ゑの巣

ここでは管理人個人の日々の妄言、妄想、創作などを世に晒しています。ごゆるりと。

年の瀬

2014年12月30日 14時00分39秒 | Weblog
実感も無いくせに今年も最後と言う事に若干の違和感を禁じ得ないが、
こういった暦上の区切りが無ければ、それこそ糸の切れた凧のようになる
ことが予想されるので、改めてしっかりせねばと思う次第である。
実際は明日が今年の最終日であるが、明日はここを更新しないので、
そのつもりで読んで頂ければ幸いである。

今年を振り返ると、去年の続きであった、という一語に尽きる。
二年前くらいからモチベーション的なものに疑念というか変調のような
ものを感じ、それが未だに解消されていない状態である。
来年はそれを打破する事が一番の目標となるが、具体的に何をどうするか
ということについては、ハッキリと説明が出来ない。
さしあたっては、その辺の目標は抜きにして、年来の目標である同人誌の
作成を目指すと言うのも良いかも知れぬ。

何か色々と置き去りにしてしまっているような感が否めず、その清算を
済ませることを目標として据えておくことも忘れてはならないだろう。
そう考えると、結構来年の課題は多い。

そのようなわけで、来年もゆるく見守って頂ければ幸いでございます。
それでは皆様、よいお年を。
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思いの外近くに

2014年12月29日 23時23分33秒 | Weblog
東京に住んでいた頃、近所には映画館が無く、わずかに数点の映画を
市民センターで上映するような状態であった。
そういう環境からか、個人的に映画館に通うという習慣がなかなか生じて
こなかった。

半ば言い訳のような話ではあるが、ここ最近になってようやく映画でも
見るかというような気持ちになり、ウェブで近場の映画館を探したら、
思いの外近くにあって変な笑いが出る。その気になれば徒歩でもいける
程度の距離で、灯台下暗しとはこのことであろう。

件の映画館はショッピングモールと一体化した類のもので、趣味的に
合いそうな店も結構入っており、今まで存在を知らなかった事が悔やまれる
心地であった。梅田や日本橋に行くほどの用事が無い時や、仕事帰りに
食料品売り場で特売を狙う目的で寄り道するのもアリであろう。
最終時間帯の映画を観ても、徒歩で帰れる安心感もある。

今後暇な時は、なるべく話題作を観ておこう。
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味なしスパイス

2014年12月28日 22時51分43秒 | Weblog
ある食事を、より美味しくいただくためのスパイスのような要素があると
考える。それには良し悪しといった等級はあるが、どれもタダであり、
しかし金で買えないものでもある。(ただしお金をかければ良くなるもの
もある)

具体的には以下の5つ。
・良い場所で
・良い人達と
・大雑把に(知り過ぎ、考え過ぎない)
・愛情
・空腹

食べるものの質が多少低かろうと、食べる場所が良ければ美味しく感じる
ものである。部屋の中で食べるより、野外に出たり、景色の良い所で
ものを食べたほうが美味しいと言えば、おおよその想像がつくだろう。

食べる時に気心の知れた連中を囲めば、やはり食べ物の質が低くても、
話などの場の雰囲気の盛り上がりにより、お食事タイムの満足度が著しく
上昇する。はずである。なお、ネガティブ方面の会話や下ネタ方面の話題は
相手を選び、盛り上がることが確実である場合のみ使用するよう注意。

色々と考えると、基本的に飯は不味くなる。例えば出てきた料理が具体的に
どのような処理を経て出てきたか、この肉がどのような過程を経て出て
きたか等を、精細に遡ってみるといい。大抵の人は食欲をなくすであろう。
他にも、この食器は出てくるまでに、どうなっていたのか等を考えるのも
危険である。知らぬが仏の一言に尽きると言えよう。

愛情については、明らかに自分のために作ったであろう食べ物を想像
してみると分かるかと思う。美味しいとか不味いとか以前に、食わねば
ならぬという使命感すら沸いてくるが、過剰になると味が分からなく
なるので、スパイス程度に使うのが適正であろう。

空腹についてはもはや本能レベルであり、これをコントロールしてまで
己の食べるものの質を上げようとする行為は、半ば本末転倒であり、
マゾと言うか、目的が別のものに置き換わっている可能性がある。

これら五つは先で少し触れていたように、あくまでスパイスである所に
その意味がある。つまり単体で頂いたり、用量用法を誤った場合に
効果が逆転し得るものであるという存在である。
もちろん、食べるものの質そのものが良いに越した事はないが。
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高効率嗜好体質

2014年12月24日 22時59分59秒 | Weblog
アリクイという生き物は、名前の通り蟻(シロアリ)を専食するが、
飼育下ではマヨネーズも好んで食べるらしい。
言われてみると高脂肪かは分からないが、高蛋白でアリの事だから酸味が
あるだろうと考えると、それなりに味の共通点があると言える。

