ロクマルでいこう、60でGo!

" AS SLOW AS POSSIBLE AND AS FIRST AS NECESSARY "

オーバーランドビークルの足回りの知識

2017年08月31日 | OVERLAND VEHICLE

 この夏に発売されたOutdoor X4 の21号に投稿された Jonathan Hanson 氏(Overland Columnist)の記事を要約して紹介したいと思う。その記事のタイトルは There is a difference between rock crawling and overlanding. である。オーバーランドに使用する四駆はロッククローラー的な機能を必要としないという事を伝えている。それは、決して少なくはない人々がオーバーランドに使用する車両にロッククローイングで使用する様なマッドタイヤを履いて車高を上げ、前後の鉄製のバンパーや左右のロックスライダーを装備する事を考慮するからである。

 同じ四輪駆動車でもクローラーとオーバーランダーは使用が異なる。大きな違いは車両を使用する距離である。クローラーは短距離、そしてオーバーランダーは長距離である事の理解が基本となる。Hanson 氏はオーバーランドに使用する車両に対しては容易に足回りに手を入れる事に反対している。足回りというのはタイヤのサイズの変更。サスペンションを変えて車高を上げる。レース用のショックアブゾーバーに変更する。ホイールスペーサーを挟む。という事などである。その理由はそうする事によって、重量の増加。フレーム、ジョイント、ベアリング、等に不安定なストレスが掛かってしまうからである。そしてその各所のストレスは数値で現れたりしないので乗っている本人には感じにくい。

 バックカントリーでは車両の信頼性がとても重要であり、その信頼性が足回りに手を入れる事によって低くなる可能性がある事を指摘している。メーカーによってデザインされた(ノーマル)仕様はバランス的に良く、オーバーランドにおける使用には一番良いと遠回しに伝えている。確かにオーバーランドビークルで大切な事は、出かけたその車で無事にまた戻ってこれる事なのである。

 

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コークを飲んで神の声を訊く

2017年08月30日 | 日記

 

 日曜日の朝8時過ぎ、一週間の始まりはいつも(晴れていれば)朝からコカコーラ。こうしてくつろげる時間を持っていると面白い事に人は誰でも神の声を訊く事が出来ます。その声は実は何時も自身の中に響いていたのにキャッチ出来なかった Will (意志)の事です。今週はこんな声が聞こえてきました。恐れずに手を汚して機械(ランドクルーザー)に触れる事によって機械の分らない領域を学習せよ!最新テクノロジー(特にスマホン)を否定しないでマスターし自分のものとせよ!である。つまり、神の声は自分が恐れているものに対して逃げないで正面から取り組む事を奨励する。神のWill に対してそれが出来ない理由はいくつかあり、その理由を並べるのですがそれらは全て無視されます。それはコカコーラのカフェインの所為なのか、過激な運動によるアドレナインの仕業なのかは分らないけど、自身の中でやるべき課題が見えてくるっていうのは素晴らしい事なのだと思う。しかし、忙しくはなる。でもそれでいい。なぜなら人生は短いと感じるからだ。

 

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Jeep wrangler JL

2017年08月23日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

 FOURWHEELER NETWORK (FN) によると2018型の JEEP WRANGLER JL がテスト走行の為にカリフォルニアのルビコントレールに現れたとの事です。現行のラングラーはJK、そして、次期ラングラーはJLと呼ばれる。この新型ラングラーは外的にはフロント周りのウインカーやボディのプレス処理などのデザインが変わってくるはずだが、ジープの伝統的な角ばったスタイルとオフロードに対応するラングラーの姿勢はしっかりと維持する方針だ。また、2019年には JEEP SCRAMBLER JT というジープのピックアップモデルが沈黙を破り、長いラダーフレームと3.0Lディーゼルターボを備えて市場に出てくる計画が有る故に、次期ラングラーにはディーゼルターボが追加される事が期待されている。現時点ではまだ詳細は未発表だが今年11月のロサンゼルスオートショウで正式に発表される予定である。ジープラングラーはその存在がブランドアイデンティティ(らしさ)を持つべき存在であるが故に、ニューモデルの登場には特に期待と不安が交差する。新型ラングラーに対する話題が高い今がラングラー好きな人々にとっては一番ハッピーな時なのかも知れない。

 

 

