心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
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本物はありませんが

2013年01月27日 | ほんのすこし
わたしがガラス工芸が好きだということを知った方が 毎年暮れになると いただいたカレンダーの中から届けてくれるのが ガラス工芸の写真のカレンダー。
エミール・ガレやラリックなどの 工芸品がひと月に一枚の割あいで掲載されています。今年のカレンダーはガレ一色のようです。

冒頭の画像は ガレの1904年の作品。蜻蛉文脚付杯。説明書きにはこう書いています。
《ガレがほぼ全ての技術を用い 最も好んだモチーフである蜻蛉が死に逝く姿に 白血病に蝕まれる己の姿を投影した最晩年の代表作。》

実は 虫 苦手です。
あまり実物に忠実すぎると 正視するのに耐えられないときもあります。だから カレンダーで良かったなというのが本音でもあります。

わたしの誕生月の4月は何が採りいれられているでしょう?
「好かれるための気遣い」と名付けられていますが。1889年の作。
《ガレが「アンティーク・グリーン」と命名した青緑の四層ガラス。「Souci de Plaire」好かれるための気遣いの銘が深く彫刻されている。1889年パリ万国博覧会出品作。》




やはりここでも蜻蛉が出ています。それにしてもガレが名付けた青緑の世界。なんという色でしょうか。彼がこの花瓶に「好かれるための気遣い」という言葉を刻んだのはどうしてなのでしょう。この言葉の周りには 野菊のような花があり、大きなカエルがいて、文字の真ん中(文字上)をトンボ(蜻蛉)が飛んでいるのでしょう。カエルの手が伸びているところを見ると このカエルはまさに獲物を取ろうとしているのでしょうか。それともこの言葉を入れたというのは・・・
きっと美術関連の書とかを読めば この作品に関する詳しい説明が書かれているのでしょう。作品の意図するところとか。今のところ わたしは 本物をそばで見ているわけではなく限られた画像を見て感じているだけですが、いつか本物を見る機会があったらなぁと思っています。

このカレンダーは 名古屋にある美術館所蔵の作品を掲載しているようです。

2013年12月 最後にふさわしい作品は ジャンヌ・ダルク文花器 1889年作です。


《ガレが自らの重要な作品のテーマに フランスのヒロイン、ジャンヌ・ダルクを選んだのは 強い愛国心の表れであり「我々の求める平和とは敵の退散にあり」という詩が刻まれた一点制作品1889年パリ万国博覧会出品作。》
浮かび上がるジャンヌ・ダルクの表情が 決死の覚悟を感じさせてくれるような強さと激しさを含んでいるように思えます。彼女を中心に光が与えられるのも計算されつくしているのかなと思われます。

それにしても・・・1889年ですよ。今から120年以上も前に 素晴らしい技術がこの世にあったんですね。

見るのは好きです。ガレの作品を見るのは。でも 手元に欲しいかというと そうでもありません。
だって わたし 虫が苦手なんです(笑)
ガレの作品は 虫が多く 見るだけなら最高なんです。でも毎日眺めて暮らすのは 無理ですね。まぁその前に買えるなんてこと 絶対ありませんから(笑)
だから このカレンダーはわたしにとって 一番良い形の楽しみ方なんです♪


目移りしちゃいます

2013年01月27日 | 紹介します
どうも本を購入するときというのは 重なってしまう。
アマゾンでこれはと思ったものをクリックした後で TSUTAYAに行って またもや別の本を買ってしまったり。そして本を読みたくなるサイクルがわたしにはあるみたいだ。ここ最近 とみにその傾向が激しくなっていて、今や予約録画したドラマや映画を見るのか?レンタルDVDを見るのか?本を読むのか?と 夜の時間を悩みつつ、なんてこたない コタツでうたた寝して 貴重な2時間ほどを費やしてしまっている。
今日も今日とて そんなパターンで、うたた寝してしまったときは夜中に目がらんらんと輝いてしまってる(笑)
しかも 昨日から降りだした雪が半端じゃなく 外では除雪車がさかんに雪寄せ作業をしていて すごい音だ。この音を聞いてしまうといざ寝よう!と思っても しばらくは寝れなくなってしまう。だから ほんとのところ早めに寝てしまうほうが勝ちなのだけど・・・寝てしまえば除雪の音なんて気にならないからねー。