味の共通点が無いにしても、高蛋白高脂肪+強めの酸味や甘みの乗った、
いわゆる“濃い味”というものは、好みの出る味と言えよう。
例えば某牛丼系の店では、そっち方面を狙ったかのような、人によっては
メニューを読んだだけで胸焼けを覚えそうな濃い味尽くしの所があるが、
そこを非常に好む人が多いのも事実。
アリクイの生息環境化でのアリはかなり高効率のエネルギー源であるから、
さらに高効率といえるマヨネーズに食指が動くのも納得の話で、人間の
世界でも濃い味を好む人たちは、高効率エネルギーを必要とする環境下に
あることが多い気がする。

要は短期間で多くのエネルギーが必要な環境にある生き物が濃い味を
好むのは、もはや必然と言うか本能に近いのではなかろうか、と言う話。
アリクイや他の生き物に、ヒトと同じような味覚があるのかどうか
分からない(そもそもヒト同士でも味の感覚が一様とは言えない)し、
味の好みは後天的なものや思想的なもの、自発的要因でいかようにも
変化するものなので、結果としてはそうでない人も多かろうとは思うが、
“濃い味”尽くしの昨今の食料品売り場を見て、ふとそう思った次第である。

エナジードリンクの台頭もそうであるが、個人の働きをブーストさせようと
いう風潮がもはや窮まってきている感が否めない。

もうこれ以上無理させるなと言いたい。
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有言不実行

2014年12月23日 22時13分20秒 | Weblog
あと一週間ちょいで来年になるということの実感が未だにわかない。
寒さや日の低さなどを除いた、精神的な感覚としてはまだ10月末くらい
である。
そして来年が来てしまうとして、来年年男である点も現実逃避を加速させる。
もう四十路に近いとか、悪い冗談のようだ。

毎年立てては当たり前のように潰す目標の一つである『同人誌を出す』
ということにも、そろそろリミットが迫ってきている感があり、いい加減に
実行しないと人として失格の烙印を押されかねない。

引越しも結局なおざりのまま今に至る、であるし、何とかせねば。
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泣きの形

2014年12月21日 22時20分44秒 | Weblog
アニメなどでキャラクターが死亡する際の流れが何か陳腐化してきている
ように感じ、これでは感動以前の問題なのではなかろうかと思う。

・何かあってキャラ(以下A)が瀕死に
・Aの名前を涙ながらに連呼したり、しっかりしろ等の気合を入れたりする
・Aが死を悟り、思い出話を土台にした未来への涙のメッセージを残す
・Aが人事不省に陥る
・Aの手応えがなくなり、また連呼モードに入る
・最後に大きな声でAの名を叫ぶ

個人的にはこれだけでAが死んだ事になるのが、まず納得いかない。
Aを看取る方のキャラが、医者であるとか、人の死について専門的な立場に
ある者ならば良いが、上の例だとちょっと気を失っているだけかも知れず、
緊迫感とか悲壮感が足りないと感じる。

もっと観ている側(視聴者)をして『これはもうダメだ…』と思わせる
ようなお膳立てをしないと、Bパートで頭に包帯を巻いた程度で病院の
ベッドで元気に話をしているAの姿が容易に浮かんできてしまう。

何十年も前の漫画やアニメでも、そういう場面で
・看取る側がもうこれはダメだという“何か”を見つけ、以降騒がない
・瀕死のキャラがうわ言を言い出す
・体の致命的な部分を損壊するが、看取る側が救命措置を施そうとする
・気が付いたら体の一部しかなかった
というような工夫、演出を凝らしていたのに、それを発展させるどころか
先に書いたようなお約束として、陳腐化させてしまったのはなぜか。

重要キャラが死亡するのは、ストーリーにおいてやはり重要なポイントで
あると考えるため、そこをお約束で流してしまうのは、一番おいしい所を
捨てるかのような行為ではないかと思う。
グロ表現とかに特化するという訳ではなく、とにかく観ている側をして
『マジかよ…どうするんだこれから…』と思わせる、悲壮感めいた
感覚を呼び起こすような演出を色々生み出して欲しいという一点である。
まとめると、物語の要たる人死にの表現は面倒臭がるな(嫌なら殺すな)
ということである。

あと、これは個人的感覚かも知れないのだが、上のような切迫した
場面では普通涙は流さないと思う。大体一段落して、『ああ、アイツは
本当に逝ってしまったんだ』と理解した時に初めてボロ泣きするのでは
なかろうか。現実的とか以前にリアリティすらないと思うのだが。

一体あの流れ、何が発祥なのだろうか。
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脂めく世界

2014年12月19日 23時02分32秒 | Weblog
先日、すわ大往生を遂げたかに見えた我が家のPCであるが、次の日に
起動してみたらまさかの復活を遂げた。その後WindowsUpdateがガッツリ
入っていたので、何かの毒を盛られた可能性は高い。

ともあれ、まだ油断は出来ないので、いつでも交代できるように準備は
進めておきたい。そして、色々と心配をお掛けしてしまった事をここに
詫びる次第である。

話は変わり、随分昔から食べ物を買う時に裏に書いてある成分表で、
“脂肪”の値の低いものを選ぶようにしている。動機は健康などという
大層なものではなく、半ばゲーム感覚であるのだが、最近、同じ食品で
あっても以前より脂肪分が増したものが増えたような気がする。