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SOLAR ECLIPS

2017年08月22日 | 日記

2017年8月17日、午後2時半頃のニューヨークの上空の太陽。

 昨日、8月21日は北アメリカ大陸の西部オレゴン州から東部のサウスカロライナの上空を皆既日食が覆った特別な一日であった。ここ、ニューヨークにおいても午後2時半頃には太陽光のボリュームがダウンし辺りは薄暗くなった、涼しくなってちょうどいい、などという声もあった。昨日はちょうどその頃から日食が終了する午後4時頃まで車での移動中だったので車の外線カットのサイドウインドウから三日月の様な太陽を観察する事が出来た。太陽は生きた生物のようでもあった。この日アメリカ中の人々が上空の太陽を仰いだ。ホワイトハウスにおいてはトランプ夫婦が公の場でこの日食を観賞された。日食はとても神秘的であり、普段あたりまえの様に存在している太陽の存在を再確認し、宇宙空間にある天体の営みをその現象の期間に感じさせてくれる大イベントであった。

 

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Welding(溶接)

2017年08月20日 | OVERLANDERS

60-Second Overlander, Welding with 3 car batteries by Matt Savage.

  車のバッテリーを3つ(12Vx3)直列に繋いでアークを発生させ溶接を行います。知識としてこういった溶接方法があるという事を知って置く事は将来役に立つ事であろう。60-Second Overlander シリーズにおいて英国人のMattさん?はビデオの中でその実践を示しているがこれを見てこれは危険な行為だと思った。危険なポイントは何かと言うとバッテリーと溶接場所が近すぎる事である。使用時はバッテリーから水素が発生し、アークで飛び散った Spatter (金属粉など)が発生した水素に引火し爆発を起こす危険性が有るという事だ。より安全にバッテリーアーク溶接を行うにはバッテリーは屋外に置き発生する水素を逃がす事。そして、作業はなるべくバッテリーから離れて行う事が知識となる。更に、厚手のグローブを着用し、アークから発生する強い紫外線から目を守る事。また、その時に発生する煙は溶接ヒュームと呼ばれる粒子の細かい金属の粉塵なので吸い込まない様に対策を施す事が大切である。1分間という時間ではそこまで説明する事は難しいので、ここでおせっかいにも説明を加えておく事にした。

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ワイパー

2017年08月18日 | ロクマル日記

 夏の夕方。辺りが暗くなり灰色の空が強い風と共に迫ってきた。ロクマルのフロントガラスにぽつぽつと雫が落ち始めてから1分も過ぎない内にダーッという音と共に強雨に襲われた。先程まで車中を包んでいた快適な音楽はボンネットや屋根の鉄板を叩く大雨の音に消され代わりに緊張感に包まれる。車内には4人のゲストが搭乗しているが、大雨ゆえに仕方なく窓を閉め切っている。8月中旬の夏の夕方の車内は蒸し暑い。居心地が悪いので多少濡れるのを我慢して5センチ程運転席の窓をあけたら、同時に皆がそれぞれの窓を同じ様に開けてくれた。2週間前のオイルチェンジの時に交換した新しいワイパーは激しく左右に動き視界を保っていてくれた。

 その時、目の前で異変が起こった、何かが突然変わった。

 急だったのでこの異変を自覚するのに数秒の時間を要した。目の前のフロントウインドウの水を拭うべきワイパーがいきなり無くなってしまったのだった。直ぐにハザードを点滅させて停止した。運転席の窓を開けて頭を出し来た道を振り返った。ギアをバックに入れてランクルをゆっくりとバックさせながら路上に落ちているであろうワイパーを探した。ワイパーは中央分離線を越えて対向車線の中央に落ちていた。幸い走行車は少なかったので安全を確認し大雨の下ワイパーを拾いに走った。拾ったワイパーを再び付け直そうとしたが上手く付かないし雨がひどいので諦め、パッセンジャーサイドのワイパーのみで雷雨の中帰路を急いだ。

 

 新しいワイパーは寒冷地仕様で雪がワイパーの胴体に付着しにくくデザインされた物であった。しかしワイパーの柄の部分がワイパーの肩のプラスチックに干渉しそのプラスチックが割れた事がワイパーの外れた原因の様子だ。幸いまだ周りが明るかった故に雨の中でも視界を保つ事が出来たが、こういったトラブルの時はパッセンジャー側のワイパーを運転席側に付け替える応急対策をしなければならない!と同乗者に説明している自分。しかし、激しく降る雨の中でそれをやるのは辛い事である。結局同乗者達は同情者となり、大雨の中でのランクルドライブを楽しんで頂いたのである。

