職員室通信・600字の教育学

小高進の職員室通信 ①教育コミュニティ編 ②教師の授業修業編 ③日常行事編 ④主任会トピックス編 ⑤あれこれ特集記事編

8/15は、岬氏から贈られたコーヒーカップで、鮫の珈琲の香で浅煎りしてもらったマンデリンを飲もう。

2010-08-24 14:25:42 | Weblog

10.08.24 「ほろんだのよ、滅亡しちゃったのよ」の旅から帰宅したら



大須賀浜に、しばらく座り、寄せては返す太平洋の白波と、弧を描くように伸びる砂浜を眺めているとき、このことにハッと打たれた。そして、大須賀浜は、あるいは、大須賀浜に消えた知人のイメージは、その「彼方」と「茫漠」くわえて「喪失」の象徴なのだ、と。



「ほろんだのよ、滅亡しちゃったのよ」の弔いの旅、3つ目の神社は、蕪嶋神社。




「ほろんだのよ、滅亡しちゃったのよ」の弔いの旅から帰宅し、昨年、8/15に岬氏から贈られたコーヒーカップで、鮫の珈琲の香で浅煎りしてもらったマンデリンを飲む。


◆〈復習〉
 こころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社拝殿での祈願内容、粗く3点。
(1)わたしたちに勝った軍隊が国土に存在し、かつ保護までしてくれている「恥を知れ状況」からの脱却。
(2)敗戦直後に軍事的威圧のもとに、強制的に押しつけられた戦後憲法の、特に「戦争の放棄」条項の破棄。
(3)240万の靖国の英霊を、内に向かっても外に向かっても「深く弔う」いえる、新しい弔い方の創出。

 ひきつづき参拝した桜山招魂社での補足内容、粗く2点。
(1)当時の西欧列強の進出への対抗としての興亜の精神を(それは時に脱亜、あるいは不幸な侵亜と重なったとしても)、わたしが高く評価したい。
(2)アジアの某国の人間による「侵略の担い手は一握りの軍国主義者たちで、広範な日本人民に罪はない」という発言は、断じて受け入れることはできない。罪があるとすれば、わたしも、あくまで同罪である。(「復習」以上)

◆8/15当日、わたしの内部に、これまで経験したことのない、2つの現象が起こった。

 ひとつは、当日の朝、65年前の敗戦にかかわる、ことばにできない、心のうちの衝動――他者に対する自分の、なんらかの義務感、あるいはまた、それを果たせていないことから生じる焦りと言いかえてもいいかもしれない――こういう「衝動」「焦り」に即して、とにかく弔いの旅に出発してみなければいけない……と思ったとき、漠然と浮かんだ行程のなかに、唐突に「大須賀浜」が含まれていた。

 なぜか、わからなかった。 
 ずっと昔、知人が大須賀浜から行方知れずになったことがある。
 砂浜に彼の持ち物と、彼の犬が1匹残されていた。
 はじめ、わたしは、(65年前の敗戦とは別に)ああ、その彼を弔おうとしているのだ……と思っていた。

 もうひとつは、8/15が近づくと、毎年、わたしの耳の奥で聞こえる声がある。
 「負けた、負けたと言うけれども、あたしは、そうじゃないと思うわ。
 ほろんだのよ。
 滅亡しちゃったのよ。
 日本の国の隅から隅まで占領されて、あたしたちは、ひとり残らず捕虜なのに、それをまあ、恥ずかしいとも思わずに、田舎の人たちったら、馬鹿だわねぇ」という声だ(太宰治・戯曲『冬の花火』の数枝の台詞)。
 が、今年は、聞こえ方が違っている。
 違いを、ことばで説明するのはむずかしい。
 あえていえば、より「切実」に聞こえるのだ。
 これも、なぜか、わからなかった。

◆この2つが、ある時点で、ドッキングすることにより、瞬時に「なぜ?」の答えが導き出される。
 「ドッキング」といっても、A(1つ目「大須賀浜」)とB(2つ目「滅亡しちゃったのよ」)が融合し、激しく化学反応するというのではなく――もし、そういう反応だったら、かなり劇的で(^_^)v、記述のしがいもあるのだが、そうではなく^^;、まったくそうではなく^^;――B(2つ目)の謎が解けることによって、A(1つ目)の謎が解ける……という理詰めの関係だった。