まぁ 今夜もこれから何時間か起きていることになるだろう。

最近 読んでいる本、これから読もうと思っている本。いろいろあって。ただいま 友人に貸している本もあるのだけど。今 上巻を読み終えたのは『海賊とよばれた男』 戦争が入ってくるとなんとなく手が伸びなかったけど、この本は違った。主人公の人間としての魅力にぐいぐい引き込まれる。男も女もこういう芯の通った生き方をしている人がいるんだなぁと感嘆する。実在の人物だというからそのすごさ 計り知れないものがある。
特に好きな描写が 融資を受けられず苦境に立たされる主人公が 二十三銀行の長野頭取のお宅に会いに行く場面。頭取と主人公は 頭取の素晴らしい庭を前にして互いに挨拶をしあい 互いを見つめあう。
※※※
 「国岡さん」と長野は穏やかな声で言った。「大丈夫ですか」
 「大丈夫です」
 鐡造が答えると、長野は黙って大きく頷いた。
 それからあとは二人とも無言だった。長野と鐡造は縁側に立って、何も言わずに庭を眺めていた。この瞬間、国岡商店が絶体絶命の危機を乗り越えたのを知った林は、不思議な感動を覚えた。
 林は後年、このときの光景を、まるで禅問答のようであった、と人に語った。
※※※

すごい人間は すごい人間がわかるのだろう。そういう人と人の出会いが随所にあって 本当に引き込まれる。下巻も楽しみだ。
すでに読み終えた『55歳からのハローライフ』村上龍 は 友人に貸した。この本もまた良かった。新聞小説だったらしいが 私が購読している新聞には掲載されていなかったように思う。だからかとても新鮮に感じた。5つの話が入っているのだが、それぞれに 飲み物 が、重要なアイテムになっている。紅茶のアールグレイだったり、ミネラルウォーターだったり、珈琲だったり、番茶 プーアール茶だったり・・・それぞれの主人公にお気に入りの飲み物があるのだ。内容は飲み物ではないが、全然違う立場の人々がその年齢になり 直面するできごと 人ごとでない感覚があるけど、どれも読後に「よし わたしも」という少し前向きになっている気持ちがある。まだまだ諦めないぞ。人生はこれからだ。そんな気持ちが湧いてくる。

本は いいなあ。
文庫本は あまり買わない。文字が小さいと読みづらくなってきたからだ。でも最近の書籍代が多すぎて、ここいらでセーブしないといけないから 最後に買ったのは文庫本三冊(笑)
それにしても TSUTAYAに行って本を物色しても「映画化」という文字が躍っているなぁ。どれもこれも。そういう文庫本ばかり並んでいるので 辟易する。映画になればいいってもんでもないと思うんだけど。しかも映画化されるとほんの帯とかに出演者が映っていたりする。読む前にそういう余計なものを頭にインプットされるのはあまり好きじゃない。
読みながら 主人公とか出てくる人物を想像する楽しみが半減するように思うのは わたしが偏屈だからかな?
この三冊の文庫本も映画化されると帯に書かれていた。わたしの場合 本を読んでも映画化されたものを見ることはあまりない気がする。友人が映画化されたもので これはいいよ と言っていたものもまだ見ていない。先に原作を読んでしまうからか期待はずれのものが多かったからだ。わたしの場合は 案外 原作を読まずに見たほうがいいのかもしれない。

さて、下巻を読みつつ 文庫本は ど・れ・に・し・よ・う・か・な♪

だから録画したものを見る時間がない・・・母に「お前はせっせと録画していても どうせ見ないで終わるんだろ」と言われても 否定できない今日このごろのわたしだ。