ゑの巣

ここでは管理人個人の日々の妄言、妄想、創作などを世に晒しています。ごゆるりと。

大晦日

2012年12月31日 18時55分44秒 | Weblog
大晦日を在宅で過ごすということで、水回りの大掃除を決行する。
文にするのもおぞましい惨状であったが、日々の生活ではあえてそれに
目を向けないまま生活していた。しかし、ふと客観的に見た時に、さすがに
あんまりだろうと思い立ち、ついでにこの暇であることも手伝って、
急ぎ近所のドラッグストアで掃除用具をひと揃い購入し、今に至る。
…掃除用具がこれまで揃っていなかった点に、惨状の一因を見ることが
できよう。

ドラッグストアで、噂を聞きかねがね試したいと思っていた重曹が
売られていたので早速試すが、実に魔法的で、その効果に驚く。
具体的に言うとルカニである。ちなみにクレンザーはバイキルト。
“○○で分解”系の攻撃魔法アイテムは購入していなかったため、力押しが
必要な部分では詰めきれなかったが、ほぼ八割片付き、満足する。
そしてこれらの作業を行っても、素手部分はノーダメージになる
ビニール手袋も、魔法グッズと呼ぶにふさわしい逸品であった。

その後帰りの道すがら買った蕎麦を食し、あとは新年を待つばかり。

今年の日記をざっと振り返ると、基本低調で、モチベーションの低下が
顕著に見られていたのですが、来年は少しでもそれらの復調に努めたいと
思う次第です。皆様におかれましては、そんな有様を生暖かく見守って
頂ければ幸いと存じます。

それでは、よいお年を。
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用事は少ない

2012年12月30日 23時49分37秒 | Weblog
とりあえず年末年始の予定を立てる。何だかんだ言って、やること自体は
少ないので、年明けはここで迎える事になる。何年か前に一度大阪で
新年を迎えたこともあったが、特に何がどうということはなく、色々
掃除をしたり、いつもと違うものを食べる程度で終わるだろう。

という事で、今年の終わりまでよろしくお願いします。
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暮れを待つ

2012年12月29日 23時38分25秒 | Weblog
先日は朝まで飲む。帰りの駅に向かう途中、空にはやけに明るい月。
そのせいか、こんなにもと思うほどに街は鮮明に見えた。
始発に揺られて自分の住む街に帰った時には、その月は隠れ、いつもの
不鮮明な夜の風景に戻っていたのを見て、あれは夢だったのではないかと
ふと思う年の暮れ。そう、今年ももう終わり。

年末年始の予定もまだ立っていないような、来年が来るという実感もない、
そのような状態ではあるが、ひとまずはのんびりとしたい。
色々なことがあったようで、結局何も残らなかったような、今振り返る
限り、そんな感じ。
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死んで腐るか腐って死ぬか

2012年12月27日 01時45分36秒 | Weblog
同僚から、泊の付くような、身分相応かそれを少々上回るようなものを
手に入れてはどうかと持ちかけられる。曰く、それにより(場合によっては
背水の陣をしく事で)日々の仕事に張りが生まれるとか。

実に前向きな話ではあったが、正直なところ乗り気ではなく、そもそもの
モチベーションというか、甲斐を感じていなければ、首に縄をかけるに
等しいその行為は簡単に最悪の事態に発展しうるという、他人に勧める
にしては結構過ぎる話ではないかと、訝る気持ちの方が優っていた。

追い詰められ、誰かの視線の上になければ、基本人は怠けて眠るものでは
あるが、それは人の本質である。労働は人の美徳であるというが、美徳と
いうものは、惰性で転がりゆく力に反逆する際に生じるもので、そういう
状態を美しいと感じるところまでは本質的であるが、美徳とされる行為
自体はそれほど本質的ではない、と考える。

さておき、例えば今の身分で数百万からの買い物をしたとして、それに
よって生活に緊張感が生まれ、仕事にもそれが反映され、さらなる稼ぎへの
モチベーションとなる…という筋書きは、(心が怠惰に腐っている)今の
自分自身にとって、何か大前提を置き去りにした理論のように感じられた。

稼ぎのために働くのか、何かしらの使命があって働き、稼ぎは稼ぎなのか。
稼ぎや評価といったものは結果であるが、その途中はどうなのか。
それをすっ飛ばして得る結果に、どれほどの価値があるのか。
それが腐っている人間が出す結果に、どれほどの意味があるのか。

『30代の今の時期は悩むよネ』と、月並みに答えられたこともあり、
実際に与えられた処遇が、多少の失敗は大目に見てくれるという状態
(自意識過剰の可能性あり)にも、どこか納得がいっていない。
悩むよネと言われれば、悩んでいる、と答える。しかしそこから先が
生まれてこない。
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2012年12月26日 00時30分58秒 | Weblog
最近よく見るようになった、7インチタブレットについて、にわかに
興味が湧いたので、少し調べてみる。そもそも、何をするためのものなのか
さえ分かっていない状態だったので、そこから調べることになったのだが、
果たして、欲しいか、もしくは必要かと言われると、キレの悪い返事を
する他ない。
スペックだけ見ると決定打に欠けると言うか、据え置きゲーム機のような、
用途に応じた力の分散加減がなされていて、目的なしに買うと痛い目を
見そうな予感がした。
しかし、ものによってはゲーム機よりも安いものもあるので、とりあえず
買ってみるという剛毅なやり方もアリかも知れない。そう考えてみると
随分と欲しい気持ちが高まってくるものだから不思議なものだ。

依然として使い道は考えていないのだが、買ってからでも見つかるだろうか。
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冬の寒さ