 きょうのところは、ドッキングの構造のアウトラインだけを示す。
 正直にいうと、詳細に記述するだけのエネルギーがないのだ。
 受験が近づいた生徒たちには、しょっちゅう、受験生としての基礎体力――誘惑を断ち切る決断力・学習への集中力と持続力を獲得しようというのだが、今のわたしにはすべてが欠けている。
 そのうち獲得できると思う。
 そのとき詳細を語ることにしたい。
 今のわたしは、こんなふうに少しずつ少しずつ前進するしかない。

 ドッキングのアウトライン。
 これまで、わたしは自分が数枝の側に立って、戦前の軍国主義一辺倒から戦後の民主主義、マルクス主義一辺倒への豹変ぶりを揶揄していると思っていた。
 ところが、そうではない。
 数枝の「ひとり残らず捕虜なのに、それをまあ、恥ずかしいとも思わずに、田舎の人たちったら、馬鹿だわねぇ」は、わたしにも向けられている。
 わたしには、負けることによって、日本が違う国になったのだという自覚がまるで足りない。
 したがって、当然、21世紀の日本の具体的なカタチ、さらには、日本と世界を接続する方法、その具体的なカタチが描けていない。
 このことに気づいたのは、ひょっとしたら、今年、参拝時に祈願内容を文字化したことと関係があるかもしれない。
 文字化することにより、わたしがこれから向かおうとする先が、いかに、はるか彼方にあり、また、いかに茫漠としているかがわかったのだ。

 大須賀浜に、しばらく座り、寄せては返す太平洋の白波と、弧を描くように伸びる砂浜を眺めているとき、このことにハッと打たれた。
 そして、大須賀浜は、あるいは、大須賀浜に消えた知人のイメージは、その「彼方」と「茫漠」くわえて「喪失」の象徴なのだ、と。


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地元のFM局が花火大会生中継をやっている。生中継の脇のtwitterに「大阪野郎です。みてまっせ」と

2010-08-23 13:31:48 | Weblog

10.08.23 冬の花火、冬の花火。ばからしくて間が抜けて







 
★画像は、こころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社への道。RICOH・CX3


◆太宰治の戯曲『冬の花火』、第1幕、冒頭の数枝の台詞。
 「負けた、負けたと言うけれども、あたしは、そうじゃないと思うわ。
 ほろんだのよ。
 滅亡しちゃったのよ。
 日本の国の隅から隅まで占領されて、あたしたちは、ひとり残らず捕虜なのに、それをまあ、恥ずかしいとも思わずに、田舎の人たちったら、馬鹿だわねぇ」
 ……と、昼間、twitterで「冬の花火」を話題にしていたら、夕刻、パートナーから「きょうは港で花火大会がある」という情報が入る。

 花火は見たい。
 だが、夜空にクッキリ浮かびあがる花火と、地上の雑踏&人いきれのアンバランスに、わたしは耐えられない。
 そのアンバランス、対比が魅力なのよ……と、パートナーがいっている。
 花火を見ながら、コーラを飲む、ビールを飲む、アイスクリームを食べる、みんなで歓声をあげる、これが夏の風物詩なのよ……といっている。
 パートナーのいうこともわからないわけではないのだが、でも、それが、わたしは、苦手なのだ。
 とても、とても耐えられないのだ。
 できれば、ひとり、静かに見たい。←ムリですよね^^;、こんなこと^^;。

◆そこで、ときどきBlogで紹介する、こころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社から見ることにする。
 海抜68.1メートル。
 この高さだと、花火会場とのあいだに遮るものはないはずだ。
 ただし、距離は直線で6キロメートルくらいある。
 見えるには見えるだろうが、果たして、どんなふうに見えるのだろうか?……と、あまり期待しないで、神社への坂道をのぼっていく。

 境内の外灯が小さく照らす円錐形の範囲以外は、真っ暗だ。
 もちろん、だれもいない。
 いちばん高い所にある、拝殿正面から狐がズラッと並ぶ鳥居の先に立って、北東の空を眺めやる。
 木立のシルエットの上に、ペロペロキャンディのような花火が、いくつもいくつもあがっていた。
 風が、神社から花火会場に向かって吹いているので、音はまってく聞こえない。
 わたしは、こういう花火が好きだ。
 ふと、太宰の、たぶん、『富岳百景』の終わりに、こういう小さな花火を眺める場面があったように思った。
 30分ほど、眺めて帰路につく。

◆帰宅して、インターネットで花火大会の情報を得ようと――得たからといって、今さら人いきれの会場に向かうわけではないのだから、どうということはないのに、ま、習癖で^^;――検索をくりかえしているうちに、地元のFM放送局が、ホームページで「花火大会生中継」をやっていることを発見(^_^)v。