 

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Expedicion de las Americas

2017年08月16日 | EXPEDITION

“To enjoy the adventure for its own sake”

 the 1978-1979 Expedicion de las Americas

Hemmings Daily より、

Daniel Strohl on Apr 25th, 2014

By November 1978, Mark Smith already had 25 years of experience leading off-road excursions under his belt, largely with the Jeep Jamboree an annual trek into the Sierra Nevadas from Georgetown, California. But he’d never attempted anything quite like what he had planned that fall, and in fact, neither had anybody else: He and 13 other off-roaders would set off from Tierra del Fuego, Chile – about the southernmost point in the Americas – and drive north to Prudhoe Bay, Alaska – about the northernmost point.

Smith’s Expedicion de las Americas would use six Jeeps – at least three CJ-7s, a Wagoneer, and a J-series pickup among them – all more or less stock, but fitted with a variety of necessities for the 21,000-mile, 122-day trip, including winches, 31-inch tires, and special-built “ladders” that would help them cross certain terrain much easier. And while it appears the Expedicion got some minor assistance here and there, it was all funded out of the pockets of the expedition’s participants, none of whom were professional explorers or guides.

Perhaps the most remarkable part of the trip was the crossing of the Darien Gap, a stretch of undeveloped jungle that had only once before been traversed by motorcade. Though it took about a quarter of the expedition’s total time, Smith and his group made the crossing without any serious losses.

 

 今年もお盆の期間が過ぎ去ろうとしています。お盆の週は特に亡くなった個人を良い思い出と共に思い出してあげるのが良いと聞きました。2014に他界された MARK A, SMITH 氏はルビコンルートを開き、ジープジャンボリーの創始者であり、ジープのゴッドファザーと呼ばれていました。今日でもスミス氏の存在はジープ界ではレジェンドの存在です。その彼が生前において語った内容に一番印象深かったジープ紀行が Expedition de las Americas であったとの事です。この旅は南米のチリの最南端からアラスカの最北端を6台のジープで総勢14人が122日間、2100マイルを走破しました。そして、その旅の中で特に印象的だった場所が南米コロンビアと中米パナマの国境に接する The Darien Gap (ダリエン地峡)でした。アメリカの南北の大陸は国境超えこそあれ道が繋がっていますが、ここダリエン地峡の密林地帯を除いてと言う事になります。ジャングルの藪を切りたたき、特別に製作したはしご(ラダー)を駆使し、いかだを浮かべてジープの一隊はジャングルを超えて行きます。最も苦難と困難に満ちたダリエン地峡越えがスミス氏にとって一番の思い出になっていたのです。困難な時こそチャンス、良い思い出になるということですよね、スミスさん。

 

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Porsche 912E

2017年08月15日 | VINTAGE CARS

 この夏の AUTOWEEK の別紙で紹介された PORSCHE の話題です。記事は B. BROWNELL さんが今から40年以上前にに製造された愛車の PORSCHE 912E (1975-1976) を駆って21日間(3週間)を掛けてアメリカ中を走り回ったという話題です。(これらはAUTOWEEK 誌の企画だったのかも知れませんが...)走行距離16万マイル(25万キロ)の空冷 PORSCHE 912E は高速では平均33マイル/ガロン(8キロ/リッター)を消費した。21日間の旅の目的は各地の自動車関係のミュージアムやクラブの訪問。そして、ニューメキシコ州では35度を越す暑さ、コロラド州では氷点下の寒さを経験しながらの走りだったそうです。また、旅の途中にはマフラーやフロントタイヤのトラブルも経験しています。

 

 制限スピード75マイルのフリーウェイも走り抜ける事ながら、写真で見る様に西部の砂漠の荒野の未舗装地も躊躇する事なく駆け抜けシートの後ろのスペースにはキャンプ用の薪を積み込んでいます。それは彼のクルマに対する求心が A CAR'S PURPOSE IS TO BE DRIVEN, SO THAT'S WHAT I DO. 直約すると、クルマの目的は運転する事、それをやっているんだよ。ですが、その意味のニュアンスは、旧車だからってもったいぶってどうするだよ、使い込んで楽しもうぜ、人生は短いんだぜ!という感じです。

 