中身や量が変わったように思えないようなものでも、脂肪以外に微妙に
変化しているように思える。
例えば関東と関西で味が違うからだとか、冬場で冷めにくくするために
脂分を増量しているからとか、色々な理由がありそうであるが、その旨が
どこかに明記されていたためしがないため、そもそもが勘違いという線も
有り得る始末である。

どのみち、この低脂肪生活は自己満足的なものでしかないので、あまり
必要以上に気にしても仕方がないだろう。健康診断で引っかからない程度で
あれば御の字である。

そして、久し振りにウェブ拍手にメッセージがあったのでお返事をば。

>サイトが重すぎるのですが…イラスト素晴らしいです!

ありがとうございます。最近は完全に月一回の更新になってしまって
いますが、今後も見捨てないで頂けると嬉しい限りです。

サイトが重い件について、あのウェブサイトの総容量は50MB未満なので、
そこまで重い部類ではないはずですが、もしかしたら、余計なデータが
溜まってしまっているのか、iPhoneなどからアクセスしているからとか、
色々な可能性が考えられます。ただ、個人的にはそこまで詳しくないため
特定は出来ません。申し訳ないです。
※Pixivは今使っているPCからでもタブレットからでも相当重いです。
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突然の

2014年12月16日 23時13分48秒 | Weblog
タブレットを購入してしばらく経つが、そのせいか何なのか、
今し方PCが沈黙した。
電源は入り、ファンもまわっているが、BIOSが
起動しないため、おそらくマザーボードかOSが逝った
のだと思われる。

ここ最近、襟首を締め上げたくなるようなアップデートを
繰り返してきている印象と、手元にタブレットが
存在しているため、もはや特段の憎しみも湧かない状態である。

キーボードとマウス不在、かつ慣れない環境で相当の
不便はあるが、打つ手がないよりはよほどマシであろう。
しかしやはり不便なので、タブレットに繋げる
マウスとキーボードを近いうちに探しにゆかねばなるまい。

それにしても、今回のこれは本当にアップデートが
元凶なのか、それともただの寿命なのか、それがわからない。
もっとも、BIOSすら立ち上がらない状況では打開のしようがない。

何だかここ数カ月、妙に出費する機会が多い気がする。
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物理系魔法

2014年12月15日 23時48分41秒 | Weblog
ゲームやアニメなどでよく出てくる『氷結系』の効果が、大体物理系で
ある点にかねがね納得がいかないでいる。
極端な低温を発生させた結果として、氷の塊が生じるのはいいとして、
それを相手にぶつけたり、氷で槍を生み出して貫くのはおかしいと感じる。

それならば対象の体内とか周辺の水分を凍結させて、敵をもろともに
氷漬けにするとか、敵の内側から氷の槍を発生させるとかの方がいくらか
氷結系の看板に偽りなしと思うのだが、どうなのだろうか。

そもそも低温が大打撃になるのは、往々にして生物だけで、幽霊とか
大して凍るもののないゴーレムの類には効かないはずだが、たまに
効いている作品を見かけたりする。
その辺の話をすると、じゃあ電撃系はどうなのかとか、大体が大体おかしな
ことになっていると気が付き、結局は派手で、何だかカッコ良ければ
よかろうという話なのだろうという点に行き着く。

とはいえ、そろそろありきたりな魔法エフェクトでは飽きられてきて
いそうなので『こう来たか!』と思わせるようなものを願ってやまない。
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追加料金

2014年12月14日 22時53分24秒 | Weblog
今やっているゲームで初めて有料のDLCを試してみた。
モノは、普通にゲームをやっていたならば10時間につき一つくらいしか
得られないようなアイテム(+それによって得られる効果)が、労せずして
数十個手に入るという代物である。

ある程度覚悟はしていたものの、個人的に持っていた『ゲームとは何か』と
いう感覚を揺さぶられるような、結論から言えば、これで良いのか?と
思わせる程の内容であった。
さりとて一回で結構なお金がかかり、しかも確実に手に入るとは限らない、
いわゆるガシャ系課金コンテンツの類ならば良いかというと、そちらも
そんな事はない。

そう考えると、ゲームというものは実に絶妙な、危ういバランスの上に
成り立っているものなのかと感心を禁じ得ない。
古今に至るまで定番と化した、“アイテム欄のバグ絡みで、アイテム増殖
もしくはアイテムIDシフト”などがいかにゲームのプレイ寿命を縮めるか
という話である。実際にそういう技は、やった一瞬は盛り上がるが、長くは
持たない。はっきり言って、驚くほどつまらなくなる。

なので、DLCや課金コンテンツは、経験値やお金、レアアイテムやそれらの
獲得率大幅上昇系よりも、エピソードやマップの追加の方が個人的には
健全と感じた次第である。 …何事もバランス次第ではあろうが。
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