 さっそくページを開く。
 わたしが見たペロペロキャンディより、うんと大きな花火が打ちあがっている。
 しかし、色は神社の闇で見たほうが綺麗だった。
 生中継の脇にtwitterがある。
 「大阪野郎です。みてまっせ」と打ち込む。
 すると、パーソナリティが「大阪野郎さん、コメントがありがとうございます」と言ってくれたのが、PCのスピーカーから聞こえた。

◆こういうのもおもろいなぁ~、ホンマ、現代的やなぁ~^^;と思っていたら、昼間の数枝の声が聞こえてきた。
 数枝「やっぱり花火というものは、夏の夜にみんな浴衣を着て庭の涼台に集って、西瓜なんかを食べながらパチパチやったら一ばん綺麗に見えるものなのでしょうね。
 でも、そんな時代は、もう、永遠に、(思わず溜息をつく)永遠に、来ないのかも知れないわ。
 冬の花火、冬の花火。
 ばからしくて間が抜けて(片手にパチパチいう花火を持ったまま、もう一方の手で涙を拭く)」
 大阪野郎「ホンマやね、数枝はん(ノ△・。)」。
 わたしも涙ぐむ。

 なお、太宰の『富岳百景』を見直したら、花火ではなく、「安宿の廊下の汚い欄干によりかかり、富士を見ると、甲府の富士は、山々のうしろから、三分の一ほど顔を出してゐる。酸漿(ほほずき)に似てゐた」とある。
 花火ではなく、ホオズキに似た小さな富士だった。m(_ _)m














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祈願内容を言葉にすることは(ま、職業柄か?^^;)避けてきた。ただ、これだと焦りが膨らみ続け、圧迫に

2010-08-22 13:08:04 | Weblog

10.08.22 稚拙な願いを、ことばにして、それを、今後、何度も練り直し、積み重ね、構築し、圧迫に抗していこう




◆2010/8/15、こころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社境内、海抜68.1メートルの木々のあいだから、真夏の光輝に打たれ、輪郭が白く溶解しつつある市街地をしばらく眺める。
 そして、今さっき、拝殿で祈願した3つの内容を、粗く、短く復習する。

(1)わたしたちに勝った軍隊が国土に存在し、かつ保護までしてくれている「恥を知れ状況」からの脱却。
(2)敗戦直後に軍事的威圧のもとに、強制的に押しつけられた戦後憲法の、特に「戦争の放棄」条項の破棄。
(3)240万の靖国の英霊を、内に向かっても外に向かっても「深く弔う」いえる、新しい弔い方の創出。

◆これまでは、わたしは、どちらかというと、少し前にも触れたように「敗戦にかかわる、他者に対する自分の、なんらかの義務感、あるいは、それを果たせていないことから生じる焦り」という心の衝動の部分だけを記述して、祈願内容そのものをことばにすることは(ま、職業柄か?^^;^^;^^;)避けてきた。
 ただ、しかし、これだと「焦り」の気持ちだけが、毎年、毎年、ふくらみつづけ、その圧迫に耐えきれなくなる。
 既に限界である。
 だから、稚拙な願いを、ことばにして、それを、今後、何度も何度も練り直し、積み重ね、構築し、圧迫に抗していこう……と思っている。

◆3つの祈願内容とは併置できないが、ある意味で、3つの祈願内容を支えているともいえる、わたしの根底にある思いを2点補足する。

 ひとつは、当時の西欧列強の進出への対抗としての興亜の精神を(それは時に脱亜、あるいは不幸な侵亜と重なったとしても)、わたしが高く評価しているということ。

 もうひとつは、祈願内容(3)と関連する。
 かつて、アジアの某国の責任ある立場の人間による「侵略の担い手は一握りの軍国主義者たちで、広範な日本人民に罪はない」という発言に接したことがある。
 これだけは断じて受け入れることはできない。
 罪があるとすれば、わたしも、あくまで同罪である……ということ。(あと少し、つづく)




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普段は30℃程度の寿司職人の手が、寿司を握るときは16℃に下がる。タネも仕掛けもない。まさに修業の賜