 荒野(リモート地)に出かけるのに重装備の4X4 が本当に必要なのかい?バックパッキングで使用する程のキャンピング用品があればほら、野営だって出来るんだぞ。という事をこれらの写真を通じて伝えています。ちなみに PORSCHE 912Eで旅の行動を共にしたのは友人のカメラマンの G. FOLK さんです。つまり、2人分の食料とキャンプグッズを搭載していた事になります。

 そして最後に BROWNELL さんが大切な教訓を伝えています。それは、YOU SHOULDN'T BE AFRAID TO USE YOUR OLD CARS. (古い車を使う事を恐れる事なかれ)です。この記事を読んだ時に僕は、そうだそうだ。と同感しました。そして AFRAID (恐怖、恐れ)というキーワードがこの深いテーマの鍵である事を感じました。つまり、 AFRAID に対する洞察を深める事が旧車を楽しむ為の肩押しになるという事です。

 

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ブランド アイデンティティ 

2017年08月14日 | LEXUS

 近年 Lexus がスピンドルグリルを全てのモデルに採用してから路上における Lexus の存在感が高まっている。遥か後方から近づいてくる Lexus はそのグリルのデザインが功を成してちらっと観て Lexus だと認識が出来る。今世紀の最初、世界中の自動車メーカーは勝負に出ている。性能や燃費は勿論だが競争になるとそれらは互いに似てくる事になる。その結果競争は激しさを増す。そして、そこでの勝負の鍵は何か?それは自動車メーカーが確固たるブランドアイデンティティを自動車という商品に確立する事が出来るかどうかという事だ。ブランドアイデンティティというのは、他のメーカーとは明らかに一線を記す独自の風貌(ビジュアル アイデンティティ)であり、誰もがそのクルマを一目見ただけでブランドを認識出来る存在イメージである。

 

 そんな事をちらっと思っている内に Lexus LX570 は僕のクルマを追い越した。LX570 の後ろ姿を見ながら、こいつはランドクルーザーとしてのブランドアイデンティティをも持ち合わせていなければならない特別な使命を持っている存在なのだと思った、Lexus の皮をまとったランドクルーザーは前方に消えて行った。後に、僕の記憶に残ったのはLexus lX570 というブランドアイデンティティであった。

 

 

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MAZDA MIATA (NA)

2017年08月13日 | VINTAGE CARS

Mazda is starting Miata factory restoration program to celebrate the roadster’s 30th birthday

First-gen factory restoration and parts program to be launched in 2018, but only in Japan for now

August 7, 2017


A number of automakers have launched in-house restoration services for their models, and they will soon be joined by Mazda, which has announced a restoration program for the first-generation MX-5 Miata.

Starting in 2018, the Hiroshima-based automaker will offer complete restorations as well as a parts support program for the NA-generation Miata, known as the Eunos Roadster (it's a long story) back home. The automaker has already performed a test restoration and is currently accepting applications for customer restorations scheduled to start next year. Each restoration will be tailored to the requirements of each car and customer, which will open up some customization options, but we suspect that applicants will be those seeking to keep their cars stock or return them to stock condition.

For now this service will apply only to the first-gen Miatas and will only be offered to customers in Japan, but rereleased parts such as the Nardi steering wheel, the convertible top and Bridgestone SF-325 tires (for those who demand originally supplied tires) should be available worldwide via mail order. Of course, if you're already shelling out some yen for a factory restoration for your Miata, the cost of the car's round trip to Japan is a pretty modest expense, so we expect to see some Miatas from other countries make the pilgrimage back to Japan.

The NA-generation MX-5 Miata (as if it needs any introduction) debuted in the U.S. in May 1989; its 1.6-liter and later, 1.8-liter engines complimented a short wheelbase, compact exterior dimensions and a choice of five-speed manual or a four-speed automatic transmission. The pocket-size roadster was a hit from the outset, ruling its segment with little to no direct competition and offering plenty of thrills despite the relatively modest horsepower output. The Miata was about driving dynamics rather than sheer power, which were slowly coming back into vogue in the early 1990s, but with a curb weight of just over 2,000 pounds, the roadster didn't need much zoom-zoom underhood to game the traffic.

For a car approaching its 30th birthday, the Miata's design has aged remarkably well, but it's still the roadster's driving dynamics that attract new fans. The first-gen models now have a cult following, so it makes perfect sense that Mazda wants to preserve the legacy of the debut model.

