頻繁にそして定期的に繰り返し極寒の冬を経験する事によって生という事の意味が分ってくるものなのだ。この冬という季節が無ければうっかり忘れてしまう、と無名のネイティブアメリカンは伝えている。毎年やってくる冬にはそういった意味があるのだ。暖房の効きが悪いランドクルーザーに乗っているとその伝えの意味がよく分る気がするのは恵みなのであろうかとは思う。生死感を理解する為に今日も震えながらランクルで移動しています。

 

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ファーストサン ファーストラン

2017年01月02日 | 日記

 

 元旦は快晴であった。仕事と天候と寒気故に2週間ほど自転車トレーニングが出来なかったが元旦の朝は出来ない理由が見当たらない。レーシーなジャージに腕を通して郊外の冬の森の中を駆け抜ける為に出かけた。久し振りの有酸素運動で肺の中が刺激されているのか直ぐに呼吸には鮮血の気が漂う。70分程全力で走って汗ばみいつものカフェで今日はコカコーラではなくて蜂蜜をたっぷりと注いだダブルエスプレッソを注文した。丸椅子に腰掛けてサングラスをはずすとカフェの中はスキー場のカフェテリアの様で同じ様な行動を取っている多くのバイカー達がカラフルな衣装をまとってうろついていた。今日はバイク(自転車)日和なのだと思った。ニューヨークに繋がるジョージワシントンブリッジの上を走りながら二回目の休憩を取った。それは、そこから観るニューヨークの景色があまりにも美しかったので衝動的に手足を止めて暫く水の上に浮かぶ蜃気楼の様な遥かなる街の風景に見惚れた。

 

2017年1月1日御昼頃のマンハッタンニューヨーク

 ニューヨークの街というのは仏様の手の平に乗っている。そこで繰り広げられる様々なストーリーや人間模様、そしてビジネスなどのディテールはこの太陽と水の惑星にとっては全て寄生的な出来事なのではないかと思った。太陽には太陽の秘密というものがある。地球から見る太陽は人の心の形を現しているという事だ。太陽は何も語らない。しかし、太陽は全てを見ており全てを知り、見守り育む。それはまさに神の形容でもある。

 自宅に戻る最後の坂を時速60キロ位のスピードで飛ばして下っている途中に右足の太ももが蔓りそうになった。コーナーでの踏ん張りが利かずにヒャッと感じた。耐えに耐えて自宅に到着し自転車から降りた途端に両足がつったっ!動けん!暫く道のコンクリートの上でしゃがみ込み何とか足の蔓を解除しようと必死でもがいた。それは無様な光景だった...。

 今年も走る、風を感じる事に甲斐を求めていきたい。それが自らの心の嗜好であると認めている。その嗜好はひょっとしたら太陽からのエネルギーを受ける為の手段ではないのだろうかと思ったりしている。

 

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2017 あけましておめでとうございます

2017年01月01日 | ロクマル日記

 今朝のニューヨークは快晴で眩しいオレンジ色の太陽の光が窓から差し込んできた。昨年は仕事に追われた一年であったが忙しくも充実しており悔いは無い。今年も目の前のやるべき事をこなすのみだが、そのやるべき事の枝を増やしてゆきたいと思っている。

 今年2017年は我がシルバーの1987年製のランドクルーザーは30年を迎えた(20万マイル、32万キロ)。そしてレクサスLX450(ランクル80)は1997年製なので20年となった(16万キロ、26万キロ)。所有する3台のランドクルーザーの走行距離の合計は66万マイル(106万キロ)となり年式の合計は82年となる。今年も継続して修理やメインテナンスは必要だがオーナーの意思もあり現役で頑張ってもらう事になる。

 昨年秋から物の耐久性というキーワードが頭に貼りついた。耐久性に関する考慮は現在乗っている自転車のロードレーサーでもっと早く走る為にトレーニングと兼ねて自転車の軽量化、つまり新しいロードレーサーを購入する事を視野に入れているからである。そして、考えさせられるのはロードバイクのフレーム素材である。自転車のフレームは走りにダイレクトに影響する。その耐久度もカーボンならヨーロッパのプロ選手は1年(1シーズン)、ニューヨークのロードマン達は3年位を目安にして使用している。アルミフレームも3年程でその鋭い持ち味が消耗されると聞く。即ちフレームは形はあっても歳月と共に持ち味は変化するものなのだという理解が自転車乗りにはあるのだ。最近の自転車は軽さを選択し耐久性は消費者に買い替えを理解させる事で重要度は低く抑えられている。

 ランドクルーザーに乗っていてフレーム素材が走りに影響しているという自覚は無い。ラダーフレームの鋼性は使用時間と共に落ちて行くのであろうが、鉄の剛性は限界まで落ちるとそこで止まりそれ以上の力が加わらない限りその状態をキープするという性質がある。使用年間や錆び等によっておそらく我がランドクルーザーのフレームはその限界の所まで落ちて落ち着いているはずだと考えられる。自転車の短い使用期間の設計と異なってランドクルーザーのフレームは10万キロ走って鉄の剛性が落ちて止まった所から使用する事を考慮しての設計だったのかも知れないと思ったりしている。

 

 今年もランドクルーザー200で行きます。

 *ロクマル+ロクマル+ハチマル=200

 

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