2010-08-19 13:10:46 | Weblog

10.08.19 画像を見ていたらギッシングの『ヘンリ・ライクロフトの私記』の一節を想起した



◆けさ、起床後、部屋の窓を開けて換気したり、珈琲を沸かしたりしながら、ふと、つけっぱなしのTVに目をやると、寿司職人の手の温度をサーモグラフィーで測っている場面が映った。
 普段は30℃程度の手の温度が、寿司を握るときは16℃に下がるという。
 タネも仕掛けもない。
 まさに修業のたまものだ。
 強いショックを受ける。

◆自分にも、このような「修業のたまもの」といえる技があるだろうか?……と、(ないに決まっているのに)これまでの自分の身の上を想起して^^;いたら(ないに決まっていると思っているからか)突然、思考がガラリと展開して、前回の冬季五輪、フィギュアスケート男子フリーで銅メダルを獲得した高橋大輔のことを思い出した。

◆わたしは、フィギュアスケート競技には男子も女子も、ほとんど興味がない。
 だが、あのときの、冒頭の4回転ジャンプ失敗のあとの、トリプルアクセルとダブルトーループの連続ジャンプ、トリプルループ、ステップとつづく、なにかがのりうつったような演技、いわば憑依の演技には感動した。
 群を抜いていると思った。

◆冒頭の4回転ジャンプに失敗したら、ぼくは、瞬時にスイッチを切り換えて、憑依の状態に突入し、トリプルアクセルとダブルトーループの連続ジャンプ、トリプルループ、ステップで、宇宙を創出する……、宇宙に没入するのだ……と、決めていたのだろう。
 こういうことができるって、やはり、修業のたまものだ。

◆高橋大輔の男子フリー銅メダル……、もう、ずいぶん過去の話だと思ったが、チェックしてみたら、今年の話だ^^;。
 あのときも、けさの寿司職人の修業と自分の修業とを対比したように、高橋大輔と自分を対比させ、今年こそと誓ったのだったか? あるいは、絶望したのだったか?(*^_^*)


★画像は旧DAKA古書店の窓辺。
 RICOH・CX3だったら、この光景を、どんなふうに切り取るのだろうか?と思い、パチリ、パチリ。
 撮れた画像を見ていたら(実際の光景では何も浮かばなかったのだけれども)ギッシングの『ヘンリ・ライクロフトの私記』(中西信太郎訳)の一節を想起した。
 「自分は四時すこし過ぎに眼をさました。ブラインドに朝日が射していた――いつも自分にダンテの天使をおもわせる、あの早暁の純金色の陽光だ。(後略)」


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8/15桜山招魂社。わたしが3本の鈴緒を抱えて鳴らした鈴の音が訪れる人のない深閑とした境内に響き渡る

2010-08-17 16:00:14 | Weblog

10.08.15 3本の鈴緒を抱えて鳴らした鈴の音が深閑とした境内に響き渡る



◆8/15のわたし旅。
 はっきりとした目的・意図、あるいは目標があったわけではない。
 65年前の敗戦にかかわる、ことばにできない、心のうちの衝動。
 それは、他者に対する自分の、なんらかの義務感、あるいはまた、それを果たせていないことから生じる焦りと言いかえてもいいかもしれない。
 この衝動、焦りに即して、とにかく出発してみなければいけない……という心境だった。

 まず、岳父の墓参。
 実際の戦争を、わたしに語ってくれた、わたしの人生において最後に登場した人物だ。
 線香と濁り酒を持参する。

 実父のほうの墓参は(岳父の墓との距離が1000キロ以上隔たっているため、今回はやむなく)弟が前日にメールに添付してきた父の墓の画像を拝むことにする^^;。

★墓参のあと、こころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社に参拝。
 賽銭を置き、力いっぱい鈴を鳴らし、柏手を打ち、大戦で逝った兵士たちを哀悼し、魂の安寧を祈願する。

 こころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社境内、海抜68.1メートルの木々のあいだから、しばらく、真夏の光輝に白っぽく打たれる市街地を眺める。

 兵士たちの魂の安寧の他に、ここで祈念したことが、粗く3つある。(あくまでも「粗く」だから、思考の稚拙はガマンしていただきたい^^;。)

 ひとつは、65年前の戦いで、わたしたちに勝った兵隊が、いつまでも国土に存在し、かつ、わたしたちを保護までしてくれているという、ま、はっきりいえば「恥を知れ」状況からの脱却。

 2つ目は、敗戦直後に、いってみれば軍事的威圧のもとに、さらに具体的にいえば、3発目の原子爆弾の威嚇のもとに、強制的に押しつけられた戦後憲法の、特に「戦争の放棄」条項の破棄。
 もちろん、われわれが正当に議論を尽くし、その結果として同じ条項になることはあり得る。
 そのことまで否定はしない。
 だから、正しくは一端、破棄か……。