AUTOWEEK より転載

 

マツダ、初代「ロードスター」のレストアサービス開始を発表

マツダ株式会社(以下、マツダ)は、初代「ロードスター」(NA型)を対象としたレストアサービスの開始について発表しました。

 このレストアサービスは、お客さまに永く大切にマツダ車を乗り続けていただける環境作りを目的とした、レストア事業とパーツ再供給の二つからなるサービスです。

 レストア事業は、お客さまの「ロードスター」をマツダがお預かりし、オリジナルに近い状態にクルマをリフレッシュするもので、2017年内に受付を開始し、2018年初頭よりサービスを始める予定です。メーカーであるマツダがお客さまと直接面談し、個々のクルマの状態や御要望に合わせたサービスを実施します。作業を行うマツダ社内の施設は、テュフ ラインランド ジャパン株式会社よりクラシックカーガレージ認証取得を予定しており、レストアしたクルマを高い品質でお客さまにお届けすることが可能となります。

 パーツ再供給は、現在供給終了となっている初代「ロードスター」の一部パーツを復刻するもので、2018年初頭より販売を開始します。パーツはオリジナル状態にこだわり、初代「ロードスター」発表当時を彷彿とさせるビニール生地のソフトトップやデザインを再現し、乗り味にこだわったブリヂストン製タイヤSF325(185/60R14)、NARDI製ウッドステアリング/シフトノブを現在の技術で復刻します。その他の部品供給についても、お客さまとの対話を通じて今後取り組んでまいります。

 マツダは、初代「ロードスター」のレストア事業やパーツの再供給を通して、お客さまの人生をより豊かにし、お客さまとの間に特別な絆を持ったブランドになることを目指してまいります。

MAZDA オフィシャルサイト(日本語)

 

 企業の本音としては新車のロードスターをなるべく多く販売したい所だろう。マツダはレストレーションと初代ロードスターのパーツ販売サービスを来年から開始する。こういった取り組みはヨーロッパの一部のメーカーに存在するサービスではあったが日本のメーカーとしては斬新であり、勇気と確信を持っての決断だと感じている。そして、この決断は近未来のクルマ文化の有り方を示している。クルマの好きな消費者は何時も誰も未来に現れる新しいテクノロジーを搭載した新車を待ち焦がれているのではない。日本国内でいいものを長く愛用したいという声に最初に具体的に応えた企業が MAZDA なのである。I氏のMAZDA MIATA を思い出しました。ロードスターは大人が本気で夢中になれるクルマなのです。

 

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Toyota Pick Up 4x4

2017年08月12日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

 ニューヨークのブルックリン地区で見かけたトヨタスモールピックアップトラック。アメリカでトヨタの小型トラックがタコマの名を持つ前の1980年代半ばのモデルで Toyota Pick Up 4x4 と呼ばれていた。当時はタコマの名称は勿論タンドラの名称さえ存在せず、トヨタのピックアップと言えばこの小型ピックアップを指していたのである。別名 Hilix (4TH Gen.) は2.4L.22Rエンジンを搭載したシンプルでタフな小型トラックであり丈夫さや耐久性は Top Gear で証明済み?である。

 

 人が車に求めるものは時代や国によって異なるが沈在的には愛情ではないかと思う。即ち長く使用されているクルマの存在というのはそれだけオーナーから愛されてきた証である。製造から30年を得て尚且つ実用的に使われているのは使用者に気に入ってもらっているからであろう。では、何が、何処が気に入ってもらっているのであろうか?こんな古いピックアップの何処に惚れているのであろうか?その本質を問いその答えの実感を感じた人がこういったピックアップトラックのオーナーとなるのである。古いトヨタのピックアップは特殊な感覚をもたらす。現在の路上で使用されている古い Toyota Pick Up 4x4 を見かける度にピックアップがその人の生活に与えるライフ(スタイル)みたいなものを感じさせられるのである。

 

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ヨンマル シルバー

2017年08月11日 | LANDCRUISER

 

 ニューヨークの郊外の小さな街の軽食店で昼食を済まして店を出ると路上にヨンマルが駐車していた。この夏、ヨンマルを目撃したのはこれで2回目である。このヨンマルは車高を揚げた車体にマッドタイヤを履きロールバーを備えている。テールランプを見るとヨンマルの後期形かな?と思うが冷静に観るとドアなどは後期形ではない。ヨンマルを維持していく上でパーツの年式を問わないで車体を整えるというのも有りかなっと思った。

