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‥‥‥†‥‥‥‥
こうじ神父
「今週の説教」
2022/9/18(No.1199)
‥‥‥†‥‥‥
年間第25主日(ルカ16:1-13)
神が天の国に場所を用意してくれるように、立ち回れ
‥‥‥†‥‥‥‥
何と言いましょうか、私たちが信仰を強めるために試練がどうしても必要なようです。福者カミロ・コンスタンツォ神父殉教400周年を記念する年に、台風がまともにやってきました。
私は二十六聖人の最後の日々が重なりました。西坂に向かう修道者・信徒たちは、最後にゆるしの秘跡をうけてから聖体を拝領することを希望したのですが、ある人には聖体拝領が認められ、ある人にはゆるしの秘跡だけが認められました。この世の最後の願いすら、取り上げられて殉教した人々のささげた犠牲が、祝いたくても祝えない今日の天気と重なりました。
「不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。」(16・9)前もって「不正にまみれた富」を説明しておく必要がありますが、「この世の富」と同じ意味で使われていると考えてください。
「天の国の富」のことを思えば、「この世の富」は手段を択ばず蓄えたものかもしれませんし、不当な賃金で労働者を働かせて手にした財かもしれません。直接的ではなくても、安いものを選び、節約して貯めた富は、それまでに誰かが不当な賃金で働かされた結果かもしれません。
大なり小なり、この世の富は不正が混じっているのでしょう。この「不正にまみれた富」の部分を置き換えると「この世の富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。」となります。身近な友達を作るために、この世の富を手放します。
身近な友達だけでなく、見ず知らずの人も友達になってもらうためには、より多くこの世の富を手放す必要が出てくるでしょう。来週、世界難民移住移動者の日を迎えますが、世界中の見ず知らずの人と友達になるために、自分の持ち物を手放す日とも言えましょう。私たちがこの世の持ち物で世界中の難民移住移動者と友達になれば、すべてのいのちを守る一助となります。
今週の朗読は、冒頭に「そのとき、イエスは弟子たちに言われた」とあります。特に弟子たちに向けて言われたと考えるなら、現代にあっては司祭が一般信徒以上に、今週の招きと真剣に向き合う必要があります。朗読の後半、「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である」(16・10)とか「他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか」(16・12)とも言われています。
司祭一人ひとりが扱うのは、ごく小さな範囲かもしれません。しかしその小さな範囲を忠実に守り、大切にすることができなければ何も始まりません。第三助任司祭としてスタートした当初、任せられている内容は小さなものでした。けれどもそこで忠実さを発揮できなければ、第二助任、第一助任としてのもう少し大きな務めにも忠実さを発揮できないのです。
さらに、初めて主任司祭の辞令をいただいた教会は、たくさんの司祭が最初の主任司祭を経験する教会でした。それから、どの司祭たちも今では本人が戸惑うような規模の教会、歴史ある教会に赴任しています。小さなことに忠実さを発揮したので、のちに大きなことにも忠実さを発揮できたのです。
しかし、不忠実な僕に変貌する危険はいつもあります。年に一度だけ怠けたことが月に一度繰り返すようになり、しまいには毎週、毎日怠けることになる。一つの怠けがたくさんの怠け癖になる。どんな司祭にも起こりうることです。そこで身近なお手本を探すことにしました。
中田神父が住む田平で尊いお手本を探すなら、それは焼罪の殉教者で日本二百五福者殉教者の一人である福者カミロ・コンスタンツォ神父様だと思います。カミロ神父様は日本での宣教を熱望して入国しましたが、徳川幕府のキリシタン迫害のために追放されてしまいます。しかしカミロ神父様は追放の憂き目という小さな事にも忠実だったので、殉教という大きな事にも忠実を示したのです。
カミロ神父様は最初の宣教の時も、追放されてからも、神様への忠実が変わらなかったので、禁教令にもかかわらず日本に潜入して宣教し、最後の殉教の時までささげつくすことができました。カミロ神父様はイエス様という主人と、徳川将軍という主人の両方に仕えることはしなかったのです。
徳川将軍は、自分の命令に従う人は命を保証しました。しかしイエス様は、すべての人に命の保証をします。カミロ神父様は、すべての人のいのちを守る方を主人として、イエス様の望みに小さな事にも、大きな事にも、忠実を示したのです。
誰しも小さな事には、すぐ怠りがちになるものです。しかし小さな事に忠実を示すうちに、人は相当な忍耐力を養います。それが、大きな事を成し遂げるための勇気につながるのではないでしょうか。
神が、天の国に場所を用意してくださるように、小さな事には忍耐強く忠実を示し、大きな事には勇気をもって忠実を示して生きていきましょう。福者カミロ・コンスタンツォ神父様に取次ぎを願いましょう。
‥‥‥†‥‥‥‥
‥次の説教は‥‥
年間第26主日(ルカ16:19-31)
‥‥‥†‥‥‥‥
‥‥‥†‥‥‥‥
ちょっとひとやすみ
‥‥‥†‥‥‥‥
▼辛抱と、忍耐。平戸地区の八つの教会が集まって月に一度定例会を開いている。議題の中では新型コロナウィルスへの対応状況の分かち合いも含まれる。するとどの教会も、何かしらの事情があってミサを休止した時期があるようだった。
▼どの教会も、こんな状況にあって忍耐している。ミサをしたくてもできない状況は、誰が始めたわけでもない「迫害」の時期かもしれない。迫害を経て、日本の教会は復活した。この迫害に似た状況を乗り越えて、日本の教会が復活すると信じたい。
‥‥‥†‥‥‥
今週の1枚
‥‥‥†‥‥‥
第806回目。教会の敷地内で季節を彩る植物や昆虫。台風後は如何に。