 3つ目は、大戦で逝った兵士たちは、わたしたちの希望であり、誇りであり、まさしく英霊である……という弔い方の創出、ないしは構築。
 平和の価値は、もちろん否定するわけではない。
 しかし、現在、それを戦争と相反する原理として強調するあまり、戦争の悲惨さ、さらには先の大戦の非理、不義だけが声高に叫ばれる傾向にある。




◆こころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社参拝後、恒例の桜山招魂社に参拝する。
 出がけには、ここは今年はパスするかもしれないと思っていたが、近づくにつれ、からだが自然に、海抜40.9メートルの招魂社に向かいはじめた。
 3本の鈴緒を抱えて鈴を振ると、訪れる人のない、深閑とした境内にガランガランと響き渡った。
 柏手を打つ。
 拝礼する。
 わたしたちの国において「英霊」の「清さ」という概念が復活するように、心より祈念する。




◆招魂社のあとは、行程だけを示す。

 招魂社から車で葦毛崎展望台まで移動。
 この展望台は、海岸沿いに種差海岸に至る遊歩道の起点だ。
 中須賀浜を経て大須賀浜まで歩く。
 心の衝動、焦りに即して、とにかく出発してみなければいけない……と思ったときに、この大須賀浜が含まれていた。
 なぜかは、わからない。
 大須賀浜から白浜を遠望し、再び葦毛崎に戻る。
 その後、蕪嶋神社と鮫八幡宮を参拝。
 鮫八幡宮が敗戦から65年後の、8/15の旅の、終着地点になった。

 それぞれの行程にそれぞれの思いがある。
 いや、あるはずだ。
 その「思い」を、ここに一気に記述する、なにかが、今のわたしに欠けている。
 たとえば、「なぜ、大須賀浜に向かったのか」も、そうだ。
 向かったわたしと、その「わたし」を記述する「わたし」とのあいだにモヤモヤしたものがあって、今のわたしには、そのモヤモヤを突っ切るだけの力が欠けている。
 気持ちを整理しつつ、静かに静かに独り時間をかけると、欠けている何かが形成され、わからないことがわかるようになると思う。
 そのとき、「それぞれの行程」の「それぞれの思い」を、ポツポツ、詳細することにする。。


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雨具に身を包む観客も、試合開始の希望というより中止決定までの時間と存在を味わおうという感じでエールを

2010-08-12 12:40:35 | Weblog

10.08.12 試合開始の希望というより中止決定までの時間と存在を味わおう

◆最近、ライオンズの「綱渡り継投・命がけ策戦」の観戦が、やみつきになってしまったのか、昨日も、ライオンズの試合を放映する放送局をさがしているうちに、またまた新しい放送局を発見。
 BS11デジタル。
 前回のBS12TwellVは、観られると思っていないだけで、存在は知っていたが、このBS11デジタルは、存在することすら知らなかった。
 局のホームページを開くと「Smart&Spirit 2010 Eagle Fire! 新監督マーティー・ブラウンが率いる、東北楽天ゴールデンイーグルスの主催試合30試合を、試合開始から生中継でお送りします!」と宣伝している。
 楽天中心だが、Kスタのライオンズ戦7試合の放映があるわけだから、ホンマ、ありがたい。

◆17:59分、放送開始。



 TV画面に、激しい雨にけぶるKスタ宮城球場が映し出され、アナウンサーが「試合開始時刻を30分遅らせる」と言っている。
 しかし、とても30分後に試合が開始できるとは思えない本格的な降り方だ。



 アナウンサーと解説者(西崎幸広)も「とても止むとは思えませんね」と、既にあきらめているようなコメント。



 雨具に身を包んだ観客も、試合開始の希望というより、中止決定宣言までの時間、この場に存在することの喜びを味わおうという感じでエールを送っている。

◆案の定、30分を待たず、20分経過した段階で、中止の決定。
 ボールをスタンドに投げるブラウン監督のファンサービス。

 雨中、滑り込んで水しぶきをあげるをする嶋選手パフォーマンス。

 歓声をあげる観客。







◆「楽天主催の」と断るだけあって、この間、ライオンズ選手やベンチは1度も映らない^^;。



 ライオンズの先発が平野将光で、平野には悪いが(期待はしているのだが^^;)、可能性として、3、4回裏あたりからの、最近ライオンズ大得意の、7~8人の綱渡り継投・命がけ策戦が期待できただけに、雨天中止は残念である。