 

 フロントに回って見ると、ワイパーやランプ類、そしてロゴを確認すると1972年頃のFJだとは思った。おそらく塗装は再塗装、エンジンもオリジナルではないのではないかと思った。暫く眺めながらこのランクルのオーナーが現れるのを待ったが、結局午後の仕事のアポイントメントがあったのでオーナーに合う事は出来なかった。シルバーのヨンマルは今まであまり目にする事はなかった。もし、これがオリジナルシルバーグレイの再塗装だとしたら石油ショック以前の1969年から1971年の3年間に造られたFJ40であるはず。夏の昼食後は眠気にも襲われる気だるい感覚があるが、このFJを観たおかげで我を取り戻す事が出来た。今後この地域にまたやって来たら路上にシルバーのFJ40を探す事になるであろう。

 

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MIAMI BEACH

2017年08月06日 | 日記

 仕事仲間と真夏のマイアミビーチにやって来ました。皆はビーチサンダルにサングラス、日焼けクリームで武装してくつろぎモードの体勢。しかし、僕は違う。海パンではなくてジョギングパンツ、サンダルを脱いでストレッチング、ジョギングシューズの紐を締めて気軽な気持ちでマイアミビーチを端から端まで走りながら探索する好奇心を持って走り出した。

 

 マイアミビーチの白い砂浜は広く南北に長い。海水に隣接している辺りには水浴と日光浴を楽しむ人々で溢れているがそこに至る途中の砂浜は写真で見る様に最高のランニングコースなのである。アメリカには多くのビーチがあるが多くのビーチの砂上は砂に足を取られ走るとシューズの中に砂が入ってくる。長い期間に渡って人の足とビーチバギーに踏まれてきたマイアミビーチの砂浜は土を引き締めた弾力のあるグランドの様であり、砂に足が取られる事はない。また、ビーチという環境ゆえに上半身裸で溝落ちの辺りに汗を光らせていても誰も気にしないので実にフリーな気分でジョギングを楽しむ事が出来る。

 

 マイアミでの滞在中は気持ちの良い汗を沢山掻く事が出来ました。

 ここ数年、仕事でも休暇でも何処か遠くに出かける時には必ずジョギングシューズを携帯している。勿論訪れた地を走る為である。しかし、何時も滞在先のホテルの周辺が走り廻るに相応しい環境にあるとは言えない。多くの場倍、宿泊先のホテルのジムで汗を流すのがせいぜいである。だからこそ、ここマイアミビーチでのジョギングは嬉しく楽しい。走った後は靴を脱いでそのまま海に飛び込む。南大西洋の水は温かく、力を抜いて体を浮かべて空を眺めていると母親の羊水に浸かっている様だった。生きてて良かったと感じた今年の夏の記憶である。

 

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MIAMI CAFE CUBANO

2017年08月03日 | OVERLAND CAFE

 夏真っ盛りの8月の初め暑さを理由に人々は冷たい飲み物を求める。コーヒーもそれに倣って様々なフレーバー入りのアイスコーヒーが人々に愛飲されている時代。にもかかわらず南国のキューバではカリブの湿気と灼熱の太陽光に包まれる真夏日の日中でも人々は小カップに入った入れたてのショット(キューバ式 エスプレッソコーヒー)をすする。濃いコーヒーには砂糖が深く解けており甘い。キューバ人にとってコーヒーも砂糖も自国で太陽の恵みによって産した神の祝福なのである。

 

 コーヒー三昧と言っても過言ではない。朝はホテルのアメリカンコーヒーだが、昼食後、午後の休憩時に、そしてビールやスピリッで少し酔いが回った遅い夕食後にもショットを楽しむ。時にはブラックで気分によってはミルクを入れる。僅か一口か2口で消費してしまう量ではあるがコーヒーの豊かな香と苦さと甘さは気分転換、リフレッシュな感覚をもたらしてくれる。コーヒーの香りは口に残るだけではなくて心にも残る。

 

 7月の終わりから8月に掛けてフロリダ州のマイアミに仕事で滞在しています。ここはコーヒー天国です。西のシアトル(スターバックスの発祥地)とは対照的なキューバ式コーヒーの文化が街には浸透しており、それが庶民を支えています。今日も街角でのショットを楽しみます。この街に滞在する限りこれは外す事が出来ない風習です。

 

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