万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

東京都知事選石丸候補の‘生徒会長100万円支給案’を考える

2024年06月26日 11時33分27秒 | 日本政治
 来月7月7日に予定されている東京都知事選挙では、当初、予測されていた小池百合子現職都知事と蓮舫参議院議員との一騎打ちの構図が崩れ、目下、無所属の新人で広島県安芸高田市石丸伸二市長が善戦を見せているとのことです。無党派層では、既に蓮舫氏の支持率を上回っているとの報道もありますが、選挙戦の最中の先日6月24日に、同候補は、公約とも言える「私の成長戦略」を公表しました。中でも注目されたのが、「都立高校の生徒会長に100万円の“ばらまき”を行う」という‘生徒会長100万円支給案’です。

 石丸候補の説明に因りますと、国民の政治に対する意識改革の手段として、高校生の時から選挙にあって公約について考え、候補者を選ぶという経験を積んでもらおう、というもののようです。民主主義国家にあっては、国民の政治意識の薄さは政治の劣化に直結しますので、今日の日本政治の惨状からしましても、その目的については首肯し得るところがあります。しかしながら、目的が多くの人々の賛同を得たとしても、その目的を達成するための手段が必ずしも効果的かつ適切であるとは限りません。歴史を振り返りましても、逆方向に向かう事例は枚挙に暇がないのです。それでは、石丸候補が掲げる‘生徒会長100万円支給案’はどうでしょうか。同案にも、幾つかの疑問点があるように思えます。

 第1の疑問点は、何故、生徒会ではなく、生徒会長なのか、という、支給対象の選定です。生徒会とは、生徒達が運営する学校内の自治組織であって、生徒会長とは、最高責任者ではあっても組織全体から見ますとポストの一つに過ぎません。都立高校に限定するとはいえ、仮に高等学校を対象に政治教育の一環として予算を振り向けるとすれば、その対象は、生徒会長ではなく、‘生徒会’とすべきように思えます。生徒会長を対象としますと、個人色が強まると共に公益性が薄れてしまうのです(まさか、誤解して、100万円を目当てに生徒会長に立候補する生徒が現れるとは思いませんが・・・)。

 第1の問題に関連して指摘し得る第2の疑問点は、生徒さん達の政治意識が、民主主義よりも権威主義の方向に向かってしまう可能性です。学校の校風や生徒さん達の意識によっても違いがあるのでしょうが、生徒会長に、強力なリーダーシップを期待している学校の方が少数なのではないでしょうか。民主主義の観点からしますと、生徒会が扱う課題とは校内事項が中心となりますので、主として対外的な分野で必要とされる‘指導力’が求められるわけではありません。この点、生徒会での話し合いや議論が重要なのであって、100万円の予算も、多くの生徒さん達が意見やアイディアを出し合い、十分に審議した上で決めるべき事と言えましょう。100万円の予算を一手に握る生徒会長によるトップダ・ウン式よりも、コンセンサス方式の方が、余程、民主的な政治教育の機会となりましょう。

 第3の疑問点は、生徒さんの‘負担者意識’の低下、あるいは、‘受け身意識’の強化です。現実の政治では、国家であれ、地方自治体であれ、基本的には、予算は国民の税負担によって支えられています(公債の発行等の手段もありますが・・・)。ところが、今般の案では、支給額の100万円は空から降ってきます。もちろん、現状にあって生徒会の運営費は保護者負担なのでしょうが、労せずして手にした‘お小遣い’の感覚となり、その使途についても、イベントなどの遊び優先となるかもしれません。皆で予算を支えているとする意識が欠如しますと、むしろ、 ‘ばらまき’として批判されている‘分配型’の悪しき政治に若年の段階で慣らされてしまい、政治腐敗が助長されるかもしれません(100万円の‘ばらまき’を公約して、他の生徒の票を‘買おう’とする生徒会長候補があらわれるとは思いませんが・・・)。

 第4点として疑問となるのは、‘政治=お金’という構図が染みついてしまう点です。学校内では様々な問題が生じており、それは、全てお金で解決できるタイプのものでもありません。また、生徒会長のみが自由に使える100万円の予算が生じますと、学校内にあって、一種の利権や利益誘導が生じる可能性もありましょう。例えば、生徒会長が公約した事業やイベントを実施するに際して、備品を購入したり、何らかのサービスを外注するような場合です。

 そして、第5の問題点を挙げるとすれば、公費からの‘100万円’の支給は、生徒会長、生徒会、そして学校側にとりまして負担となる懸念です。都の予算から支出されている以上、その予算の執行は、支給される側の義務となります。必ず‘消化’しなければならなくなるのです。使途は自由とされながらも、都は、その執行状況について把握する立場にもありましょう。都に提出する報告書の作成などの作業も加わりますと、受け取る側にとりましては、‘ありがた迷惑’ともないかねないのです。勉強に専念しなければならない時期に、生徒達による“100万円事業”の策定、実施、報告書の作成には、相当の時間が費やされることでしょう。

 以上に主要なる問題点について述べてきましたが、石丸候補が用いた‘成長戦略’という表現も、かの世界経済フォーラムの理事の一人でもある竹中平蔵氏のキャッチフレーズと重なり、少なくない有権者から、既に同氏は新自由主義者と見なされているようです。おそらく、世界権力サイドからは若くして颯爽と登場してきたフランスのマクロン大統領の日本版を期待されているのでしょう。そして、同候補の掲げる‘生徒会長100万円支給案’にも、世界政府が目指す組織のトップを自らの配下とする権威主義的独裁体制樹立への願望が見え隠れしているように思えるのです。

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