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食糧備蓄庫にピーナッツ(シマダフーズ。わたしはシマダフーズのピーナッツしか食べない)があったはずだ

2010-08-09 15:00:25 | Weblog

10.08.09 ああ、そうだ、そうだ、食糧備蓄庫にシマダピーナッツ



ライオンズのハイビジョン生中継と、発泡酒と、ピーナッツ

◆BS12 TwellV(トゥエルビ)。
 この放送局があるということは知っていたが、これまで、観ようとも思わなかったし、また自分のTVで観られるとも思っていなかった。
 昨日、ライオンズの試合をやっている局はないかなぁ~? ま、ないだろうなぁ~と、ネット上の番組表をチェックしていて、TwellVで放映されることがわかった。
 ライオンズみたさにチャンネルをボチボチやると、なんとTwellVの、TwellV自慢のピュアハイビジョン映像が飛び出してきた。

◆BS12TwellVのホームページには「ロッテマリーンズ主催試合約60試合に、ライオンズ主催試合5試合を加えた、合計約65試合をお送りします。ハイビジョン生中継で試合開始からたっぷりとお届けします!!」とある。
 まるで千葉出身の乱氏向けの放送局だ。
 でも、わたしにとっても、千葉マリンのライオンズvs.ロッテ戦全試合と西武ドーム5試合が観られるわけだから、すごくありがたい。
 16:59、ライオンズvs.ホークス(西武ドーム)戦の放送開始。
 始球式が始まるところだった。
 ライオンズは、クラッシックシリーズで、昔の太平洋クラブライオンズ時代の赤いユニホームを着ている。
 苦難の時代だった。
 その時代をまったく知らない選手たち(片岡、栗山、中島裕之、細川、佐藤……)が、赤い旋風といわれたユニホームに身を包み、バットを振っている。
 ボールを投げている。
 グランドを駆けている。
 少し目頭が熱くなる。

◆冷蔵庫から発泡酒を出し、ああ、そうだ、そうだ、食糧備蓄庫にピーナッツ(シマダフーズ。わたしはシマダフーズのピーナッツしか食べない)があったはずだと、皮付きさきいか(わたしのものではない)と、のど飴(これもわたしのではない)と、PRETZサラダ(これもわたしのではない)と、とんがりcorn焼とうもろこし(これもわたしのではない)等のあいだから、探し出す。
 ライオンズのハイビジョン生中継と、発泡酒と、ピーナッツ(シマダフーズ)。
 この3つで構成される世界に没入すると、不如意なことはすべて忘れることができるはずだ……という計算が、自分にあった。
 勝ち負けはまったく問題でない。
 一定の時間、この世界に没入できればいい。
 なのに、なんとなんと、勝ってしまったよ(^_^)v。
 投手7人(大沼・野上・土肥・岡本篤・工藤・長田・シコースキー)の継投。
 現在、先発投手の岸、石井がいない。
 窮余の一策。
 この綱渡りが、最近のライオンズのパターンだ。

◆先発の大沼とワンポイントの工藤以外の6人は、みんなよかった。
 特に野上のピチピチとした投げっぷりに感激する。
 ここ、1、2ヵ月で、彼は、急速に成長している。
 キレのいいボールは池永を彷彿させた。
 ただし、5回裏に同点に追いつく……8回表に再びリードされる……8回裏に遂に逆転する……さあ、最終回というところで放送が終了(HPを見直すと、たしかに「試合開始からたっぷりと」とはあるが、「終了まで」とは書いていない)し、守護神・シコースキーの勇姿を見ることができなかったのが、少し残念。

 なお、ライオンズのハイビジョン生中継と、発泡酒と、ピーナッツ(シマダフーズ)の世界に没入すると……と書いたが、橋蔵平次と、ビールと、ピーナッツ(シマダフーズ)の組み合わせでもOKだ。
 他にも、もっとあるかもしれない。
 急いで、たくさん思い出さなければいけない。

★画像=根城城址公園の東門付近。

 トップのトンボ画像は、逆光線で花が暗くなるので、軽く軽くフラッシュを使用した。

 RICOH・CX3。


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お寺や仏像がジャリジャリジャリと揺れ、異国のようだ。ああ、わたしはこの異国の地で死に絶えるのか……と