2012年12月24日 21時45分13秒 | Weblog
ひどく冷えると思ったら、少しの雪がちらついていた。冬も本番である。

家の近くの植え込みに、夏からずっと空蝉がしがみついており、
そこを通るたびに、いつまで残るものなのかと見ていたが、ついこの間の
長く冷たい雨に打たれ、ついに流されたのか、姿を消した。
役目を終えて、黒ずみ、ふやけ、朽ちかけてなお、葉に爪を立てるその姿に、
或いは己の姿を見ていたのかも知れないと言うと、いかにも感傷的であるが、
何かしらの風情を胸にもたらしたことは確かである。
自らの意思ではなく、誰かから請われた訳でもなく、ただそこにあった
というだけであるが、なぜか妙に心に引っかかって離れなかった。


『人間失格』の原作を読む。想像通り、漫画版以上に悲惨な内容であった。
絵のある漫画版では、気付かなかった主人公の心象が詳細に描かれており、
答え合わせ的というか、両方読んで一つなのかも知れないと思うに至る。
ただ、漫画版は後半の展開がかなり違うので、正確には答え合わせでは
ないが。
ともあれ、結局ここまで読んでなお、感想らしい感想は書けないままでいる。
ひどく共感できるようで、ひどく遠くに感じるような、そんな読後感。
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一庶民

2012年12月23日 23時18分47秒 | Weblog
年末ということで、人がさぞかし多かろうと思って行った梅田は
やはり人が多く、いろいろと店を見て回ったものの結局何も買わずに帰る。
ああも人が並んでいるのを見ると、少し位の欲しいものは我慢だと
思えてきてしまうのに、なぜそんな街に飛び込んだのかと問われれば、
単に何かめぼしいものでもあれば良かろうという、わずかな期待があったと
答える他ない。

それにしても、随分いい年になって、収入もしがないながら得ている
身空でありながら、未だに百貨店の多くの店が高級過ぎて居たたまれない。
余程のブランドショップでなければ、実際扱われている商品の値段は
経済事情の許容範囲内であるのだが、詰まる所この身なりと心がまるで
追いついていない。既に学生時代から身なりについては『いと侘し』と
評されてきたのだが、正直今はそれに勝る体たらくである。
さりとて、いざ経済事情相応の身なりをしようとすると、心が拒絶反応を
示すという、結構ダメな状態で、使う機会もないままに仕事ばかりしてきた
ツケを今更ながらに思い知らされている。

個人的に本屋が好きな理由も、そういった高級感がもたらす敷居の高さを
感じさせる店がないからではないか、とこれも今更のように気付く。
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隙間風はより寒く

2012年12月22日 23時12分06秒 | Weblog
色々とうだうだやっているうちに、大阪での数少ない友人の一人が
東京方面に引っ越してしまっていた。二ヶ月くらい前から話は聞いており、
(日記にも書いている)以降色々あったり、休日毎に気力が萎えたりした
関係でついに今まで引っ張ってきてしまい、かかる事態と相成った。

今生の別れでもないし、帰郷のついでに立ち寄れる場所でもあるから、
そこまでの事でもないと思う。ただ、正直なところ、今の弱った心には
殊更に、小さくない隙間が空いたかのように感じられてならない。

こうした人間関係の節目には大体過去を振り返るものだが、そこで
思い返される自分自身と今現在の己の像とが、何もまるで進歩なく、
ただ齢を重ねただけであったことを知るにつけ、どうしようもないような
気持ちになる。ただ単に今現在が充実していないからそう思うだけだと、
そう思いたい。
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目に奪われる

2012年12月21日 00時48分00秒 | Weblog
古屋兎丸氏作画の、漫画版『人間失格』が届いたので読む。

原作の小説は、某百科事典サイトであらすじを読んだ程度でしかなく、
それに比べるといくらか軽い内容と言うか結末ではあったが、
成程破滅的な物語である。
これについての感想を書くには、もう少し読んで頭と心に馴染ませないと
無理そうなので、今ここでの感想は大して無い。

最近小説を読んでいないので、確たることは言えないが、小説を読む際は
自分と物語中の一人称をシンクロさせることが多く、それによって得る情報
は実際に書かれている文字のそれよりもはるかに濃密である。
しかし、漫画だと作中の一人称は誰であれ既に描かれてしまっているもの
なので、それ以上入り込むことが非常に難しい。
有り体に言うと、絵が邪魔して一定以上のところに入れない。

作中における主人公の絶望や空虚を、視覚的に伝わるように工夫を凝らして
いるのは一読しただけでも伝わったが、これを原文で読んだ場合、どれほど
の感覚が得られるのだろうか。とても興味深い。
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しとしととじとじと

2012年12月20日 01時12分08秒 | Weblog
先日に話題とした乾燥肌によるかゆみがひどいので、休日に軟膏を
買いに行く、普段あまり買わないもののためしばし店内を探すが、
目立つ所に大きなコーナーが作られており、皆乾燥肌に苦しんでいるのだ
と少し安心する。
かなり適当に購入したが、果たして効き目は充分で、何か肌の潤いとやらが
帰ってきたような心地になる。かゆみに関しても、霧のようにさっと
消えることはないものの、かなり落ち着いた。

唯一の問題は軟膏を塗るためには指を使わなくてはいけないことで、
その指はむしろ油分や潤いが過剰であるため、塗った後に洗い流しても
かなりじっとりとした状態になる。

こういう場合何を使って塗りこむのがよいのだろう。
漆塗りよろしく、木製のヘラでも使うのだろうか。
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