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† 神に感謝 †
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私は二十六聖人の最後の日々が重なりました。西坂に向かう修道者・信徒たちは、最後にゆるしの秘跡をうけてから聖体を拝領することを希望したのですが、ある人には聖体拝領が認められ、ある人にはゆるしの秘跡だけが認められました。この世の最後の願いすら、取り上げられて殉教した人々のささげた犠牲が、祝いたくても祝えない今日の天気と重なりました。
「不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。」(16・9)前もって「不正にまみれた富」を説明しておく必要がありますが、「この世の富」と同じ意味で使われていると考えてください。
「天の国の富」のことを思えば、「この世の富」は手段を択ばず蓄えたものかもしれませんし、不当な賃金で労働者を働かせて手にした財かもしれません。直接的ではなくても、安いものを選び、節約して貯めた富は、それまでに誰かが不当な賃金で働かされた結果かもしれません。
大なり小なり、この世の富は不正が混じっているのでしょう。この「不正にまみれた富」の部分を置き換えると「この世の富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。」となります。身近な友達を作るために、この世の富を手放します。
身近な友達だけでなく、見ず知らずの人も友達になってもらうためには、より多くこの世の富を手放す必要が出てくるでしょう。来週、世界難民移住移動者の日を迎えますが、世界中の見ず知らずの人と友達になるために、自分の持ち物を手放す日とも言えましょう。私たちがこの世の持ち物で世界中の難民移住移動者と友達になれば、すべてのいのちを守る一助となります。
今週の朗読は、冒頭に「そのとき、イエスは弟子たちに言われた」とあります。特に弟子たちに向けて言われたと考えるなら、現代にあっては司祭が一般信徒以上に、今週の招きと真剣に向き合う必要があります。朗読の後半、「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である」(16・10)とか「他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか」(16・12)とも言われています。
司祭一人ひとりが扱うのは、ごく小さな範囲かもしれません。しかしその小さな範囲を忠実に守り、大切にすることができなければ何も始まりません。第三助任司祭としてスタートした当初、任せられている内容は小さなものでした。けれどもそこで忠実さを発揮できなければ、第二助任、第一助任としてのもう少し大きな務めにも忠実さを発揮できないのです。
さらに、初めて主任司祭の辞令をいただいた教会は、たくさんの司祭が最初の主任司祭を経験する教会でした。それから、どの司祭たちも今では本人が戸惑うような規模の教会、歴史ある教会に赴任しています。小さなことに忠実さを発揮したので、のちに大きなことにも忠実さを発揮できたのです。
しかし、不忠実な僕に変貌する危険はいつもあります。年に一度だけ怠けたことが月に一度繰り返すようになり、しまいには毎週、毎日怠けることになる。一つの怠けがたくさんの怠け癖になる。どんな司祭にも起こりうることです。そこで身近なお手本を探すことにしました。
中田神父が住む田平で尊いお手本を探すなら、それは焼罪の殉教者で日本二百五福者殉教者の一人である福者カミロ・コンスタンツォ神父様だと思います。カミロ神父様は日本での宣教を熱望して入国しましたが、徳川幕府のキリシタン迫害のために追放されてしまいます。しかしカミロ神父様は追放の憂き目という小さな事にも忠実だったので、殉教という大きな事にも忠実を示したのです。
カミロ神父様は最初の宣教の時も、追放されてからも、神様への忠実が変わらなかったので、禁教令にもかかわらず日本に潜入して宣教し、最後の殉教の時までささげつくすことができました。カミロ神父様はイエス様という主人と、徳川将軍という主人の両方に仕えることはしなかったのです。
徳川将軍は、自分の命令に従う人は命を保証しました。しかしイエス様は、すべての人に命の保証をします。カミロ神父様は、すべての人のいのちを守る方を主人として、イエス様の望みに小さな事にも、大きな事にも、忠実を示したのです。
誰しも小さな事には、すぐ怠りがちになるものです。しかし小さな事に忠実を示すうちに、人は相当な忍耐力を養います。それが、大きな事を成し遂げるための勇気につながるのではないでしょうか。
神が、天の国に場所を用意してくださるように、小さな事には忍耐強く忠実を示し、大きな事には勇気をもって忠実を示して生きていきましょう。福者カミロ・コンスタンツォ神父様に取次ぎを願いましょう。
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ちょっとひとやすみ
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▼辛抱と、忍耐。平戸地区の八つの教会が集まって月に一度定例会を開いている。議題の中では新型コロナウィルスへの対応状況の分かち合いも含まれる。するとどの教会も、何かしらの事情があってミサを休止した時期があるようだった。
▼どの教会も、こんな状況にあって忍耐している。ミサをしたくてもできない状況は、誰が始めたわけでもない「迫害」の時期かもしれない。迫害を経て、日本の教会は復活した。この迫害に似た状況を乗り越えて、日本の教会が復活すると信じたい。
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第806回目。教会の敷地内で季節を彩る植物や昆虫。台風後は如何に。
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