2010-08-06 07:44:58 | Weblog

10.08.06 お寺や仏像がジャリジャリジャリと揺れ異国のようだ


 ああ、わたしはこの異国の地で死に絶えるのか

◆精神的には、やや失速状態にある。
 イライラ、鬱屈……^^;。
 自分の感情に即し、慎重に、一語を選ぶとすれば、「不如意」か^^;

 「不如意」=〔名・形動〕《「意の如くならず」の意》(1)経済的に苦しいこと。また、そのさま。「手元―な生活」(2)思い通りにならないこと。また、そのさま。「―な結果に終わる」……。

 (1)の意味「経済的に苦しいこと」のほうは、わたしの場合、清貧に暮らす、清貧に徹することをモットーとしているから、これは特にどうということはない。
 (2)の意味「思い通りにならないこと」というのが問題なのだ。

◆思い通りにならないこと――。

①まず、暑い。
 いや、暑いのは、いい。
 暑さに、自分が甘えていること。
 あるいは、完全に負けていること。
 これにショックを受けているのだ。
 先日も、奈良の三条通で信号待ちをしているとき、太陽の輝きとセミの鳴き声にクラクラっとした。
 今の奈良はジャリジャリと鳴くセミに占領され、お寺や仏像がジャリジャリジャリと揺れ、異国のようだ。
 ああ、わたしはこの異国の地で死に絶えるのか……と思った。
 夏生まれで、夏は大好きな季節だった。
 猛暑、酷暑の中で汗にまみれながら1点に集中していくのが自分の知のカタチだと信じていた。
 が、気がついたら、既に、そのカタチが崩壊しつつある。
 ホンマ、ムネン。

②体重が減らない^^;。
 1年間で500グラムほど増えただけだが、予定では5キロくらい減っているはずだったから、感覚的には500グラムと5キロ増えたことになる。
 太っている人がキライだというのではない。
 太っている女性も好きだし、やせている女性も好きだ。
 ただ、太っている自分は、アカン。
 太っていては、ただでさえブヨブヨした、わたしの知のカタチが、ますますブヨブヨになってしまう。

③ライオンズが負けつづけている。

④書いている記事を結ぶときに「(もっとつづきを書きたい、もっと書かなければいけないのだが、きょうのところは、紙幅&体力が尽きたので、これで終わり)後日詳細」とやるクセがある。
 あるいは、記事を書く前に「(今、このことについて書かなければいけないのだが、どうしても他に処理しなければいけないことがあるので、今は触れないで)後日詳細」とやるクセがある。
 この過去の「後日詳細」と未来の「後日詳細」がたまりにたまっている。
 過去の「後日詳細」は、変にいじらない限り、これ以上に増えることはないし、また、ある程度、コントロールできるが、未来の「後日詳細」は、どんどん増殖していく。
 過去からの圧迫と未来からの(増殖しつつある)圧迫にはさまれて身動きがとれない。
 はさまれていること自体もストレスだが、それ以上に、はさまれた「後日詳細」に一気呵成に立ち向かっていく知のチカラが欠落しているのが悲しい。
 知のカタチが崩れているのが悲しい。

⑤その他、あれこれ、いろいろや……^^;。

 ま、これらが今の「不如意」の中味だ。


★画像=根城城址公園の東門付近。

 自分の精神がブヨブヨしているので、ひきしめようと、背景をピンクから薄いグリーンに(*^_^*)。


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実績のあるヤツが作法を(多少自慢ぽく)語るのもいい。例=野村監督(*^_^*)。が、実績もないクセに

2010-08-03 09:45:49 | Weblog

10.08.03 実績のあるヤツが作法を(多少、自慢ぽく)語るのはいい。例=野村監督(*^_^*)。

 しかし、実績もないヤツが語るのはみっともない

★作法を語るのはイヤだ。
 なぜか?
 作法を語って実際にやれるヤツはいい。
 あるいは、実際にやってきて実績のあるヤツが作法を(ま、多少、自慢ぽく)語るのもいい。
 野村監督(*^_^*)。
 が、作法は語るが、実際には何もやれないヤツ。
 あるいは、たいした実績もないクセに、えらそうに作法を語るヤツはみっともない。
 わたしは経験的に後者の恐れがある。
 だから、イヤなのだが、でも、ま、自分のこれからの実践の確認になるのなら意味がないわけではない。
 ……ということで少しだけ、これからの自分自身の「作法」を語ることにする(^_-)。

★復習。
 いきなり、この記事を読まれる方は、なんのことだかわからないと思う。
 下記の関連記事を参考にしていただきたい。

 現在、わたしの課題。
(1)1ミリ1ミリ積みあげる石像タイプ(『時代屋の女房』)と、(2)アッというまに原稿用紙20枚という疾風怒濤編タイプ(『幻化』)……をどう融合するか?

