職員室通信・600字の教育学

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★本日から「教育コミュニティづくりノート」を始めることにした。「ノート」とあるが実際は「メモ」に近い

2011-11-01 06:54:13 | すこやかみなみネットの実践

 

2011

11.01
地域情報交換会、ポイントは「教員は全員出席」


★〈教育コミュニティづくり〉ノート ~学校・家庭・地域の連携・融合・協働、すこやかみなみネットの実践~

★今度……というか、きょうから、この「〈教育コミュニティづくり〉ノート」を始めることにした。
 「ノート」とあるが、「メモ」とどちらがいいか少し迷って、「ノート」にした。
 実際は「メモ」に近いと思う。
 格好をつけて「ノート」にした。
 「格好」をつけなくてもよくなれば、「メモ」に戻すつもりだ。

★何度か触れたことなのだが、先月(10月)の講演から、講演の準備の仕方を変えた。
 僕の講演のテーマは、「知的で楽しい授業をめざす教師修業」か、あるいは「教育コミュニティづくり」か、このどちらかだ。
 どちらにしても、10年、20年、30年……、ホンマ、気の遠くなるほどの、長いストーリーだ。
 「教育コミュニティ」など、思い立ったからといってできるものではない。
 だから、これまで、この「長いストーリー」に(忠実に)沿わせるカタチで、講演のプロットを組み立ててきた。
 今回、これを変えた。
 「長いストーリー」をいったんバラバラにした。
 バラバラになったカット画面、あるいはショットを、ベタベタ並べ、プロットを組み立てていった。

 で、何が変わったのか?……については、まだきちんと考察していない。(ここが、ま、僕の、人間としてのいいかげんなところだ。)

 今の話に関して、結論だけ書くと、「バラバラの画面」=「ノート」ということになる。

 だから、先月(10月)の講演準備過程を、ブログ化する……といえなくもない。
 いえなくもないが、それでは悲しすぎる。
 「講演」とは別のプロットを創出していきたいと考えている。

★〈地域情報交換会〉(スライド№19)
 平成17年(2006)7月11日、第1回地域情報交換会の開催。
 イコール、すこやかみなみネット結成式。
 さきほどもお話ししたように(←講演では)、「脆弱な組織」だから、地域の各団体の方々が集まってくれるかどうか心配した。
 うれしいことに、全員、出席してくれた。
 「これまで諸団体が集まる飲み会はあった。でも、真剣に議論する場がなかった。」
 「自分たちの苦しい活動状況を伝えることができる。自分たちの願いを伝えることができる。」
 緊張が前面に噴出した、実にぎこちない情報交換会だったが、諸団体の方々はたいへんよろこんでくれた。

 この「情報交換会」での(隠れた)ポイントは、「教員は全員出席」ということだ。
 校長、教頭、教務主任、生徒指導主任等が出席……という話はよくあるが、それでは、たぶん何も始まらないだろう。
 なぜ「教員は全員出席」なのか?
 粗く、2点ある。
 1点目――
 日本は長いスパンで、学校教育、家庭教育、地域教育のバランスが崩れ、教育ピンチに陥っている。
 そのバランスを修正するために、学校教育と社会教育(家庭・地域)が連携、融合しよう……というわけだ。
 「連携・融合」というのは――
 「手伝いましょうか?」「手伝ってくれませんか?」
 「分担しませんか? わたしはここまでやります。あなたはここまでやってくれませんか?」
 「いっしょにやりませんか? わたしはこれをやります。あなたも同じくこれをやってくれませんか?」
 「もう、いっそのこと、ここでいっしょにやりませんか?」
 「いっしょに、新しく事業をはじめませんか?」
 こういう関係を創りだしていくことだ。
 互いの顔が見えなくてはいけない。
 教育の荷を抱え込みすぎている学校教育側が、まず、顔を見せるべきだろう。

 2点目――
 学校・家庭・地域のバランスがよくなれば日本の教育はまだまだよくなる。
 日本の学校には力がある。
 家庭もそうだ。
 地域もそうだ。
 ただ、今、バランスが悪いだけなのだ。
 バランスがよくなれば、日本はまだまだ大丈夫だ。
 逆にバランスが悪いままだと、なにをやってもなかなか効果はあがらない。
 「バランスをよくするための連携事業、ネットワーク活動」という発想が大切だ。
 当然、学校が抱え込んでいる(抱え込みすぎている)内容を、家庭&地域に再配分、再配置する問題にも取り組まなければいけない。
 再配分、再配置の「しかけ役」は、やはり、教育の荷を多く抱えている学校側の役目だ。
 この役目を果たすために、教員は地域の実力を知る必要がある。
 ぼんやりしていては「地域」は見えない。
 こういう地域情報交換会に参加することによって、地域のカタチが見えてくる。

 念のためにいっておくと、「学校はたいへんだ。みんなで学校に行って応援しよう」式の発想は、下手をすると、学校は「学校の教育丸抱え」状態のまま据え置かれるおそれがある。
 いや、学校の抱え込みがますます進行し、学校・家庭・地域のバランスがさらに悪化するおそれもある。
 くわえて、「もう一度地域の人が結集するシンボルとしての学校を見直そう」(清水潔・文部科学省生涯学習政策局長)とか、「いい学校をみなで作ろうということを目指した、学校を拠点とした地域と学校の連携を深めるネットワーク活動」(金子郁容氏)式の発想も、(まわりまわって僕と同じ発想であることを願っているのだが)危険だ。
 別のスライドで詳細に述べるつもりだが(←講演では)、金子氏らの「学校中心あるいは学校拠点主義」と、僕の「バランス主義」の区別はきちんとつけおく必要がある。
 区別をつけておかないと、まず、まちがいなく、道を誤る。
 落とし穴に落ちる。

★関連記事
★10月の講演(教育コミュニティづくり)の準備をはじめた。今回は、新しい試み2点ある(^_-)

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