 HP編集では(まだ、うまくいっていないが……)(1)をオレンジ枠内記事として、内容を「日常世界」&「生活スタイル」としている。
 (2)を背景のピンク枠内記事として、内容を「教育(学校教育&社会教育)」としている。

★今、この(1)と(2)、併存のカタチで、江藤淳の自刃(7/21)~日本の敗戦日(8/15)の期間を孤独に浮遊している。
 でも、「併存」では、魂の還る場所に至ることはできない。
 さて、(1)と(2)を、どう融合するか?
 これが課題なのだ。
 8/15、ギリギリ、セーフをめざしている。

 ま、「作法」を語ることへの誘惑は、このへんで断たなくてはいけない。




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「先生は、生きながら冥界に下降していかないでくださいね」……。

2010-08-02 15:22:56 | Weblog

10.08.02 石像のように1ミリ1ミリという欠片と憑依の疾風怒濤という欠片



 異ふたつの欠片をどうくっつけ、融合させるか?

◆前々回くらいに、ここ(blog)に書いたように、江藤淳の自刃(7/21)~日本の敗戦日(8/15)の期間は、わたしが、わたしの魂が還る場所を求めて、孤独に浮遊する期間だ。

 浮遊のゴールは、「還る場所」を、わたが自身の五感(視・聴・嗅・味・触)で、具体的なイメージとして認識し、この手でつかみ取ることだ。
 魂が還りつき、ああ、わたしは、ここに存在して、こうして文字を書いている。
 この書く姿が、見える。
 書く文字が、見える。
 文字を音読する声が、聞こえる。……

◆その具体的なイメージのひとつ(ま、まだ欠片といってもいい……)が、前回、パートナーの話として紹介した、裏の、ジャリを敷きつめた貸駐車場で、ひとつところにずっと石像のようにしゃがみ込み、1ミリの草も見落とさない……といった感じで、草取りをつづけているおじいさんの行為&姿なのだろうと思う。

◆あのとき、パートナーから、その話を聞きながら、オンザロックで少し酔い、ぼんやりしかかった、わたしの頭の中で、「貸駐車場」(70坪くらい)の長方形が、400字詰の原稿用紙になり、おじいさんが摘む「1ミリの草」が、1マス、1マスの文字に。

 こういう仕事の仕方に、わたしは、あこがれている。

 1つ1つのマス目に1文字、1文字、埋めていったら、原稿用紙1枚になり、2枚になり、やがて1つの作品として完成する。

◆「魂の還る場所」の、もうひとつのイメージ(これも、ま、まだ欠片といっていい……)がある。

 ぽっぽや乙松のもとに現れる少女めく、「自分は既に死んでいるのではないか……と思ったりする」教え子のメールにあった「なぜかすごいスピードで物語が浮かんできます。1週間程度で原稿用紙200枚とか平気で書けるのです」。

◆わたしは、あきらかに、この教え子と競争しようとしている。

 「先生は、生きながら冥界に下降していかないでくださいね」……。
 いや、「生きながら冥界に下降し」つつ、こちら側に対するあちら側の、こちら側ギリギリのところで、燃えよ剣・疾風怒濤編、来る日も、来る日も、毎日、憑依の状態でうわ言のように、次から次に書きまくろうとしている(^_^)v。

◆ここ、数日の、自身の苦しみ、迷い、躊躇を整理すると、江藤淳の自刃(7/21)~日本の敗戦日(8/15)の期間に、魂の還る場所を求め、孤独に浮遊しつつ、(1)石像のように1ミリ1ミリという欠片と、(2)教え子に対抗して憑依の疾風怒濤という欠片とのあいだで、揺れ動いている。
 ふたつの欠片を、どう、くっつけ、融合すればいいのか?……と、もがいている。


★画像=ひさしぶりに、早朝(午前5時半頃)、はなむけ号で根城城址公園を訪れる。
 公園入口の東門付近で撮影。

 左の画像は、わたしのつもりとしては、奥、正面の、ぼかした黒い影=東門をメインに……だったのだが、失敗^^;。
 ただ、ゴチャゴチャした画像になってしまった^^;。

 トップの画像は、ストレートにトンボと植物だけを撮った。
 RICOH・CX3。


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